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カタン、と音がした。
灯り1つない部屋の中で、その音はひどく響く。

パシュッ…

空気を切る音が走った。
瞬間、部屋の中から"生き物"の気配が1つ消える。

「殺り損ねだ」
「うわ…何かショック」

2つの気配が同時に動いた。

「あれ?あのナイフ、抜かなくていいの?」
「抜いたら血が出る」
「あ、そっか。精密機械に水は天敵」

ヴゥン…ッと音を立て、暗闇に光源が現れる。
四角い形をしたそれはディスプレイ。
その中では細かな文字が、下から上へと驚くべき早さで流れていく。
光源の青は、暗い部屋の中に2つの影を浮かび上がらせた。

青い光のすぐ前で、その画面を操る人物。
キーボードの上を走る指は滑らかに、そして素早くやるべき事をこなす。
その人物の2,3歩後ろにいる、もう1人。
そちらは流れる文字を遠目に見ながら、退路の確認をした。

「終〜わり♪」

そんな楽しげな声に乗って、青い光源がフッと落ちた。
部屋は再び暗闇と化すが、2人にはたいして問題ではなかった。
闇に慣れた目は、互いを見る。
消されたはずの気配も、それが互いの物ならば分かる。

「はい。これはそっちの」

ディスプレイに向かっていた人物が、もう1人へ小さなメモリーチップを手渡した。
受け取った人物は、返答せず開きっぱなしのドアから廊下へ出る。
後に出て来た人物は廊下を右左と見渡して、笑った。

「静かだね。誰もいないから」

居ないことはないが、生きていないのだから居ないのと同じ。
彼の目には色褪せた写真としてしか映らない。
だから"誰も居ない"。
それを聞いていたもう1人は、呆れたような視線で彼を見返した。

「可笑しな"目"だな。便利でもなさそうだが」

暗闇の中で、目はとっくの昔に慣れている。
呆れている人物を軽く見上げて、クスリと笑う。

「そう?おかげで視覚からの情報はもの凄く抑えられたよ?疲労が来るのも遅くなったし。
やっぱりカナードのおかげだね」
「責任転嫁してんじゃねーよ」

言われた通り、それは上辺だけの責任転嫁。
選んだのは自分…キラ自身。


発覚したのは1年程前、元同僚の現傭兵の女性に再会したとき。
眼鏡をかけた真面目な彼女は、肩に掛かるくらいのアーチブラウンの髪をしている。
それがキラには、60%程の灰色にしか見えなかった。
彼女はちゃんと血の通った肌を持っているのに、灰色で血の気のない蝋人形にしか見えなかった。
他の同僚に会っても、結果は同じだった。

2階調の黒と、色彩の黒は違う色だ。
『カナリア』の黒い毛並みは綺麗に見えるが、それは生きていないから。
時を止めた写真なら、色鮮やかに見える。
けれど直接会う人間は、尽く灰色…モノクロームの世界に沈んだ。

自分の横に立つ、"彼"以外は。
鏡に映る自分の姿以外は。

傭兵の彼女に再会してから、職業柄、外部の人間と接触するようになった。
するとモノクロの世界が勢力を拡大し始めた。
今では、前に述べた人物以外がすべてモノクロ。
味覚に異常がないのは、別の意味で救いだが。


「じゃあ、次は3日後…だね。僕は1度、地球に降りるから」
「ああ」


互いに背を向けて、互いに別の出口へ向かう。
侵入者である彼らを止めようとする者は、もうこの施設の中には存在しない。
彼らが全て、もの言わぬ屍に変えてしまった。
もの言わぬ屍たちは、彼らがこの施設を出て行った後に消えるだろう。

跡形もなく、施設ごと。







月と太陽を呑み込まんとする、黒い獣を手懐けた彼ら。

『GARMR&D(ガルムandディ)』

様々な思惑や方向性が現れ始める節目、彼らの3度目の仕事。

C.E.73年、地球では残雪と言われ始める季節だった。