『どれだけ綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす』










〜黒の糸・1










ディオキアに停泊中のミネルバ。
例に漏れず休暇をもらったシンは、1人誰もいない海岸線へやって来ていた。

晴れた空はどこまでも蒼く、海はどこまでも碧い。
ガードレールを乗り越え、陸から突き出した崖へ移る。

海は昔から好きだった。

どこまでも広くて、穏やかで。
時には荒れても、また元通りに穏やかになる。
まるで…何事も無かったかのように。

崖の端に立って、海を眺める。
遠くを眺めても下を覗き込んでも、変わらぬ青。

それをじっと見ていたら、いつの間にか意識が途切れていた。


「危ないっ!!」


誰かの声が、聞こえたような気がしたけど。







少しでもザフトと連合の動きを知るために、キラは単身ディオキアへ入っていた。

AAは近くの海底に隠れている。
カガリやラクスも行きたいとごねていたが、さすがに2人とも有名すぎる。
友人のミリアリアもディオキアにいるらしいので、運が良ければ会えるだろう。
とりあえず、キラは町の様子に驚いた。

ザフトの兵士たちが、町に溶け込んでいる。
連合の非道の話がなくとも、コーディネイターを毛嫌いする人ばかりではない。
ミネルバの戦況が、それを浮き彫りにさせていて。

「ここは平和なのにね…」

半ば自嘲するようにキラは呟いた。

ラクスを守るために再び剣を取ったが、それは果たして理由となっていたのだろうか。
カガリを結婚式会場から攫ったのも、ただ気に食わなかっただけだった気がする。

正義なんて人それぞれ。
誰かにとって正しいことは、誰かにとって間違ったこと。

(僕は…何のためにここにいるんだろう?)

その理由が無い。
ラクスを守るためでも、カガリの力になるためでも、平和のためでもない。

じゃあ、なぜ剣を取った?

気付けば町を出て、海岸線を歩いていた。
潮風が心地よく吹いて、キラはそのまま海岸に沿って歩く。

「あれ…?」

かなり歩いた気がする。
そんな場所で、1人の少年を見つけた。
自分よりは年下で、細く見えるけど服装で男の子だと思った。

その子は道路の外…ガードレールの向こうに突き出す崖の上で海を見ていた。
危ないな、とは思ったけど、でも気持ち良さそうだとも思った。
何となく気になったので道路沿いに歩いて近づく。

「…!」

ぐらり、とその少年の身体が傾いだ。
陸側ではなく、下に広がる蒼い水面へと。


「危ないっ!!」


咄嗟に叫んだ声も虚しく、少年の姿は崖の向こうへ消えた。