『ごまかせないってことかも』










〜黒の糸・2










高い場所から重力に従い、水面に叩き付けられた衝撃。
それで一瞬意識がはっきりしたが、すぐにまた深く沈む。

気がついたのは、またしばらく経った後。

「ちょっと君!大丈夫?!」

名指しではないが、自分を呼んでいるらしい声。
その声に重い瞼をゆっくりと上げると、見知らぬ人の顔があった。
紫紺の眼に鳶色の髪のその人物は、シンが目を開けたことに心底安堵したように笑みを浮かべる。

「良かった。このまま目、覚まさなかったらどうしようかと思ったよ」
「…?」

言われた意味が分からない。
シンは自分の目に映る人物が、ずぶ濡れていることに気付いた。
鳶色の髪からぽたぽたと水が滴っていて、けれど何だか格好良い人だと唐突に思った。
声を出そうとすると、喉が焼けたように染みて咳き込む。

「海水飲んじゃったみたいだね。とりあえず服乾かさないと…」

言われてようやく、シンは自分もずぶ濡れだということに気がついた。
そしてどうやら、目の前の人物に抱きかかえられていることも。
彼は困惑顔のシンを軽々と抱き上げ、小さな洞窟になっている崖下へ移動した。







火をつける道具は持っていて、ついでに燃えるものもあった。
キラは自分と助けた少年の上着を適当に掛ける。
その少年は、隣りでぼんやりと燃える火を見つめている。

彼が海に落ちたと判断出来たのは、派手な水音がしたからだ。
その音が無ければ、自分が幻でも見たと思っただろう。
とにかくキラは咄嗟に海へ飛び込んだ。
ほとんど夢中でこの少年を海から引き上げたが、彼はすでに意識を失っていた。
普通なら、溺れたと本能が理解して何かしら行動したはずだ。

「自殺したかったなら、ごめんね。助けちゃって」

そんな気がして火を見つめたままの少年へ声をかけたが、返った声は疑問符が混ざっていた。

「…自殺?俺が?」

訝しげにこちらを見返すので、そうではなかったらしい。
それが少し嬉しかった。


彼が意識を回復したとき。
その揺らめく深紅の眼が自分を映し、知らず胸が震えたのだ。