受け入れるか、拒絶するか。
シンとレイの間にある違いは、ただそれだけだった。





痛みに頭の中が真っ白になる。


ー  ド  ク  ン  ッ


心臓が、熱い。


ー  ド  ク  ン  ッ


痛みが心臓に集中し始めた。
すでに声も発せられない。

「「レイっ?!」」

イザークやニコルも、何が起こったのか分からない。
ただ、2人が同じ症状を見せているということだけは分かった。
今やすべてというすべての視線は、シンとレイに注がれている。
誰もが息を呑み、そして何が起こっているのか分からずに、呆然と。

レイは心臓の熱さと伴う痛みに耐え切れず、膝を折り床に手をついた。

「「な…っ?!」」

イザークとニコル、そしてシンとレイの間にいたアウル。
3人は素早くその場から飛び退いた。


  バ  サ  ッ  !


仕舞われているはずの天使の翼。
色の違うそれがレイの背に一瞬にして生え、飛び散った。
羽ばたくと同時に散った羽は、即座に消えていく。
次いでレイも、意識を失って倒れ伏した。

「黒い…羽…」

呆然と呟いたニコルに、イザークはハッとしてシンの左手を見た。

レイの状態に驚いたフレイは、シンに触れていない。
しかしシンが左手にしていた包帯が、独りでにピッと縦に裂けた。
綺麗に2つに裂けた包帯は、パラリと左右にばらける。
露になったのは、

「これ…刺青…?」

それを見たフレイが上の空で呟く。
誰の目にも、シンの左手の甲には"黒い蝶の紋様"が映っていた。


    ひ    ら    り


その"紋様"が、手の模様のまま羽ばたいた。

2、3度それを繰り返した"黒い蝶"は、すぅっとシンの左手から浮かび上がる。
手から空間へ抜け出し、本物の蝶のようにひらひらと舞う。
蝶は天井まで舞い、シャンデリアの影に入ったのか彼らの視界からふっと消えた。
アスランがレイの右手を見る。

「まさか、とは思うが…彼も包帯をしているな。似たような位置に」
「「え?」」

気が付かなかった。
しかし思い返してみれば、数ヶ月前から包帯をしてはいなかったか。
…そう、ずっと同じ箇所に。

アウルがレイの右手に巻かれた包帯に、触れようと手を伸ばす。
するとシンのときと同じように、包帯が独りでに縦に裂けた。
ぱら、と切れた包帯が左右にばらける。

そこには、"黒い蝶"がいた。

「ちょっと待てよ…何でレイが?!」

アウルが叫んだその刹那、"黒い蝶"が羽ばたき、空間へと抜け出した。
ひらひらと舞い、シャンデリア近くまで舞い上がる。
ふと見れば、見失ったもう1匹もいる。
誰もが呆然と見守る中、2匹の蝶はシャンデリアの下でくるくると踊る。
そしてひらり、とシャンデリアを挟んで逆の方向へ飛び、向かい合うような位置でひらひらと留まった。



  パ    キ    ン    ッ



何かが壊れるような甲高い音が響いた。
直後、"黒い蝶"が動きを止める。

部屋の入り口から見て左側の蝶からは、左手が。
右側の蝶からは右手が、パズルを組み立てるように構築され始めた。
"黒い蝶"はシンやレイの手に在ったように、手の甲の紋様と化す。
左手の次は左肩、右手の次は、右肩。
そして顔を除く右半身、もう片方は左半身が。
半身が構築されると次は逆の肩、そして手が。

最後に、首から上が構築され始めた。

左側に構築された人物は、裏地が紅の黒い服を着ていた。
肌は白く、構築されていく顔は幼さを残す。
髪は短く肩には届かない長さで、鳶色をしていた。

右側に構築された人物は、裏地も黒の服を着ていた。
やはり肌は白く、左側の人物よりも大人びた顔をしている。
髪は腰に届くほどに長く黒いため、白い肌がより一層白く見える。


議会室の中央。
宙に浮く形で、2人の人型が出来上がった。
2人とも目は閉じたまま。
わずかな間を置いて、その背に翼が生えた。


バサリ、と広がったそれは、黒い天使の翼。


"彼ら"は何者か。
イザークたちには、疑う余地などなかった。
声に出そうと口を動かすが、声が出ない。
議会室全体に、恐ろしいほどの圧迫感が満たされている。
…不意に透き通った声が響いた。



「蝶の名は"破滅"。我らは世界を滅ぼすものを、世界から滅ぼす」



それが誰から発せられたものか、確かめるまでもない。
鳶色の髪の少年が口を開いたのだ。



「前の世の天使と悪魔は、黒き翼の元に滅んだ」



次いで黒髪の少年(青年だろうか?)が口を開く。
それは、誰もが知る言葉だった。
世紀の大発見と謳われた、ファイアーンス遺跡に残っていた文字。

クスクスと、鳶色の髪の少年の笑い声が響いた。



「せっかく忠告してあげたのにね〜結局こうなるんだ」
「今更だ。今まで何度あったか知らねえけどな」



嘲笑を含んだ黒髪の少年の声が、それに答える。
同時に開かれた2対の眼は、鮮やかなアメジスト色をしていた。