平和だと思っていた場所は、『マガイモノ』だった。










-運命の輪-










アークエンジェルに乗り込んだアルテミスの司令官、ジェラード・ガルシア。
大西洋連邦が極秘に開発したMS、GAT-X105ストライク。
彼はすぐに終わるだろうと思っていたそのOSのロック解除が、未だ終わっていないことに眉をひそめた。
解除に取りかかっている者たちは、口々に"何時間かかるか分からない"と言う。
業を煮やした部下の一人が、ガルシアに小声で提案した。

「あまり時間をかけられません。"彼"を呼びましょう」

ユーラシア連邦軍には、コーディネイターがいる。
昔話題になった"ソキウス"ではないが、ナチュラルの中にいる者が。
その提案にガルシアは少し考えるが、首を横に振った。
「いや、アレは向こうで手一杯だろう。呼ぶに及ばん。パイロットを見つけ出せば済むだろうからな」
AAはアルテミスの"中"にいるのだから。





ナスカ級の追跡を躱し、"アルテミスの傘"に入港したAA。
しかし"地球連合軍"という名の広さは、思い通りには行かない現実を突きつけた。
『大西洋連邦の新型鋭艦アークエンジェル』。
そして新型兵器、『MS-GATシリーズ』。
ユーラシア連邦は双方の情報、利用価値を手に入れようとしていた。



「ストライクのパイロットは誰ですかな?」

やって来たアルテミスの司令官・ガルシアはそう尋ねた。

マリュー・ラミアス、ナタル・バジルール、ムウ・ラ・フラガ。
三人の将校はアルテミス内部にて軟禁され、残されたクルーたちは一カ所に集められていた。
そしてキラもまた、友人たちとそこにいた。
彼らがわざわざやって来る理由はただ1つ、ストライクのOSのロックを解除させるため。

…予想していないわけではなかった。
コーディネイターである自分が掛けたロックを、そう簡単に外せるとは思えない。
キラはヘリオポリス工業カレッジの学生で、プログラム構築に関して1級品の腕を持っているのだから。
もっとも、自分の他に連合に組するコーディネイターがいれば別だが。

ガルシアの問いに、当然ながらAAの面々は答えない。
仕方ない、とばかりにガルシアは近くに座っていたクルーの腕をねじ上げる。
「痛っ!!離してよ!!」
強制的に立たされたミリイは悲鳴を上げる。
「ミリイ!!」
トールが立ち上がるが、そこへカチリと銃口が向けられる。
嫌な笑みを浮かべるガルシアは、そんな彼を嘲笑う。
「まさかとは思うがね。女性がパイロットだということもあり得るだろう?」
ふふん、と笑うガルシアに早々と嫌気がさし、キラはマードックが止めるのも聞かず名乗り出た。

「ストライクのパイロットは僕ですよ」

そう言ったキラを、ガルシア含めたアルテミスの兵たちは信じなかった。
「お前みたいな子供が、あんなものを動かせる訳がないだろう!」
馬鹿にして殴り掛かってきた兵士の腕を掴むと、キラは逆に投げ飛ばす。
兵士の倒れる音を合図に、場が騒然となった。

ザフト兵の半数は、彼らのいう"子供"だ。
その"子供"にやられるというのは、かなり屈辱ではなかろうか?

子供相手に止めろ、とトールがキラを庇う。
その優しさに感謝しつつも、キラは彼をなだめてガルシアの前に出た。
…巻き込む訳にはいかない。

「僕はコーディネイターです。それで文句ないでしょう?」

ある意味のタブーである言葉に、その部屋に居た誰もが息を呑んだ。
頭を抱える仲間たち、驚きに目を見開くアルテミスの兵士たち。
キラが名乗らなくてもこのまま騒ぎが広がれば、きっと誰かがそう言っただろう。
誰とは言わないが、最も言いそうな人物がすぐ傍にいるのだから。

ガルシアはそれで納得したらしく、兵に命じてキラを連れ出した。





2人の兵に脇を固められ、キラはAAの格納庫へと歩く。
その数歩後ろを歩くガルシアとアルテミス将校の1人は、どうにも違和感を拭えない。
…前を歩く少年は、"コーディネイターだ"と自ら明かした。
将校には自分たちを見据えたこの少年に、ある人物が重なって見えた。
「司令、お気づきになりましたか?」
小声でそうガルシアに尋ねる。
ガルシアは"あの少年のことか?"と聞き返すと、前方に注意を戻した。
「確かに似ていると思ったが…我々だけでは確信とは言えん。
他にそう思う者が多いのなら、名を聞けば良いだろう」
本当にそうならばえらいことだな、とガルシアは笑った。

なぜならそれは数万分の一、数千万分の一、もしくはそれ以上の確率なのだから。



格納庫には、内部以上にアルテミスの兵士がいた。
特にストライク周辺には、かなりの人数が集まっている。
コックピットのあたりには研究者らしい人物が数人、端末を相手に闘っている。
「諸君、ロックの解除はもう結構だ。パイロットを連れて来たからな」
ガルシアの声に、研究者たちはキラの前に降りて来た。
「パイロットって…この子供が、ですか?」
そのうちの1人がキラをまじまじと見つめる。
しかしその好奇と嫌悪の目は、次第に驚きへと変わっていた。
「司令、コーディネイターということは分かりますが…」
「やはり…似ていると思うか」
「はい。偶然にしてはさすがに……」

ふと気づけば、キラの周りの兵たちもざわついている。
こそこそと陰口のように囁かれる言葉に、キラは苛ついた。
「何なんですか一体?」
キラはガルシアを睨みつける。
「さっきから似ているとかなんとか…。OSのロックを外すんじゃないんですか?」

"裏切り者のコーディネイター"と罵られることは覚悟していた。
たとえ本意でないにしろ、連合に組して戦っていることに変わりはないのだから。
しかしこうも訳の分からないことを言われると、かえって腹が立つ。

ガルシアはそんなキラを改めて観察し、やはり…とまた繰り返した。
「なに、君によく似た者が我々の仲間にいるのでね」
「は?」
この司令官も周りの兵士たちも、何を言っているのだろうか?
キラは本気でそう思った。

両親はオーブにいる。
そして自分には兄弟も姉妹もいない。
なのに、"自分によく似た者"がいると言う。
さっぱり訳が分からない。

「君は何という名前かね?」
「…は?」
「君の名前を聞いておるのだ」
名前など聞いて何か意味があるのか?
キラは更に困惑するが、立場は相手の方が上なので仕方なく答える。

「…キラ・ヤマトです」

そう告げた途端、一斉にどよめきが上がった。
("キラ・ヤマト"って…マジかよ?)
(絶対やばいって!"アイツ"が捜してる奴じゃねーか!?)
そんな言葉が漏れ聞こえてくる。

いっこうに収まる気配のないざわめき。
ガルシアはそれを一喝し制すると、キラに向き直った。
「君が"キラ・ヤマト"だというなら予定変更だ。我々と来てもらおうか」
「なっ…?!」

反論しようとしたが一斉に銃口を向けられ、キラは押し黙るしかなかった。
…"匿ってもらっている"アークエンジェルは立場が弱い。


再び銃を持った兵士が脇を固め、キラはアークエンジェルから連れ出された。

















2004.2.2