"破滅"が姿を消した後。
シンは重い身体を何とか引き摺り、レイの眠るベッドの脇へ下りた。

(自分の身体…じゃ、ないみたいだ…)

錆び付いた時計のように、動く度にギシリと骨が軋む。
床の上に座り込む形になるが、仕方ない。
シンはベッドに右腕を置くと枕代わりに頭を乗せた。

「レイ…」

空いている左手で、レイの髪に触れてみる。
ふと、その手を見つめた。

この手に、"黒い蝶"が巣食っていた。

自分は左手、レイは右手。
どうして"破滅"は1人だ、なんて思ってしまったのだろう。
そんな保証はどこにもなかったのに。

(だからレイは、誰にも言わなかった)

誰にも告げずに、"破滅"を外へ出さないように押さえ込んで。
そのせいで、より大きなダメージを負った。

(俺とは、大違いだ…)

鏡を通して"破滅"と言葉を交わしていた、自分とは。


「いつ…起きるんだよ…」


黒い髪の"破滅"は、何も言わなかった。
シンと死ぬときは同じだと、それだけを言った。

目覚める保証は、くれなかった。

「起きろよ…レイ…」

許してもらえなくても、望まれていなくても、せめて謝りたい。
完全な自己満足に過ぎないけれど。
それでも、どうしようもなく見てほしかった。

シン・アスカという悪魔を、その蒼い眼に映して。





翌朝。
フレイはとにかく、急いで城へやって来た。
疲労が溜まっていたのか家へ着替えを取りに行って、うっかり眠り込んでしまったのだ。
未だ意識のないシンとレイを、残したまま。

城へ入ったところでミーアとイザークに出会い、その2人もフレイに同行することにした。
シンとレイ、そして"破滅"。
彼らの今、もっとも気に掛かる要因はすべて繋がっている。

上層部の部屋へ辿り着き、フレイは控えめにノックをした。
やはりというか、返事は返って来ない。
しかし扉を開けて目に映った光景は、少なからずフレイたちを驚かせた。

「シンっ?!」

レイは眠ったままだ。
けれどシンは、2つのベッドの間に座り込み、レイのベッドに寄りかかって眠っていた。
片方の腕を枕に、もう片方の手でレイの手をしっかりと握って。
明らかに、一度目覚めた後だった。
シンに駆け寄ったフレイは、起こそうと伸ばした手を止める。

彼の頬に、涙の跡があった。

「シン…」

すでに乾ききった涙の跡は、理由を推測出来る者にとっては痛々しいだけだった。
レイの手を握る手は、すでに凍えそうなほど冷えきっている。
一体いつ目覚めたのか分からないが、随分と前だったことは確かで。
フレイは自分の失態を悔いずにはいられなかった。
誰も彼女を責めることは出来ない。
しかしフレイは、自分を責めずにはいられなかった。

世界が滅ぼうが何だろうが、シンは大切な弟だ。

フレイはシンの肩を軽く揺すった。
名前を呼びながら、それが3回ほど続く。

「シン?」

4回目でようやく、シンは閉じた目をゆっくりと開けた。
扉付近から動いていなかったイザークには、彼の表情がよく見える。


何かがおかしい。


シンはフレイを見なかった。
それどころかイザークやミーア、そしてレイにすら視線を向けない。
ただ目を覚ましただけ。
まるで、生きた彫像のように。

その目がイザークを"捉えた"。

不意に向けられた視線。
何も映さない赤い眼。
彼は壊れかけた人形のように口を動かす。
人形は声を持たない、という事実に基づいているのかのように。


「ーーーーーーーーーー」


小さく、しかしはっきりと、声に出ていると勘違いしそうなほど鮮明に。
読唇術などなくても分かる。
イザークは彼の言葉を読み取り理解した瞬間、彼が自分の方を見た理由も悟った。

"彼ら"はまた別の意味で、自分とニコルを気に入っていた。
だからこそ、挑発してきたのだ。

この先に待つものを、知っているから。





『  ア  ラ  バ  ス  ト  ロ   ガ   ホ  ロ  ブ  』