アプサントの中央に建つ城の南、約3km。
教会を模された、巨大なゴシック系建築がある。
ザッフィロ大学・大学院。
この国の研究施設の全てが、ここに集まっている。
「えーと…?あ、ここか!」
長方形の中庭を囲うように、東西南北にそれぞれ塔が建っている。
古代学を含む歴史学科は、南の塔。
レイとアウルは、最上階にある古代学研究室を訪ねた。
『考古学・地質学・古代学専攻科』
そんなプレートの掛かる扉をノックすると、勝手に扉が開いた。
「「……」」
2人は入り口で固まった。
正確には、固まるしかなかったと言うべきか。
目の前の入り口から本が山積みで、人が歩くスペースはあるのかという話。
まさしく本の山がそびえ立っている。
「…どーしろっての?これ」
「俺に聞くな」
2人して、本の山を見上げる。
すると本から…否、山積みになっている本の一角から声が聞こえてきた。
「あ、お客様ですか?ちょっと待って下さいね」
ふわり、と本の山を飛び越えて、1人の少年が2人の前へ舞い降りた。
若草色の髪をした、優しい雰囲気を持つ悪魔の少年。
「デュランダル議長から紹介を受けた方ですよね。
僕はニコル・アマルフィ。考古学科の…いちおう、博士です」
「博士って…。年、僕らとあんまり変わんないんじゃ…」
「はい、僕は17ですから」
「…すげぇな……」
ひたすら感心するアウルに苦笑し、ニコルはレイを見る。
「初めまして、レイ・ザ・バレルさん。
アプサント軍トップガンの貴方にお会い出来て光栄です」
差し出された手に、レイも適当な礼を言って握手を交わす。
横では、アウルが拗ねたようにその様子を見ていた。
ニコルはすかさずフォローする。
「それからアウル・ニーダさん。
貴方の名前も、この国では知らない人はいませんよ?」
すぐさま上機嫌になったアウルに、レイは苦笑した。
ニコルは自分の後ろの本の山を振り返り、しばし考え込んだ。
「ちょっと蔵書整理もやっていまして、歴史書が片付かないんです。
申し訳ありませんが、上を通って下さい」
そう言って翼で羽ばたき、ニコルは本の山にぶつからないように注意してそれを飛び越えた。
レイとアウルも彼に倣って本の山を越える。
…越えた先も、やはり見渡す限り本の山だ。
人の背丈の3倍以上はありそうな天井に、ぴったりの高さの本棚。
それが壁に沿って並んでいるだけでも壮観であり、本の数は軽く万を越えるだろう。
加えて、入り口付近と同じように所狭しと整理中の本が山積みにされている。
本に浸食されていない場所と言えば、中央に置かれている大きな机くらいだろうか。
その机に本を重ね、椅子に座って読みふけっている天使が1人。
彼は銀髪で、眼鏡の向こうの眼はアイスブルーの色をしていた。
「イザーク!」
ニコルはその人物の名前を呼ぶ。
しかしどうやら気づいていない様子。
「イザーク!!」
次は少し強めに呼びかける。
だが、相手は気づかない。
するとニコルは床に散らばっている本を1冊拾い上げた。
何だろうか、と首を傾げるレイとアウルを横目に、彼はなんと、それをイザークに向けて投げた。
「「?!」」
レイとアウルが呆気に取られた次の瞬間、彼らの目が点になった。
読んでいる本から視線を上げたわけでもないのに、イザークは投げつけられた本をひょいと避けたのだ。
そして投げられた本は、というと。
山と積み上げられている本には擦りもせず、本棚にぶつかって落ちた。
「「……」」
2人は何とも言えず押し黙るしかない。
目の前で起こった光景はおそらく、毎回為されることなのだろう。
イザークがここで初めて顔を上げた。
「なんだ、客か?珍しいな」
そういえば、昨日のうちにアポイントが取られた気がする。
ニコルの横に立つ人物を見た彼は、珍しく驚きが表情に出た。
「レイ?それにそっちは…」
「お久しぶりです。イザーク・ジュール隊長」
「えっ…!イザーク・ジュールって、あの?!」
挨拶を返すレイと、そのレイとイザークを驚いて交互に見遣るアウル。
…現在、アプサント軍前線指揮官であるレイ。
ほんの1年前まで、その位置にはイザークが立っていた。
この国で知らぬ者は居ない、5指に入る"力ある者"。
「トップガンが2人揃って、こんな場所に来るとは思わなかったな」
「そうですね。しかもデュランダル議長からの紹介なんて…」
イザークの言葉にニコルも頷く。
とりあえず、4人は空いている椅子に腰を下ろした。
「で?俺たちに聞きたいことってのは何だ?」
尋ねたイザークの言葉とわずかに間を置いて、レイは言った。
「"黒い蝶の紋様"について、何かご存知ありませんか?」