『僕らを止められるか試してみない?』



結果?
そんなもの分かりきってるよ。

僕らを止める?
自分で止められないものを、誰が止めるのさ。

僕らは"生きているモノ"じゃあないんだよ。



まるでゲームをしよう、と誘うような軽さで【キラ】は言った。
世界を滅ぼす自分たちを止めてみせろ、と。
誰もが唖然として、それを聞いていた。

「軍隊を丸ごと全部使って試すのもいいかもね。僕がやってみたいし」

クスクスと楽しそうに彼は笑う。
無邪気で残酷な冷笑で。

「この国は一番最後。あの子たちがいるからね。ねえカナード、あの2人はどこにいる?」
「この階の左の一番奥だ」

2人の"破滅"が話す間にも、イザークたちは空気が冷えていくのを感じていた。
窓や扉は開いていない。
しかし足元の空気の温度は、確実に下がっている。


「動くなと言ったはずだぜ?」


不意に【カナード】がイザークたちの方を見た。
その眼光は氷などより底冷え、どんな剣よりも鋭利で。


  バ  キ  ン  ッ  !


背後で何かが割れる音がした。
危険を承知で、誰もがそちらを振り返る。

扉の傍、衛兵の1人が氷のオブジェと化していた。
足元から氷の結晶が生え、それが衛兵を呑み込んだかのように。
衛兵は扉を開けようとした格好で止まっている。
誰か人を呼ぶか、知らせるかしようとしたのだろう。

「わざわざこっちが抑え込んでやってたのに」

そう言うと、【カナード】は右手を小さく動かした。


  ザ  ン  ッ  !


誰もが見ている前で、衛兵とそれを閉じ込めた氷が粉々に砕け落ちた。
砂が零れるような音と共に、それこそ跡形もないほど粉々に。
粉々になった破片はよく見ると綺麗に角が残り、規則的な形をしていた。
ただ粉々になったのでは、そんな破片は残らない。

【キラ】が慌てた様子で【カナード】を振り返った。

「ちょっ…カナード!まだダメだってば!ここは最後に壊すって今言ったでしょ!!」
「俺が知るか」


    ゴ    ゥ    ッ    !  !


突風が吹いた。
窓も扉も開いていない議会室の中で。

竜巻が現れたかのような突風が、狭くはない室内を吹き荒れた。
渦を巻き吹き荒れる風は、刺すような冷気を伴う。
中央に吊るされたシャンデリアを支える鎖が、揺れによる圧力に耐え切れず、プツリと切れた。
床に落ちる寸前、【カナード】がそれに向けて右手を振る。

  ザ  ン  ッ  !

硝子が割れるガシャン、という音ではない。
シャンデリアが落ちた音は、先ほどの氷が砕ける音と同じ。
床に落ちた"シャンデリアだったもの"は、ガラスの砂と化している。

誰もがまさか、と思った。

「この風っ…まさかアイツが…っ?!」

シャニはステラを庇いながら天井を見上げた。
部屋にいる誰もがしゃがみ込んだりして、頭を庇っている。
平然としているのは"破滅"だけだ。

風は本来、目に見えない。
見えるとすれば、木の葉や砂が風によって動くとき。

シャンデリアだった硝子の砂が、強い風に乗ってさらさらと舞い始めた。
突風と同じ軌道で流れる破片は光を反射し、目に見える。
ほとんどの硝子が、【カナード】の周りで渦を巻いていた。


彼自身が、風の発生源。


【キラ】は風に乗って【カナード】の隣りへ移動した。

「この風冷たいよ。もっと熱くならない?」

自分の左手を彼の右手に重ね、そんな文句を言う。
【カナード】は冷たく笑っただけだった。

「お前に合わせるなんてのはご免だな」
「……」

すると【キラ】はムッとした表情になり、彼の左手が暖色の光を放った。
再び風が強さを増す。

「「「うわっ?!」」」

吹き付けてきた風が、前触れもなく熱風へ変わった。
南に住んでいたシャニたちですら、火傷では済まないと感じる熱さだ。

「…熱い」

今度は【カナード】の右手から、寒色の光が放たれた。
吹き付ける風は空気中の水分を含んで吹雪となる。
【キラ】はわずかに頬を膨らませて【カナード】から離れると、左手を振り下ろした。
その手から輝くような炎が上がる。
【カナード】も素早く右手を横へ振り、吹雪が炎へぶつかった。

    ド    ン    ッ    !

軽い爆発で解けた雪が蒸発し、辺りに霧が立ち込めた。
風でそれを吹き飛ばした【カナード】が笑う。

「ここは最後に壊すんじゃなかったのか?」
「……」

【キラ】は変わらず不機嫌な表情のまま呟いた。

「…カナードのせいで忘れてた」
「責任転嫁するな」
「僕のせいじゃないもん」
「そうかよ。ならさっさと終わらせろ」

呆れた顔でそう告げて、【カナード】は一度だけ翼を羽ばたいた。
すると前触れなくピタリと風が止む。
誰もが不思議に思って顔を上げれば、すでに【カナード】の姿は消えていた。

「ああ、もう!置いていかないでよ!」

【カナード】が居た場所に向かって【キラ】は愚痴る。
しかし気を取り直したのか、代表者たちとイザークたちを当分に見やり、にこりと笑った。


「とりあえず、黙って滅ぼされる〜なんてバカなことはしないでね。
僕らの居場所は、あの子たちに聞けば分かるんじゃないかな?」

答えてくれればいいけどね。


一方的に話を完結させ、【キラ】はバサリと羽ばたく。
残されたのは、天使と悪魔だけ。