1

…1、

2…

3…

4…

5…

6…



《最終hit数、14件》


動き続けていた画面が、止まる。

「へ〜え、思ったよりも数追えたね」
それにザッと目を通した鳶色の髪の少年が、ふっと口元に笑みを乗せた。

《取り逃がしたのは5件》
彼の言葉に応えるように、青く光るディスプレイにそんな文字が浮かぶ。

「十分じゃない?だってリストは30人強でしょ?」
そっちは?と問うように、少年が後ろを振り返った。
別のディスプレイに向かっている黒髪の青年は、コンソールの上に座っている"黒猫"の頭を撫でる。

「特に不備はない。あとは音声のチェックだな」
《Nyaro-にゃーお》

答えるように、黒猫が鳴き声を上げた。
少年が何かに気付いたらしく、ディスプレイへ視線を戻す。
「メール?誰から?」
浮かんでいた文字はとうに消え、そこにメールボックスが現れる。

《Serpent-Tail, Gai=Murakumo》

次に黒猫が発したのは、鳴き声ではなくれっきとした人語。
「…叢雲劾?」
青年が眉をひそめた。
立ち上がると、少年が動かすディスプレイへ移動する。
文面を読んだ少年もまた、首を傾げた。
「なんか、近日中にここに来るってさ」
「用件は?」
「"渡したいものがある"ってしか書いてない」
「ふーん…」
いつの間に移動したのか、黒猫もそちらのコンソールに座っている。
少年は黒猫を軽く撫でると、もう一度メールの文面を見やった。
「いちおう返信すべきかな。"了解した"って」
彼らはキーボードは愚か、ディスプレイにも触れていない。
けれど画面には、少年の言った通りの言葉が返信文面として書かれている。
しかし彼らは驚く素振りも見せない。
「いいよ。それで送って」
少年の言葉に従い、メールが送信される。
満足げな笑みを漏らし、少年は黒猫を抱き上げた。

「完璧だね、"カナリア"。ロウさんたちに頼った甲斐があったよ」

"カナリア"と呼ばれた黒猫はひょい、と少年の腕を抜け出し、またコンソールに上る。
すると画面が切り替わり、最初に映っていたデータが浮かんだ。

《先程の追跡データはどうする?》

いくつも並ぶ、誰かの所在地らしいものが連なるリスト。
それを流した青年が答える。
「まだ使わねえから、保留」
カチリ、と音がして画面が閉じた。
椅子に腰掛けた少年が、笑って青年を見上げる。

「でもびっくりだよね。たった1度で、あれだけの人数が探りを入れてくるなんて」

青年も笑みを浮かべた。
ぐるりと周りを見回すとそこには、膨大な研究データが積み上げてある。
彼らが行ったものではなく、ここに遺されていたもの。

「それだけヤバい情報なんだろ。これだけデータが残ってればな」

この研究は、関わった人間に深い影を落とす。
17年ほど前に大規模なテロとバイオハザードが起き、その状態で研究所が破棄されたのだから。

《アクセスして来た大部分は、地球上の有力者だ》

そこにもう1人居るかのように、"カナリア"が会話に混ざる。
「やっぱりね〜…。根元が深い権力者が多いよ、きっと」
「他には?」
青年の問いに、カナリアはすらすらと答えた。
《プラントの有力者が数名、L3宙域とL2宙域も共に追い切れなかった》
追い切れなかったとはつまり、こちらの逆探知を途中で塞き止められたということ。
それはカナリアの性能から考えれば、かなりの情報網を持っていることが窺える。



Artifical Intelligence/CANARY.
…通称、アイ・カナリア。
オーブモルゲンレーテ社が開発した、擬似人格を持つ人工知能。
それを元に少年が創り上げた、現段階で最高の容量と性能を持つ人工知能だ。
開発するのに2年近くという時間が掛かりはしたが、本来ならば驚異的な短期間で創り上げたことになる。
中身が最高水準ならば、外見も最高水準。
…本物にしか見えない黒猫。
実際の中身は機械であり、ロボットともアンドロイドとも言える。
以前属していた軍部でMSを造り上げた青年ならば、造れないこともないだろう。
腕の確かなジャンク屋と組み出来上がったソレは、ジャンク屋の持つ人工知能よりも遥かに上だった。
その人工知能(名前は8だったか)に文句を言われる程に。



「プラントの有力者は置いといて、L3とL2って何があったっけ?」
「…L3はヘリオポリス」
「あ!そういえば」
「L2…?月の裏側か?」
「うーん…どっちも今何があるかさっぱり分かんないや」

椅子の上に片足を上げて膝に頬杖を付き、少年は半ば投げやりに言った。
その後で、はたと気付いたように青年へ尋ねる。

「そういえばアレ、直せそう?」

問われた青年は、あからさまに非難の混ざる声で答えた。

「人の話を聞いていたか?」

少年はこの部屋で交わされたやり取りを思い返す。
コンソールの上で尾をぱたぱたと振る黒猫の、前の話。
そちらへ会話が至る前に、何の話をしていたか。

「ごめん。ちゃんと聞いてた」

聞いていたが今思い出した、が正解。
《Nyaro-》
青年はしばらく少年を見ていたが、横で上がった鳴き声にディスプレイへ視線を戻す。
「…今度は誰だ?」
少年もそちらへ目を向けるが、その目は訝しげに細められる。
しかし一瞬後には口元に笑みが浮かんだ。

《Unregistration name, Request card ×2》
ーー依頼が2件。


「ふぅん?僕らまだ何も言ってないのにね?」
「"知ってる"から接触して来た…か?」
「もしくはただの命知らずか、だね。あ、賭けてみる?この2件がどうなのか」


コーディネイターの中でも稀な、アメジストの眼。
共に纏うのは、全てを取り込んでしまう"黒"。
そしてアメジストの奥に燃える、黒い炎。
先の大戦で彼らを見た者は、その相違に少なからず驚いた。

"黒のセクメト"は人当たりの良い少年で。
"白のアルテミス"は人を寄せ付けぬ青年で。

特異な環境で生み出され、まったく別の境遇で育った彼ら。
彼らをよく知っているなら、その中のある者は首を傾げ、ある者はただ納得する。
そしてこう呼ぶ。
夢物語は所詮、夢でしかないというのに。


『スーパーコーディネイター』


少年の名はキラ・ヤマト。
青年の名はカナード・パルス。

共に先の大戦で名を馳せた、第三勢力の"英雄"である。