「カナード・パルス、ハイペリオン出る!」
「キラ・ヤマト、アヌビス行きます!」

軍事要塞アルテミス。
そこからザフトはもちろん、同じ連合軍である大西洋連邦にも知られていないMSが飛び立った。

白と灰を基調とした1st ユーラシアガンダム・ハイペリオン。
黒と灰を基調としたストライクの兄弟機・アヌビス。

「ねえカナード、アークエンジェルってどの辺りまで行ったかな?」
「俺に聞くな。月面基地を目指してるならそっちに行けば分かるだろ」

特務としてアークエンジェル(以下AA)の護衛を命じられたキラとカナード。
そう画策したのはキラだが、MS開発をこれ以上したくないがための策と言える。
そしてハイペリオンとアヌビス、双方のテストも兼ねて。










-月と太陽・2-










ようやく見つけたAAは、なんとザフトのナスカ級と交戦中だった。

「…ナスカ級ヴェサリウスとAA。それにモントゴメリ、バーナード、ロウ」
カナードはモニターに映る戦艦を順に並べた。
「あとの3つは連合軍?」
聞き覚えのない名前にキラは首を傾げる。
戦艦の名前などどうでも良いような気もするが。
「ああ。暗号文が飛び交ってるだろ」
「コレのこと?"第八艦隊先遣隊"ってヤツ」
のんびり喋っているように感じるのは気のせいではない。
なぜならハイペリオンとアヌビスは、戦闘区域から離れた場所でそれを眺めているのだから。

「「…で、どうする?」」

同じ言葉を同時に発して、一瞬沈黙が流れた。
どうするか、なんて分かりきった話なのだが2人とも動こうとしない。
…というか、面倒くさい。
キラは取り忘れたデータも何だかどうでもよくなった。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
返事はないが、沈黙を肯定ととってキラは続けた。

「なんでカナードはユーラシアにいるの?」

カナードは何かに縛られる事をもっとも嫌っている。
"キラ"という存在はともかく、たとえ拾われたのだとしても軍を拒絶しそうなのだが。
…ハイペリオンからの応答はない。
ひょっとしてマズい事を聞いたか、とキラは後悔していたが。

「…昔」
「え?」
答えが来ないものだと思い込んでいたキラは思わず聞き返す。
しかしカナードは気にせずに続けた。
「昔会った男が言っていた。"鎖に繋がれることを恐れるな。その鎖で己の牙と爪を研ぎ澄ませば強くなれる"」
「……」
「その言葉通り、俺は強くなった。そして"軍"という名の網の中で、その網に獲物が掛かるのを待った」
「じゃあ僕は、蜘蛛の巣に掛かった蝶ってコト?」
「そうなるな」

自然と笑っていた。
きっとカナードも笑っているだろう。
連合軍に関わってから今まで、こんなに楽しいと思ったことはなかった。
普通なら、こんな事を楽しいなどと思わないけれど。
「あ、おもしろいこと思いついた!」
「…?」
「もうAAもザフトもこっちに気づいてるよね?」
「…たぶんな」
「だから、先に攻撃してきた方を攻撃するっていうのはどう?」
一瞬、沈黙が流れた。

「…お前、それ本気か?」

キラは少々ムッとした。
「本気じゃなかったら何なのさ」
そう言い返すと、笑い声が返ってきた。
キラの機嫌はますます降下していく。
「…何笑ってるの?」
「いや。裏切るとかそういう行為は、何があってもやらないヤツだと思ってたからな」
キラは少し返答に困った。
確かに、これでAAを攻撃した場合は"ザフトに寝返った"という裏切り行為になる。
自分もこんなことを考えるのか、と妙に感心してしまった。

「カナードのことは絶対に裏切らない。でも、他のはどうでもいいよ」

彼が信用するとは思えないが、これがキラの本心。
とりあえずそれで満足したのか、カナードは逆に問うてきた。
「なら賭けるか?どっちが攻撃してくるか」
もちろんキラは乗った。
「カナードはどっちだと思う?」
「…俺はザフトだと思うがな」
「ん〜、じゃあ僕は……」





