ユーラシア連邦の特務部隊X(エックス)。
この部隊は地球連合軍として、そして大西洋連邦に対する対抗組織として作られた。

連合軍の中でもっとも大きな大西洋連邦は、ほかの連合軍を捨て駒と見ている。
そして、MS技術を独占している彼らを密かに敵視しているユーラシア連邦。
彼らは今まさに、その勢力を広げようと動き出した。










-月と太陽・第1部『アカツキノツキ』-










宇宙要塞アルテミスの一角、もっとも奥まった所にある格納庫。
そこはいつにも増して騒がしかった。

「メリオル!カナードに連絡した?!」
「ええ。ガルシア司令にも文書を提出してきました」

この格納庫はMS開発を専門に稼働している。
そのMS開発の責任者となったキラ。
彼は同じ特務部隊に属しているメリオル・ピスティスと共に、カナードがやって来るのを待っていた。
「…司令に教えるのは後でいいのに」
キラはここ、アルテミスの司令官であるジェラード・ガルシアを快く思っていない。
「仕方ありません。義務ですから」
そんなキラを、メリオルは軽く諌める。

メリオル・ピスティス。
彼女はキラやカナードと同じ特務部隊に属している。
キラ曰く、「マリューさんとナタルさんを足して2で割った感じの人」だとか。
コーディネイターを毛嫌いしているわけではないらしく、AAの面々と同じ中立的な立場を取っている。
そして何かと勝手に動きやすいカナードを(最近はキラも)押さえられる存在である。

「カナードまだ来ないや。下で待ってた方が早いかな…」
言うが早いかキラは部屋から出て行った。
ちなみにここは、格納庫を見渡せるオペレーションルーム。
目の前には3機の機体が見える。

1st ユーラシアガンダム。
同型の3機のうち、名前が決まっているのは1つだけ。



下に降りたキラは3つの機体を見上げた。
「そーいえば、特務部隊って何するんだろ?」
…今さらすぎる疑問だ。
キラも特務兵ということになっているが、MS開発へ回ってからそれらしいことは何もしていない。

「ヤマト少尉ー!今日はもう上がりですか?」
同じMS開発に携わっている整備士たちがキラに気づいた。
「えーと、うん、もういいや。お疲れさま」
「お疲れさまです。少尉も早く休んでくださいよ!」
「…うう、分かってるよ」

アルテミスの中にも、メリオルと同じ中立的な立場を取る者が結構いる。
プライドの高いカナードはともかく分け隔てなく接するキラの性格は、この特殊な部署で人望を集めた。
「…カナードも実は慕われてたりするよね」
特に戦闘において、カナードの冷静な判断力は貴重だ。
一方のキラは戦闘経験が少なすぎることもあり、その方面には向いていない。
「でも、メリオルみたいな人が多くて良かったよ」
AAから異動したばかりの頃は、完全に孤立するだろうと思っていた。
まあ、孤立したとしてもカナードがいればそれでよかったのだが。
アルテミスの特務部隊は特務と名の付くだけあって、"普通でない"人間が多い。

「独り言が多いんだよ、お前は」

「うわっ?!び、びっくりした…」
突然背後から聞こえてきた声に、キラは飛び上がりそうになった。
最近の寝不足がたたってきたらしい。
「いいの。独り言は多くてもちょっとウルサイくらいだから」
「…どうでもいい。俺が乗るのはどれだ?」
不機嫌になったキラをあっさりと流して、カナードは用件を済まそうとする。
彼が見上げるのは、完成したばかりのMSだ。

カナード・パルス。
ユーラシア連邦軍特務部隊の要であるコーディネイター。
遺伝子上ではキラの実兄であり、同じ実験で生み出された人間。
…そして、キラにとっての『全て』だ。
カナードから見れば、キラは憎しみと殺意の対象であり、退屈を紛らわすモノ。

キラは不機嫌な表情を一変させて、楽しそうに笑った。
「カナードが乗るのはこれ。他の2つはナチュラル用にOS調整してあるから」
ふーん、と適当な相づちを打って、カナードはキラに目線を移す。
「…名前はあるのか?」
待ってました、とばかりにキラは不敵に微笑んだ。

「"ハイペリオン"…高い天を行く者」

「ふん、悪くないな」
カナードもまた不敵な笑みを浮かべる。
しかしそこでふと気づいたことがあった。
「…もう1機はどうした?」
任務の合間に何度かここへ足を運んでいるカナードの知る限りでは、あともう1機開発していたはずだ。
キラ自身が乗るための、ストライクによく似た機体が。
「ああ、それは向こうにあるんだけど、ちょっと問題が…」

『キラ、カナード、上へ来てください。司令がお待ちです』

キラが言いかけたとき、メリオルから呼び出しが掛かった。
カナードは僅かに眉をひそめ、キラはぶつぶつと文句を呟く。
「…だから司令には後で良かったのに」
「諦めろ。外での任務がない限りな」
あからさまに嫌そうな顔をするキラと、その辺りすでに割り切っているカナード。
2人はとりあえずオペレーションルームへ向かった。





