『都合のいいものを運命と呼ぼうか』










〜黒の糸・9










シンがミネルバに戻ったのは昼過ぎ。
しかし夕方近くまで経ったような、そんな疲労感があった。

運良く誰にも会わず自室へ戻り、同室者のレイも外出中。
緊張の糸が切れたかのようにベッドへ倒れ込んだシンは、回らない頭で先程までの出来事を思い出す。

「…キラ・ヤマト……」

声を出すことさえも億劫だ。
あの男の言動と行動で、自分を支えていた様々なものが揺らいでいる。


『明日の午前0時。10分間だけ君を待つよ』


さらにもう一つ誘惑の種を残して、あの男はまた町の雑踏に消えた。
こちらの心中など、全て見透かしたような顔で。

(気に食わない…)

待つと言っていたが、どこで待つかも言わなかった。
場所も分からずにどうしろというのか。

(…って、行くつもりなのか?俺は…)

あの場で手を差し出されていたら、きっと取っていたに違いない。
このザフトにいる理由を、それだけ揺らがされてしまった。
それとも。
ザフトに志願した理由は、そんなにも軽かったのか。

(俺がザフトに入ったのは…)

力が欲しかった。
あの日失ったものを取り返せるくらいに、強い力が。

(力を手に入れて…)

殺したい。
自分から全てを奪い去った人間を。
戦争を起こした人間全部を。

「くっ…あははっ」

ふいに笑いが込み上げてきた。
気付いてしまえば、それまでだ。
ベッドから身を起こし、何もない白い壁を見つめる。

「なんだ。俺がやんなくてもやってくれるんだ」

その日、偶然にもレイは自室へ戻って来なかった。







真夜中の町は、一片の灯りすら飲み込む。
静かな…かと思えば、良からぬ話し声が聞こえてくる。
それはどこの町でも皆同じ。
おそらくは、プラントでさえも。

「…!」

静寂の中でひと際大きな声が聞こえた。

「通せって言ってんだろ!」

声の方向へ足を進めると、何人かの人間(女もいた)が誰かをカモにしている。
それも金銭を目的とした会話ではない。

「いいじゃないか。可愛い顔した子がこんな夜中に町に出てるってことは、そういうことだろ?」
「ふざけんなっ!」

通すまいとしている人間のせいで、怒鳴っている方の人物は見えない。
しかし確かめる必要も無い。
キラは気配を殺して近づくと、道を塞いでいる人間の一人を背後から蹴り飛ばした。

「ごめんね。その子、僕の連れなんだよ」

いきり立って向かってきた数人も、蹴り飛ばして片付ける。
蹴り飛ばされた人間たちは何か悪態をついていたが、自分たちの不利を見て取って立ち去った。
キラは驚いた様子でその人間たちを見送るシンに苦笑する。

「大丈夫?やっぱりこの時間帯は不味かったね」
「?」
「君がよく目立つってこと、忘れてたよ」

どうやらシンは、言われたことを理解出来ないようだ。
自分の容姿について深く考えたことがないのだろう。
訝しげに見返して来る彼へ、キラはスッと片手を差し出した。


「午前0時」


シンはポケットに入れて来た形見の携帯電話を少し取り出してみる。
通話や送受信は出来ないが、充電すれば動く機械。
暗闇にくっきりと浮かび上がったディスプレイのデジタル時計は、0時00分を差していた。

「…どこに行くんだ?」

同じく闇に溶けないキラの紫紺の眼を見つめて、シンは尋ねた。
差し出した手はそのままに、キラは口元に笑みを浮かべる。

「AAだよ」

心配しなくても、君には僕以外に誰一人として触れさせないから。

その意図が伝わったのか。
シンは差し出されたキラの手を、迷いなく取った。
海に落ちたときに感じたのとそう変わらない、少し冷たい手。
キラはその手を優しく握り込むと、町の外へと歩き出した。

町を出て、海岸へ出る。



シンは一度もザフト基地を振り返らなかった。











 END.