「0時の方向にコード不明のMSが2機!」
「何ですって?!」
AAのブリッジはどよめいた。

相手のナスカ級と違い、AAの艦外戦力はムウ・ラ・フラガのメビウス/ゼロしかない。
ストライクのパイロットがいない今、AAは窮地に立たされていると言っていい。
そんな時にこれだ。
「どうしますか?!」
艦長のマリュー・ラミアスは思わず唇を噛む。
「そのMSは動かないの?!」
「はい。今はまだ戦闘に介入する様子はありません!」
ならばそちらに構っている暇はない。
「それなら刺激しないで!そこまで出来る余裕はないわ!!」
マリューが指示を出した直後、シュンッとブリッジと内部を繋ぐ扉が開いた。

「パパ…パパの船はっ?!」

悲鳴混じりの声がブリッジに響く。
…以前キラが拾った救命ボートに乗っていた民間人、フレイ・アルスター。
地球連合外務次官である父が、AAと共にザフトの猛攻を受けている先遣隊、モントゴメリに乗艦しているのだ。
「早く…早く止めてよ!あいつらを倒してよっ!!でないとパパがっ…」
「軍人でない者は立ち入らないでっ!!」
マリューが一喝したそのときローが撃沈され、モニター画面の爆発光でブリッジが明るくなる。
「…!!」
フレイはハッとして身を翻し、再び扉が音を立てて閉まった。

彼女が何のためにブリッジを出たのか、この時点ではまだ誰も気付きはしなかった。





「艦長!4時の方向にコード不明のMSが2機います!」
「何?!」

ヴェサリウス艦長、フレドリック・アデスとラウ・ル・クルーゼは眉を顰めた。
「コード不明…。ストライクではない、と?」
クルーゼは策敵レーダーを見る。
確かに、データにも入っていない未確認MSだ。
「撃墜しますか?」
問われたアデスはクルーゼの反応を見る。
クルーゼは顎に手を当て思案していたが、それを肯定した。
「そうした方がいい。あれはGATシリーズに酷似している。ザフトにあれはないからな」
頷き返したアデスは射撃手へ指示を出す。
「対艦ビーム砲照準、未確認MS!」

ヴェサリウスの対艦ビーム砲が吠えた。





「「!!」」
突然、ハイペリオンとアヌビスめがけてビームが飛んできた。

「びっくりした。今のは?」
「…ザフトだな」
「あ、やっぱり。というか、2人ともザフトじゃ賭けになってないよね」
「まあな」
"コード不明"の2機は同時に武器を抜いた。
「行くか」
「うん!」





「コード不明の2機が動きました!」
「「!!」」
AAのブリッジに緊張が走る。
「状況は?!」
「いえ、それが…どうやら援護してくれているようで…」
「援護?」
MS管制官のミリイへフラガのゼロから通信が入った。
『何か知らんが味方が増えた!とりあえずあの白と黒のMSには当てるなよ!』
それだけ言うとすぐに通信は途切れる。
「…だ、そうです」
ミリイは戸惑いいっぱいにフラガの言葉を伝える。
ここはそれを信じるしかない。
「「!」」
さらに先遣隊はバーナードを撃墜され、眩い閃光が画面から走った。



「あ、落ちちゃった」
「知るかよ。弱いのが悪い」

ハイペリオンは後方からビームサブマシンガンを撃ち、アヌビスはビームソードで怯んだ敵を切る。
さすが兄弟と言うべきか、素人目で見ても絶妙なコンビネーションだ。
「ちっ、GATシリーズは1機だけか」
現在の時点でMSのトップを切るGATは、1機しか見当たらない。
「イージスだ!あれは僕にやらせてね!」
言うが早いかキラはアヌビスを駆り、ザフトの紅いMSへ向かった。



