「なんか思うんだけどさ、」
「……」
「回数を重ねる毎に弱くなってってると思わない?」
「…は?」


アラバストロとパルーデの戦闘がよく見下ろせる場所。
雪原にそびえ立つ崖の上で、【キラ】はそんなことを言った。
【カナード】はたいして興味を示さず、適当な相づちを打っただけ。
【キラ】はもう一度、今度は少し表現を換える。

「前も今回と同じように、天使と悪魔だったでしょ?持ってる力の大きさが違いすぎると思わない?」

今度は【カナード】も興味を持ってくれたようだ。

「…ああ、それは確かに言えるな」
「でしょ?前の人たちは今の人たちと違って、"世界そのもの"の力を扱うことが出来た」
「俺たちと同じように、か?」

世界の力。
目に見えて、見えぬもの。
火も風も、そのほんの一端でしかない。
彼ら"破滅"は、使えないのではなく使わない。
使えばおそらく、"世界"ですら無惨に壊れてしまうから。

「そうそう。今の人たちが違うのは、あのときに"精霊"も全部死んじゃったからかな?」
「その前に滅んでただろ、あいつらは」
「そうだっけ?」
「前の前か…いつだっけ。わざわざ俺たちに"先に滅ぼしてくれ"って言ってきた」
「あ、あれか!そっか〜…あの頃は、僕らと接触出来る人たちも居たんだよね」
「今は天使と悪魔と動植物しか居ないからな」
「寂しくなったよね〜…」

心にも無いことを平然と口にする。
彼らは、今まで幾度となく生まれた"歴史"を、すべて知っている。



ファイアーンス遺跡が、現物として存在していた頃。
悪魔と天使が文明を生み、火や水、風といった"世界の力"の一端を操れる者がいた。

その前の文明。
"精霊"と呼ばれる者たちが文明を起こし、"世界の力"を使って他の生き物を生み出していた。

さらにその前は、今で言う機械工学が恐ろしく発達していた。
それは、世界すべてを覆ってしまう勢いだった。



【キラ】は顎に手を当てて、以前の"歴史"を思い出そうと試みている。
しかし3つ以上前のことは、記憶の彼方へ飛び去っているらしかった。
【カナード】に至っては思い出そうともしない。

「そんなに気になるなら、"アレ"を全部読み返せばいいだろ」

【キラ】は心底嫌そうな顔で【カナード】を見返す。

「ちょっと、それ本気で言ってるの…?
"アレ"全部読んだら、どれだけの時間が掛かると思ってるの?」
「たかだか200万程度だろ」
「それはカナードの基準!僕はその3倍くらい掛かるんだよ?!また1つ分増えてるんだから!」
「暇って言葉を繰り返されるよりはマシだ」
「僕のせいじゃないよ!あーもう!カナードの冷たさはいつになっても変わんないね!!」
「それこそ俺のせいじゃないな」


    ド    ォ    ン    ッ    ! !


盛大な爆発音が響いた。
しかしアラバストロとパルーデの軍隊は、自分たちの戦闘で手一杯。
つまりはまだ、"彼ら"に気づいていなかった。

そびえ立っていた崖ががらがらと山ごと崩れ、ただの石の集合体に変わる。
上空には黒い翼の、黒い影が2つ。

「初心(?)に戻って、火と水で勝負だよ!風は狡いからナシ!」
「大地を持つ奴に言われたくねえよ」
「だからそれもなし。それから、あのアプサントって国は壊さない」
「ハッ、俺たちが言うと矛盾だらけだな。"壊さない"ってのは」
「まあね。でも気にしないし?」
「気にする感情は持ち合わせてないな」
「その通り♪」


アラバストロとパルーデの軍隊が交戦中の戦闘地域。
そこへ火炎弾と氷柱が、まるで滝のように降り注いできた。
もちろん彼らは、それが敵軍の放ったものだと思った。
最初の内は。

両軍の真っ只中に、核融合さながらのエネルギーと熱量を伴った黒い影が舞い込む。
陣営の後方にいた者たちには、それが"黒い翼を持った人型のモノ"ということが辛うじて確認できた。
だがその"影"が舞い込んだ周辺にいた者は、熱いと感じた時にはもう蒸発して、跡形もない。

次の瞬間には、生物の活動を停止させるだけの冷気を伴う黒い影が飛び込んできた。
その温度は絶対温度、つまり零下273.15度であり、どんな生物でも細胞活動が止まる。
雪原で冷たいと感じるのは当たり前だ。
通常以上の冷たさを感じる前に凍結して死に至り、何が起こったのか正確に知る者はなかった。

わずかな風に吹かれただけで、絶対零度の像は粉々に砕け飛ぶ。



2人の"破滅"が、ちょっとした"遊び"を始めただけ。
彼らは両軍の中を、たった1度通過しただけ。

たったそれだけで、アラバストロとパルーデ両国が誇る軍隊は消滅した。

文字通り、消滅。
何も遺ってはいない。





太陽のように白く輝く黒い影と、月のように蒼く輝く黒い影。
それはアプサントからも視認出来るほどに、強い光だった。