「いやいや、まさかこんなに早く完成するとは。ご苦労だったなヤマト少尉」
「…いえ」
上機嫌な様子でそう言うガルシアへ、キラは曖昧に返した。
(軍の上層部って、こんなエラそうな人ばっかり…なのかな)
そう考えると、AAはかなり良い環境だったと言える。
「では次の開発についての話だが…量産は出来そうかね?」
随分と早すぎる話のような気がする。
コーディネイターに出来ないことはない、とでも本気で思っているのだろうか?
カナードもメリオルも、不審そうな表情を隠さない。
しかしガルシアは気づいていないかのように話を進める。
「…基本戦闘データも取ってないMSなんざ、ただのガラクタだろーが」
いい加減鬱陶しいと感じたのか、カナードが嘲った。
ぎろり、とガルシアが睨むが通じるわけがない。
メリオルはため息をつく。
「カナード、もう少し口を慎んでは?」
言ったところで効果がないのは経験上、承知の上だ。
キラはここぞとばかりにMS開発の話をすっぱり切ることにした。

「MS開発の話ですけど、僕はこれ以上関わりません。これでもパイロットですから」

ガルシアの片方の眉がぴくり、と吊り上がる。
「…何をするつもりかね?」
ちらり、とカナードを見てキラは続ける。
「カナードはこれから、ハイペリオンのパイロットとして外に出る。
だから僕も"アヌビス"でAAへ向かいます」
「「…は?」」
ガルシアだけでなくメリオルも、そしてカナードも思わず聞き返してしまった。
キラ自身がこれからどういう任務に就くのか、その任務内容までも勝手に決めてしまっている。
それも説明の段階を全てすっ飛ばして、だ。

アヌビスとは、キラ専用に造られたMSの名前。
ハイペリオンがカナード専用であるのと同様、OS調整はパイロット自身がやる。
黒を基調としたカラーリングを持つ、エールストライクに瓜二つの機体だ。
火力の点はハイペリオンに任せた、スピード重視の造りになっている。

「お前な…なんであの艦を追いかけるんだ?しかも俺も行くってことだろ」
「そうだけど?だってカナードも暴れたくて仕方ないじゃない」
それは確かに事実だが、キラの話し方に妙なニュアンスを感じる。
「……まさか、データの取り忘れか?」
「あはは…」
キラは何とも言えず、笑うしかなかった。
ランチャーとソードのデータは全て持ってきたのだが、エールのデータが一部抜けていたのだ。
…アヌビスは換裝システムを持たず、エールストライクの機能だけ。
にも拘らず、エールのデータが一部ない、と。

ゴホン、とガルシアが咳払いをした。
「…ヤマト少尉、AAを追う上で我々にメリットはあるのかね?」
つまり、ユーラシア連邦という組織に対してのメリットはあるのかという事。
キラはにこりと笑った。
「あるに決まってるじゃないですか」
「ほう、例えば?」
「…そうですね、AAを助ければ大西洋連邦に恩を売れますよ」
「正確には大西洋連邦に、ではなく、第八艦隊に、ですよキラ」
メリオルが言い直す。
「あれ、そうなの?」
「第八艦隊のハルバートン提督がMS開発推進者です」
「ふうん。あ、あとAAを追えばもれなくオマケが付きますね」
「オマケ?」
「…ああ、奪われたGATシリーズか」
ククッとカナードが笑った。
「他の雑魚よりはかなりマシだろうな」
ヘリオポリスに侵入したザフトの部隊は、エリート中のエリートに違いない。
カナードの実力は、同じ部隊であるメリオルやキラが1番良く知っている。
たとえザフト軍でも、並のコーディネイターでは相手にならない。

「……」
ガルシアは頭を抱えたくなった。
正直なところ、勝手な動きばかりするこの2人をどうにか出来ないか。
好き勝手に動き、上司を上司と思わないカナード。
上司は上司でそれなりに立てるが、自分の意向は全て通すキラ。
優秀な手足と頭脳(ブレーン)を手に入れたはずなのに。
「で。僕が今言ったこと、許可してくれますか?」
にこやかと微笑むキラ。
ここは好きにさせた方が無難だろうか。
「…ふん、構わん。好きにしろ」

捨て台詞のように残して、ガルシアは足早に出て行った。





「フフ、司令もやっと僕の危険性に気づいたのかな?」
アヌビスの調整をしながら、キラは楽しげに呟いた。
出発は6時間後。
なぜそんなに遅いのかというと、カナードに睡眠不足を指摘されてしまったせいだ。
…アルテミスに来て以来、初めて外へ出る。
ようやく外へ出られると思うと嬉しくて仕方がない。
「やっぱり、カナードは僕にとって天使だよ」

たとえ、その羽が黒くても。







キラとカナード。
はたから見れば兄弟らしく、それでいて相手の思考が手に取るように分かる。
そうさせているのは、同じ造られた者同士の繋がりか。



一方は愛に近いただ1つの望みを。

もう一方は愛に近い憎しみと殺意を。