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「シ〜ン!ねえ、明日お買い物に行かない?」
「え?」
「そうね。10時前には出たいから、ちゃんと起きて用意して…」
「…えぇ?」
「そうそう、レイも予定ないなら一緒に行くんだからね!」
「予定が合うならな」
「ざ〜んねん!レイが明日、完全オフだってことは知ってるの♪」

パタン。

扉の向こうに彼女の姿が消えた。
シンは唖然としたまま、ミーアが至極楽しそうに出て行った扉を見つめる。

「あの…レイ?」
「なんだ?」
「いや、えっと…明日の10時くらいに買い物行くって…」
「そう言っていたな」
「ひょっとしなくても…決定事項なの?」

恐る恐る尋ねたシンに、レイは目線を逸らすという回答方法をとった。
…シンがこの邸宅へ来てから1週間。
ミーアの破天荒な明るさと、レイの年齢不釣り合いな落ち着きぶりを知って、まだ1週間。
この邸宅と同じように、彼らも"一般人"ではないとよく分かった。
けれど2人は、何も聞いて来ない。

『家族は?』
『なぜプラントに?』

そんな、シンの心に暗い影を落とす言葉を発しない。
気を遣われているのか、それとも聞く必要がないと判断されているのか。
どちらにしろ、シンにとって有り難いことに変わりはなかった。
逆に迷惑に近いのは、今回のように強引なミーアと冷静すぎるレイの板挟みになることか。



翌日。
ミーアを見たシンは、自分がどこに居るのか一瞬混乱した。

「え…と、あの…ミーア…だよな?」

ミーアは常識破りなピンク色の髪をしていた…はずだったのだが。
今シンの目の前に居る彼女は、見事な銀灰色の髪。
それを突っ込むべきところなのだが、シンは続く彼女の言葉に疑問を出さずにはいられなかった。

「ちょっとぉ、シン!仮にもお姉さんに向かってそれはないでしょう?」
「は?姉?!」
「そう!アタシの後にここに来たんだから当然よ。だからレイもお兄さんになるの」
「…歳、同じなんじゃないの?」

朝から彼女のハイテンションに巻き込まれ、シンは早くも疲れを感じる。
だがシンの呆れたような問いに、彼女は大人びた笑みを見せた。

「知らないわ。アタシもレイも、自分の歳なんか数えたこと無いもの」
「え…?」

咄嗟の言葉が浮かばなかったシンを気にすること無く、ミーアはまたいつもの笑みに戻る。
「さ、行くわよ!レイはもう準備出来てるから」
釣られてシンも現状にハッとした。
「え、早っ?!俺起きたばっかなのに!」
慌てて洗面所の鏡へ向かい、顔を洗う。
次にブラシへ手を伸ばし髪を梳かそうとしたところで、後ろから付いて来たミーアに手を掴まれた。
「?ミーア…?」
彼女はシンの手からブラシを取ると、彼の跳ねた髪を梳き始める。

「シンの髪って癖っ毛だけど柔らかいわよね。黒って珍しいって知ってた?」

一見堅そうに見えて、触ればふわふわと猫の毛並みのように綺麗。
シンは小さく首を傾げた。
「珍しいのか?確かに、いつものミーアみたいな色は見たことないけど」
ミーアは苦笑した。
「アタシのことはどーでもいいのよ。ほら、地球のアジアってとこの人たちは、みんな黒い髪なんでしょう?」
「ああ、うん。そうだけど…?」
「逆に北の方の人たちは、金髪とか茶髪とか」
「そうだけど…」
彼女が何を言いたいのか、シンにはよく分からない。
鏡に映る不可解そうな顔にミーアは笑う。

「前にね、レイと言ってたの。"アタシたちと同じように、他から一線を引かれる"子な気がするって」

それがどういう意味なのか。
シンが尋ねる前に、彼女はブラシを置くとシンの手を引っ張った。
「さ、行くわよ♪今日のお買い物はシンが居なきゃ話にならないわ」
「俺?」
「そうよ。シンの生活物資の調達!」
ずるずると引っ張られるままに玄関の外へ出ると、すでにレイが待っていた。
戸締まり確認をするミーアを眺めつつ、シンは改めて彼を見てみる。

オーブは太平洋の南に位置する島国。
分類すればインドネシア地域、とりあえずアジアに入る国だった。
コーディネイターは自分の他にも多かったが、今思い出してみれば金髪の人物は少なかった気がする。
ナチュラルの場合はほとんど存在しないに等しい。
難しいことは分からないが、目や髪の色は浴びる紫外線の量に影響し、日光の弱い北国の人々は色素が薄い。
特に、レイのような金髪碧眼は珍しい。

「なんだ?」
じっと見ているシンに気付いたのか、レイが口を開いた。
シンは少し考える。
「あ、ごめん。やっぱり綺麗だよな〜って」
「?」
上手く意味が通じなかったらしく、レイが首を傾げた。
玄関の鍵をチャリッと鳴らしたミーアは、くすくすと笑って軽く肩を竦める。
「レイに言ったって無駄よ。シンもそのタイプでしょ?
自分が他人からどんな風に見られてるか気付かない。あ、アタシは分かってるけど」
もうアイドルデビューしてるから。
自分の魅力を最大限にアピール出来てこそ、スターだ。

玄関から門へ続く階段を下りながら、ミーアはレイへ尋ねた。
「お店のリサーチは済んだ?」
レイは怪訝な顔で彼女を見返す。
「昨日の今日で、言った本人が何もしていないのか?」
するとミーアはムッと眉を寄せた。
「やったわよ!可愛い洋服のお店とか、綺麗なインテリアのお店とか」
「…いちおう聞くが、シンのか?」
「もっちろん♪シンは色さえ間違えなきゃ、なに着たって似合うハズだから」
そこでふっと声を潜める。

「"向こう"は?」

門の鍵を確認し、目の前の広い道路を見渡しながら尋ねた。
レイは視線だけミーアへ向ける。

「さすがにバレてる。が、お咎めなしどころか戸籍と住民票を寄越すそうだ」
「えっ?!」

シンに彼らの会話は聞こえていなかったが、ミーアの驚き声はよく響いた。
何だろうかとそちらを見ると、逆に2人が不思議そうな顔でシンを見た。
「どうかした?」
きょとりと首を傾げたミーアに訊かれ、反射的に首を横に振る。
「何でもない。ところでどこに行くんだ?」
彼女の表情が嬉しそうに輝いた。

「ここで1番大きなショッピングモールよ。日用雑貨から食料品から、全部のお店が揃ってるの♪」



レイとミーアの会話が何だったのか。
結局それはうやむやに流されてしまい、シンが思い出すことはなかった。