「GATシリーズかっ?!」

ヘリオポリスで奪取したGAT-X303イージスに乗るアスランは、こちらに向かってくる黒いMSに目を見開いた。
…あれに乗っているパイロットは、相当な腕前だ。
ヴェサリウスが砲撃した直後に戦闘に介入し、あっという間にAAの傍にいたジンを倒してしまった。
白いMSとの見事なコンビネーションで。
向かってくる黒い方はスピード重視型らしく、すぐに互いのソードがかち合った。
「なっ…ストライク?!」
間近で見て、アスランはようやく気がついた。
この黒いMSはカラーリングが違うだけの、"GAT-X105ストライク"。
そして、この戦い方。
腕の良さは格段に違うが、これはストライクに乗っていた友人のそれだ。
(!…この戦闘にストライクは出ていない。確かニコルたちが…)
ユーラシア連邦の軍事要塞アルテミスを奇襲した際、ストライクが出て来なかったと言っていた。
自分は1度プラントに戻っていたので、詳しくは知らない。
だが、可能性はある。
(まさか…異動した?いや、そんなバカな!)
以前に対峙したとき、彼は不本意でストライクに乗っているのだと言っていた。
かち合うソードを跳ね返し間合いを取ると、アスランは意を決して目の前のMSへ問いかけた。

「お前…まさかキラ・ヤマトか?」



戦闘中のMSやMAの無線は、実は意外と敵味方に筒抜けである。
(…あいつの知り合いか?)
イージスからアヌビスへの問いかけに、カナードはそんな事を確信した。
となると、キラがあれに拘っていたのも分かる。
カナードにとっては、唯一手強そうな敵をキラに取られてツマラナイといったところか。
そちらを見ていると横方向から閃光が走った。

「あ、もう1隻忘れてた」



AAでは、フレイが再びブリッジへ乱入していた。
「パパの船は無事っ?!」
モニター画面を睨みつけ、その片手は桃色の髪をした少女の手を掴んで。
猛攻を受けるモントゴメリを見つけたフレイは叫んだ。
「あいつらに言って!パパの船を撃ったら、この子を殺すって言ってよっ!!」
そして通信士のカズイの傍へその少女を押しやる。
桃色の髪の少女はわめくフレイを悲しげに、そして戸惑いながら見つめた。

少女の名はラクス・クライン。
プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であり、プラントの歌姫。
開戦直後に核攻撃を受けた農業プラント・ユニウスセブンの追悼団代表として、デブリ帯へやって来た。
しかしそこで連合軍の臨検に遭い、救命ポッドで脱出し漂流していた所をAAに拾われた。
ちょうどその頃AAは、水と燃料の補給のためにデブリ帯へ来ていたのだ。

マリューはフレイの言葉に迷った。
…確かに、今のAAの最善策であることには違いない。
しかしあのラクスという少女を盾に取る真似は、したくなかった。
直接話をしたからというのもあるが、彼女の平和思想は見習いたい程のもの。
その時に同席したフラガとナタルも同じ気持ちを持っていただろう。

『コーディネイターとナチュラル。どちらも同じ人間ですのに…』

広い視野と優しさを持っていなければ、到底言える台詞ではない。
彼女は連合の船に拾われたのに、その連合の人間に礼を言える人間なのだ。
…そんな卑怯な真似はしたくない。
命令を下さないマリューにフレイは痺れを切らす。
「ねえ!早くあいつらに言ってよ!じゃないとパパの船がっ…」



