夜の帳が上がる頃。
アラバストロを空から遠くに眺めて、【キラ】は今にも飛び跳ねそうなほどご機嫌だった。
「何がそんなに楽しみなんだ?」
そんな【キラ】を、【カナード】は変わらず呆れ顔で見遣る。
【キラ】は彼を振り返り、歌でも歌いそうな勢いで答えた。
「だってさ、あのシンって子が!これ以上ないってくらいグッドタイミングだったんだよ!」
「…ワケ分かんねえよ」
「"誰に伝えるか"っていうのは決めてなかったんだから!
なのにあの賢い学者さんの1人が聞いてくれたんだよ?すごいじゃない!」
「…それは良かったな」
興味がない、と顔に書いてある。
それが見ずとも声で分かった【キラ】は、ムッと頬を膨らませた。
「カナードも!もうちょっと喜ぼうよ!」
「…何に喜べってんだ?」
「あの国で抵抗が起きる可能性が上がったことに」
何事か考えていた【カナード】は、無関心を隠さずに言った。
「……じゃ、俺はその抵抗が起きない方に賭ける」
あまりに無関心の答えだ。
【キラ】は眉根を寄せる。
「…その性格の悪さは何?」
「お前も人のこと言えねえな」
「……」
【キラ】の機嫌が少し傾いたが、完全には傾かなかった。
いつかと同じように嬉々として、天使の大国・アラバストロを見下ろす。
違うのは、瞳の奥に宿る光の残忍さ。
「壊すことが大好きなヒトたち。壊されるなら本望でしょ?」
それは情など欠片の存在も許さぬ、冷徹なアメジスト。
両手を広げ、【キラ】は目を閉じた。
ゆら、と彼の周りの空気が歪む。
ズ ズ ン …
ずっと遠くから小さな地響きが上がり、地響きに答えた大地が小さく震えるのが見て取れた。
それを確認した【キラ】は、アラバストロを見据える。
口元には冷たい笑みを浮かべ、"滅ぼす強者"として。
「果てなき大地。今までよく我慢してきたね。全部じゃないけどその力、解放させてあげる」
そして彼は、広げた両手を勢い良く振り上げた。
ズ ズ ズ ズ ズ …
ド ン ッ ! !
耳を劈き、心の臓まで響く地響きが轟いた。
大地が割れ、巨大な亀裂が縦横無尽に蛇のように走る。
走る亀裂は大国アラバストロをいくつにも裂き、その一部を沈下した大地が飲み込んでいく。
立派な城や建物は尽く潰れ、崩れ飛んだ瓦礫が降る。
【キラ】は上げた左手を小さく横へ動かした。
すると、砕け飛んだ瓦礫がフッと落下を止める。
さらに右手も同じように動かすと、大地の震えがピタリと動きを止めた。
最初の震えから逃れた天使たちは、何事かと呆気に取られているだろう。
笑みを深めた【キラ】は、再度両手を振り下ろす。
宙に浮き落下を止めていた瓦礫が、真っ白な光に包まれた。
それは超高熱の光。
例えるならば、隕石。
瓦礫は次々と太陽のような高熱を発する弾丸と化す。
停止していたにも関わらず驚くべき瞬間的加速を加えられたそれらは、瞬く間に落下した。
触れる前に触れるすべてを溶かし、大地の中へと戻っていく。
破壊の白光に包まれたアラバストロは、影も形もなかった。
この間わずか5分。
裂け目の他に何も無くなった大地に、【キラ】は満足げに笑った。
「ほんの数百年分の力で綺麗さっぱり。生物って弱いね〜」
そしてくるりと【カナード】を振り返る。
【カナード】は相変わらず、興味無さげにアラバストロだった場所を見つめていた。
「…これで残りは2カ所か」
「うん。で、ちょっと提案があるんだけど」
【キラ】は南を指差した。
「パルーデも僕に譲ってくれない?そしたら、アプサントと"その後"を譲るから」
「…また珍しいことを言い出すな」
「そう?でも前は僕が"その後"やったし…」
「それに?」
「アプサントを遺せないかな〜って」
「…は?」
良い表現が見つからず、【キラ】は考え込む。
「うーんと…だから、前に遺ったのって神殿の一部だけだったでしょ?
国1つ分じゃなくても城1つくらい遺せば、次はもうちょっと張り合いがあるかなって」
【カナード】は少し考える素振りを見せ、そして頷いた。
「いいぜ。それに乗ってやる」
「ホント?!やった♪向こう壊して来る!」
言うが早いか、【キラ】はその場から消えた。
【カナード】は再び考えを巡らせる。
「…全部凍らせれば遺るか」
ファイアーンス遺跡の他に、何一つ古代の痕跡が見つからない理由。
それは前の滅びの際に、【キラ】が地上のすべてを熱風で溶かしきったから。
ならば、その逆にすればいい。
地上のすべてを絶対零度の大気で包み込み、凍りが遥か先の大地の息吹で解けるのを待てばいい。
次の文明がそれを発見した時、この国は命無き氷の彫刻として過去を伝える。
凍った大地の上に遺る、遥か古代の物語を。
それはアプサントという名の、解けば消滅する歴史として。