あれから何日経ったのだろうか。
アプサントの城の中。
天使・悪魔を問わず、誰もが慌ただしく動いている。
その最上層、ドーム型になった高い天井。
吊り下げられた大きなシャンデリアに腰を下ろしていた【カナード】は、首を傾げた。
「何か妙だな…」
「妙って何が?」
横に現れた【キラ】が、ひょいとその肩越しに下を見やる。
【カナード】は顎に軽く手を当て、空いた方の手でエレベーターを指差した。
「特性と技術力が妙な具合に重なってる」
「妙な具合…?」
【キラ】にはよく分からない。
「翼を持ってるのに階段を使って足で上る。エレベーターで上る」
「あ!妙なとこがハイテクでローテクってこと?」
「そんなとこだな」
同意を示した【カナード】に、【キラ】はなるほどと頷いた。
あまり気に留めていなかった事実だ。
「言われてみればそうだよね。弱くなってるのと関係あるのかな…?」
「さあな。どっちにしろ中途半端だ」
「だね。機械にしろ力にしろ、中途半端。…ところでさ」
【キラ】はひょいと羽ばたいてシャンデリアから離れると、疑問の眼差しで【カナード】を見た。
「何で降りないの?」
「降りる必要があるか?」
「えっ、ないの?!」
「…お前が聞いたんだろーが」
またも呆れる【カナード】に、【キラ】は小さく唸る。
「う〜…だってさあ、誰も驚かさないんじゃツマンナイよ?」
「驚かすのに飽きたとか言ったのは、どこの誰だ?」
「あ、僕か…。じゃあせめてさ、また城の中に入ったんだから、あの子たち見に行かない?」
「好きにしろ…」
「うん。好きにする♪」
嬉しそうに返すなり、【キラ】は【カナード】の手を掴んだ。
刹那、2人の姿が掻き消える。
彼らがそこに"居た"ことを知る者は、居ない。
運が良いのか悪いのかは、個々の認識による。
とりあえず、シンとレイが寝かされている部屋には彼ら以外に居なかった。
2つベッドが並んでいて、窓側にシン、入り口側にレイ。
【キラ】は嬉々としてシンを覗き込んだ。
「そっちの子はともかく、こっちの子はもう目覚めてもいいんだけどな〜」
「起きた方がいいのか?」
「だって、この子が伝えなきゃ誰も僕らの居場所分かんないよ?」
「…だから?」
そう、いつものこと。
【カナード】は【キラ】がどう答えるか、すでに予測済みだった。
「ただ滅ぼすのは、ちょっと勿体ないなって」
「……」
呆れ顔の【カナード】に笑い、【キラ】はシンの額に左手を翳した。
キ ン ッ …
【キラ】の左手の甲に存在する"黒い蝶"が、紅い光を放つ。
黒い紋様の淵に沿って、紅と黒に輝く光。
その光はほんの数秒で収まり、【キラ】は手を引っ込めた。
シンがゆっくりと目を開ける。
「おはよう…って言っても、もう夜になるけどね。ご機嫌いかが?」
変わらずにこにこと、【キラ】は身を起こしたシンに話しかけた。
ところがシンはぼんやりとしているのか、反応がない。
【キラ】は不思議に思った。
(この子の性格からして、睨みつけてくるとかが妥当なんだけど…)
屈み込み、俯いているシンの顔を除き込む。
そして【キラ】は意外そうな声を上げた。
「あれ…酷使させたつもりはなかったんだけどなあ…」
シンの目は虚ろで、何も映していなかった。
どうやらこの身体で"破滅"の力を使った反動が、予想以上に大きかったらしい。
少し考える素振りを見せた【キラ】は、再びシンの額に手を翳す。
"黒い蝶"から、先ほどよりも強い光が放たれた。
すっ、とシンの目が【キラ】の姿を捉える。
まだ虚ろではあるが、確かに光が宿っていた。
【キラ】はそれを確認すると、満足げな笑みを浮かべる。
すると、シンの口が小さく動いた。
掠れているのか出せないのか、声としては聞こえない。
しかし【キラ】は、それを正確に読み取った。
「れ、い、は、?……あ、レイは?ってことか。それはカナードに聞いて」
彼が【カナード】を指差すと、その先を追ってシンも首を動かした。
【カナード】はその視線を受け、面倒くさそうにレイを見下ろす。
「…ガタが来るのはお前より早いぜ。間違いなく」
シンの目に動揺の色が走った。
だが【カナード】は、別にどうこうするつもりもないようだ。
それを見て取った【キラ】が、足りない分を付け足す。
「君とそう大差はないよ。だって君たちは、"最後"って決まってるからね」
「……さいご…?」
シンが怪訝そうな声を発し、それはしっかりと言葉として聞こえた。
【キラ】は冷酷でいて、やはり楽しそうな笑みを向ける。
「君とそっちの子は、滅びを見届けてくれないとね」
もう夜になっているらしい。
雲の間から漏れる日光が、完全に途切れた。
踏み荒らされていない雪原で、【キラ】は雪の上にぼすっと仰向けに寝転ぶ。
黒い翼もそのままなので、羽が何枚か散らばった。
「いくら北の方だからって、星がさっぱり見れないのはおかしいよ」
冷たさに構う様子もなく、雲しか見えない空へ文句を言う。
彼はため息をついた【カナード】に、意味ありげな笑みを向けた。
「ね、吹き飛ばしてよ」
「…なに面倒なこと言ってやがる」
「だって僕は出来ないから、頼むしかないでしょ?」
絶対零度と大気の力は、【カナード】だけが持つ。
一方の【キラ】は、彼の持っていないプラズマと大地の力を持っている。
前触れもなく風が巻き起こり、雪が勢い良く舞い上がった。
「高くつくぜ」
【カナード】は目を細め、冷笑を浮かべた。
仰向けのまま彼を見上げた【キラ】は同じように笑みを浮かべ、頷く。
「そのつもりで言ったんだけど?」
突風が空へと吹き上がる。
雲を突き抜けた風はそこで渦を巻き、一帯の雲をすべて吹き飛ばした。
空には瞬く星たちと、まるで描いたような細い三日月。
しかし、夜の闇はいつにも増して濃かった。
輝く月ですら、戯れる黒い翼を照らせない。