城の上層部、一角にあるバルコニー。
ラクスはそこで、ぼんやりと街を眺めるミーアを見つけた。
「ミーア、薄着のままでは風邪を引きますわよ」
そう言うラクスも、薄着と言えば薄着。
ミーアは大丈夫、とまた街へ視線を戻した。
ラクスもその傍らで街を見下ろす。
ああ、誰が世界が滅びかけているなどと思うだろう?
「アラバストロが滅んだわ」
双子というのは、どこかでシンクロしているのだろうか。
言葉に出さず思っていることが通じるという出来事が、しばしばある。
だからラクスは、ミーアの言葉にそう驚きはしなかった。
ミーアは、アプサントと外を繋ぐ情報の中心にいる。
彼女の言葉はすべて事実。
先ほど感じた大きな揺れも、それで説明がついた。
「シンが言ったすぐ後だったの。地震が来たのは」
「…かなり強い揺れでしたわね」
「レイも似たようなことを言ってたの。それにシンは、自分が言ったことを覚えてない」
そこでようやく、ミーアはラクスを見た。
「ラクスがしたこと、無駄になっちゃうのかしら?」
カーミンの住民を避難させたこと。
それ以前にも何度か、ラクスはアスランと共に小さな町や村の住人を避難させてきた。
もしかしたら、その時すでに"破滅"は存在していたのかもしれない。
後々無駄になることを見ていたのかもしれない。
無駄なのに頑張るね、と。
けれどラクスは小さく首を傾げ、微笑んだ。
「あら、そうと決まったわけではありませんわ」
そして雪を舞わせる雲を見上げる。
「未来がどうなるか、なんて…誰にも分かりません。
分かる前に諦めていたら、生きるなんてことはとても出来ませんし」
ミーアも笑った。
「そうね。ラクスの言う通りかも」
そしていつもの笑顔で、ラクスに提案したのだ。
「ね、ラクス。デュエットしない?」
「まあ!それは良い提案ですわ。前にミーアと歌ったのはいつでしたかしら?」
「この間帰って来たときだから、1年くらい前じゃない?あの時に歌ったのは…賛美歌だったわ」
「では今回は、何を歌いましょうか?」
「そうね…」
アプサントの城壁を越え、広い雪原に出た。
シンもレイもそれ以上飛ぶ体力は残っておらず、半ば落ちるように舞い降りる。
「…っ、レイ!」
それ以前にかなりのダメージを負っているレイは、立てる状態ではなかった。
シンは彼を抱きかかえるように、雪の中に座り込む。
1人の悪魔と1人の天使。
そして舞い散る雪の他に、動くものは何もない。
「あ、つっ…!!」
突然左手が燃えるように熱くなり、シンは悲鳴を上げた。
何もしていないのに、感じる熱で手が灼け落ちてしまいそうだ。
同時に、許可もなく脳に直接送り込まれてきた映像があった。
雪原が見えるはずのシンの視界には、まったく別のものが見える。
「パルーデ…?何で、あんな…」
これは、【キラ】が見ている景色だと悟った。
真っ白な炎だ。
ところどころ青い炎に包まれる、城と町と悪魔たち。
すべてを溶かす灼熱の炎。
それは瓦礫と化して滅んだアラバストロとは、また違う"地獄"だった。
何もかもが炎に呑み込まれ、溶け、痕跡など露ほども残らない。
レイには見えていない映像だ。
だが、シンに何が見えるのかと聞かずとも分かる。
「歌が…聞こえるな」
「え?」
逆に、シンには見えない映像がレイに見えていた。
アプサントを少し離れた上空から見下ろす、【カナード】の視界だ。
その視線の先には、2人の少女の姿がある。
「歌…?何の歌だろう…?」
その歌声は、シンの耳にも届いた。
アプサントからそう離れていないからだろうか。
それとも。
「これは、子守唄…か?」
それとも、生きている者みなに聞こえているのか。
低く高く流れる旋律は、ゆったりと静かに広がってゆく。
規則的な音律。
【キラ】が移動したのか、シンの視界にもアプサントが見えた。
その先にいるのは、桃色の髪をした2人の少女。
「ラクスさんとミーア…」
美しい二重奏。
きっと誰もが…"破滅"ですら、耳を傾けているのだろう。
静けさを運ぶ子守唄に。
「レイ…」
シンはアプサントの方角を見つめたまま、ぽつりと問いかけた。
問いそのものはない。
レイも小さく頷いただけだった。
【カナード】が動き、レイの視界も動く。
静かに、それでも確かに、風が吹き始めた。