ミーアはともかく、その後に現れた人物にシンは殺意を抱いた。


「…カガリ…ユラ…、アスハ」


オーベルジーンが戦争に巻き込まれたこと。
フレイの父親が戦死したこと。
シンの家族が戦闘に巻き込まれ、爆死したこと。
アラバストロはもちろんのこと、シンの中に燃える憎しみはそれだけに留まらない。

何故、戦争になった?
何故、戦争に巻き込まれた?
何故、オーベルジーンは滅んだ?
何故、国民のほとんどが死んでしまった?

国の政治を取り仕切る為政者、代表であったカガリ・ユラ・アスハ。
シンの中の押さえ切れぬ憎悪は、彼女に対し鎌首をもたげる。


「何であんたがここにいる!何で俺の前に現れたんだよ?!」

いきり立つシンを、フレイが何とか押し留める。
けれど、怒れる声を止めることはしない。
カガリはただ黙って、憎しみに燃え上がる瞳を見つめた。

「皆死んだのに!さっさと逃げなかったあんたのせいで、皆死んだのに!!
何であんたはここにいるんだよっ!!」

カガリは顔を悲痛に歪めるが、シンの言葉は止まらない。


「シン…」

フレイは小さく呟く。
そう。
彼の言っている言葉は、自分の中にある感情。
父が殺された時、そしてシンとはぐれてしまった時の自分。

シンが最後まで戦っていた姿は、眩しくて、哀しくて。
この義弟は、父を失った自分にとっての生きる糧だった。
オーベルジーンでも1、2を争う"力ある者"であった彼は、己の誇りだ。
失ってしまったと思ったときは、自分の力なさが許せなくて。
国を滅ぼしたアラバストロが許せなくて。
国の最高為政者であったカガリ・ユラ・アスハが、許せなくて。

愚かで何も知らないお姫様。
アナタに私たちの気持ちが分かる?


「帰れよ…早く俺の前から消えろよ!」

何も言わないカガリにシンは苛立つ。
燃える憎しみと溢れ出す哀しみに、頬を涙が流れた。

「ここは俺の家じゃない。レイもアウルもいる。姉さんも、そっちの人も。
誰も巻き込めない。巻き込みたくない」
「シン…?」

言葉の端々に見え隠れする不穏な響き。
レイはシンを見たが、彼はカガリだけを見据えている。


「あんたが憎い。今すぐこの場で殺したい。でもそれだけじゃ俺は止まらない」


部屋の温度が丸ごと下がるように、シンの周りの空気が冷めていく。
レイとアウルは直感的に危険を察した。
シンは、怒りと哀しみで我を忘れかけてる。

「ミーア!早くそいつ連れてこっから出ろ!」

アウルが叫ぶ。
しかしカガリは動かない。
それどころか、必死に己の中の殺意と戦うシンへ手を伸ばした。


「ごめん。本当に…ごめん。
どれだけ謝っても、この命を賭けたって…許してもらえないことは分かってる」


1歩、シンに近づく。

「来るな!俺に近づくな!!」
「それじゃ私の気が収まらないっ!!」
「?!」

叫び返したカガリに誰もが驚く。
カガリは殺されることを覚悟でシンを抱きしめた。

「!」

後ろからフレイに押さえられているため、シンは逃げられない。
怒りに燃える瞳が、驚きと戸惑いを映す。
カガリは震える声でシンに、そしてフレイに謝った。
何度も、何度も。


「許さなくていいから!私を憎んだままでもいいから!
それでも私は礼を言いたいんだ!お前たちは!私の国の民なんだ!!」


レイとアウル、ミーアはいつでも動けるように。
けれど空気を乱さぬよう、その様子を固唾を呑んで見守る。

「シンがいなかったら、私はここにいなかった。
お前が最後まで国を守ろうとしてくれたから、私はこうして生きているんだ…」

カガリの目から涙が止めどなく溢れ、シンの服を濡らした。

「国を守って、国を愛してくれて…お前にとっては不本意でも、私を助けてくれて…本当にありがとう。
生きていてくれて、本当に嬉しかった。オーベルジーンという国を永遠に失わずに済んだ…」

シンから離れ、カガリは涙を拭う。

「私は城にいる。何か私に出来ることがあるなら何でも言ってくれ。
殺したいならそれでもいい。お前が私の命を救ったんだから」

シンとフレイを数秒の間じっと見つめて微笑むと、カガリは部屋を出て行った。
ミーアが慌ててその後を追いかける。
それを見送ったフレイは、シンを押さえていた手を緩めた。
いつの間にか、自分も泣いていた。

シンはカガリの去っていった扉を見つめる。



「ど…して……」

涙に掠れた声。
怒りの火が消え、哀しみの闇だけを映す目。


独りじゃない。

『チガウ』

ここでまだ生きてる。

『チガウ』

じゃあ、この喪失感はなに?
国も家族も、全部失った哀しみ?

『チガウ』

じゃあ、憎しみ?

『チガウ』

守っても散る命たち。
相手を排除していく天使。
相手を排除していく悪魔。
散る命は何のために?


『コノ世界ハ、オワリ』


生きる自分に何の意味がある?
力があるから、簡単に死なないだけなのに。
誰かに必要とされていても、どこか遠くの出来事みたいで。
それが、自分のことだと思えなくて。

『ゼツボウ』

国を守っていた時。
戦い合う天使と悪魔を見て、考えた。
死ぬだけなのに、何やってるんだろう?って。



『絶望』



あの時、シンは世界に絶望した。