『事実は時として、全てを狂わせる』










〜黒の糸・8










キラの告げた"事実"は、シンがひた隠しにしてきた全てを曝け出した。

「フリーダム…?」

"あのとき"、シンは妹が落とした携帯を拾いに斜面を降りた。
拾ったと思った次の瞬間に爆風に吹き飛ばされ、コンクリートへ叩き付けられて。
何が起こったのかと振り返ったその先には…

「あんたが…?」

そこには何も、命あるものは何一つとして残ってはいなかった。
父も、母も、妹も、ほんの一瞬前まではそこにいたのに。

何が起きたのか、知らなくても知っていた。
後ろからの暴風に空を見上げると、そこには白いMSがいる。
携帯を拾いに行く前も、自分たち家族の上を飛び回っていたMSだった。
黒と青のMSが追っていて、白いMSは逃げるように迎撃していた。

「アレに…?」

あのMSが、自分の全てを奪い去った。
今目の前にいるキラという男は、自らそう告げたのだ。

そして、あのアスハの片割れだと。

様々な怒りと憎しみがバラバラに蜷局を巻き、シンは混乱する。
それが身体の自由を奪い、そんな彼の状態を予想していたかのようにキラは動いた。

「んぅ…っ?!」

口付けられているのだとシンが理解したのは、それよりさらに数秒後。
気付かぬ間に両手はキラに掴まれていて、ロクな抵抗も出来ない。
それを良いことに口付けはさらに深まる。

「…っ!」

ようやく解放されたときには、慣れているはずのない感覚と酸素不足で足の力が抜けた。
キラはそんなシンの腰を引き寄せ、抱きしめることで支える。

「お、まえっ…!」

あらかた自由になった手で、シンはキラの腕を引き離そうと力任せに掴んだ。
見上げる赤い眼は生理的な涙で潤み、殺気という光に縁取られている。


それはまさに、宝石の輝き。


「…シン」

その宝石が…否、"シン・アスカ"という『パンドラの鍵』が欲しい。

キラの中に渦巻くのは、ただそれだけ。
それを実行するべく彼は口を開く。

「ねえ、僕を殺してよ」

一方のシンはそんなことなど知らない。
ただ、キラがたった今発した言葉に耳を疑った。

彼は何と言った?

「…あんた、馬鹿?」

自分の口から出たのも、くだらない言葉だった。

そう。
抑えきれない憎しみを持つ自分に対し、"殺してくれ"と。
何とまあ、面白みの欠片も無い道化だろう。
しかしキラは、その場に相応しいはずのない穏やかな笑みを浮かべる。

「まだ死にたいわけじゃないんだけど。でも君になら、今すぐに殺されたっていいよ」

言っていることが矛盾だらけだ。
けれどシンにとって、この上なく良い条件が並んでいることも確かだった。
今の実力差では、どうやってもフリーダムには勝てない。
その圧倒的ハンデを、この男は自ら壊して自分の前に立っている。
それはつまり…?

「今すぐ…?」
「うん」
「今すぐじゃなくても…?」
「うん」
「本当に…?」
「うん」

ザフトにいなくても、家族の仇を討てる…?
揺らぐシンの心を見透かしたように、キラは畳み掛ける。

「戦場にいる限り殺される。でも僕は、君以外には殺されたくない」
「…?」
「だから、僕が君を守る。君が僕を殺すそのときまでずっと…」

ますます訳が分からない。
それなのに、シンはキラの言葉に己の根底を揺るがされた。


「僕だけを見ていて。殺しても足りないくらい憎い、僕のことだけを。
戦わなくてもいい。守らなくてもいい。何も考えなくて、いいから」

止まった時間のままでいい。
過去に置き去りにした心の、ほんの一部でも十分だから。


「考えなくて、いい…?」

それは、進む必要は無いということで。

前を向けと、家族の死に時を止めずに生きろと。
アレ以来出会ってきた人は誰一人として、それ以外の言葉を言わなかった。


この"キラ・ヤマト"以外は、誰1人。