イージスと対峙していたキラは、予想通りと言える問いかけにクスクスと笑った。
「さすがアスラン。よく分かったね?」
相手の驚く様子が目に見えるようだ。
『なぜっ…なぜお前がストライク以外のものに乗っている?!まさか、本当に軍人に…』
ああ、そうか。
アスランは"今の僕"を知らないんだ。
「そう、軍人だよ。ただし大西洋連邦じゃなくて、ユーラシア連邦のだけどね」
『!!』
キラの言葉は、にわかに信じられるものではなかった。
『お前っ本気か?!あれだけ軍を嫌っていたお前がなぜっ…』
ヘリオポリスで対峙したとき、彼は自分に向かって"なぜ軍にいるのか"と問い詰めた。
それがなぜ…?
アスランの心情を完全に把握しているのか、キラは笑った。

「ねえアスラン。僕はもう、君の知ってる"キラ・ヤマト"じゃないんだよ」

キラはそう言ってイージスを斬りつけた。
両者の実力はほぼ拮抗している。
この短期間でそこまで実力を伸ばせるものなのか、アスランは焦った。
殺さなければ、殺される。
「1つだけ良いことを教えてあげる」
戦いながらキラが話しかけてきた。
「僕の手は、戦争になるずっと前から血で真っ赤だったんだよ」
『なっ…?!』
「その僕を全て理解してくれるのは、"彼"だけなんだ」
『"彼"?』
「そう。あの白いMSに乗ってる人。あの人が、今の僕の全てだから」

驚く暇もなく、すぐ傍にいた連合軍の戦艦が爆発した。





「いやああぁぁぁーーーーー!!!」

フレイの絶叫が響く。
電子戦を担当していた彼女の婚約者であるサイは、フレイをブリッジから連れ出そうと駆け寄った。
「フレイ!ここにいちゃだめだ!」
しかしもう遅い。
彼女の父が乗るモントゴメリは撃沈されてしまった。
放心状態のまま涙を流すフレイを、ラクスは痛ましげに見つめていた。
…突如、副長のナタル・バジルールが持ち場を離れる。
止める間もなくカズイの通信機を奪い取ると、彼女はヴェサリウスへ通信回線を開いた。

「こちらは第八艦隊所属艦アークエンジェル。
我々は今、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの息女、ラクス・クラインの身柄を保護している。
今すぐ戦闘を停止せよ。でなければ彼女の身の安全は保証出来ない」

「バジルール中尉っ!!」
マリューは激昂した。
だがナタルは彼女を真正面から睨み返し、そして言った。
「今この艦を落とすわけにはいきません!艦長、貴女は我々に死ねとおっしゃるのですか?」
「…っ!」
マリューに言い返す術はなかった。
やはり自分は、甘すぎるのだろうか。





「なっ!ラクスがあの艦に?!」
アスランもまた、キラのことを忘れて激昂した。
「彼女を人質にするとは…なんて卑怯な!」
ラクスの優しさは、婚約者である自分が1番良く知っている。
それを盾に取る人間を、卑怯と呼ばずしてなんと呼べと言うのか。

一方のキラは訳が分からない。
「ねえ、ラクスって誰?」
カナードから答えが返ってきた。
『…プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの息女。ちなみにクラインは穏健派だ』
見知らぬ声にアスランは我に返った。
(あの白いMSに乗っている奴か…?)
気になったが、ヴェサリウスから帰艦命令が出ている。
「くそっ、彼女は必ず取り戻す!必ずな!」
そう捨て置くと、アスランは戦闘区域から離れた。

遠くなる紅い機体を見つめながら、キラは小さなため息をつく。
「…何かよく分かんないけど、AAが卑怯なのは分かる」
「あの状況なら仕方ない」
言いつつ、カナードもどこか呆れている様子だ。
ハイペリオンもアヌビスも燃料が危険域だったので、有り難いという気持ちも無いことはない。
そこへ渡りに船のごとく、メビウス/ゼロから通信が入った。

『えーと、誰だか知らんが助かった。AAから着艦許可が出たから着いて来てくれ』

キラとカナードは大人しくそれに従うことにした。
「僕らだって分かったら驚くだろうね」
「そうだな」





AAとヴェサリウスは、一定の距離を保ちながら停戦状態に入った。