RRRRR… RRRRR…… ガチャ。



「はい、こちら司令室。…は?はい、少々お待ちを。ガルシア司令」
「誰だ?」
「カナード・パルス特務兵です」
ガルシアはそれと分かるほどに眉をひそめた。
「…また厄介事ではないだろうな……」
ぼそりと呟いて受話器を取る。
「何の用だ?カナード」

『ようガルシア。アンタにもお得な情報だ』

ガルシアは先ほど以上に眉をひそめた。
電話の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「…何の用だ、と聞いているのだが?」
そんな皮肉を突きたくなるのも当然だろう。
しかしカナードはガルシアの皮肉をさらりと受け流し、そのまま楽しそうに続けた。


『まあ聞けよ。"キラ・ヤマト"をユーラシアに引き込んだ』










-運命の輪・7-










「なっ…貴様!また勝手な真似を!!」

ガルシアの怒声に、司令室の面々は思わずそちらへ振り向いてしまった。
結構な人数の視線をもろに受けたガルシアは、一つ咳払いをすると口調を和らげる。

「…それはお前が捜していたコーディネイターのことか?」
『ああ』
「何故そんな真似をした?」
『このまま逃がすのは癪だからな。それに言ったろ?"アンタにもお得な情報"だって』
「ほう?どんなメリットがあると言うのかね?」
『例えば…そうだな。MS開発の過程を2,3段階すっ飛ばせる』
「…何?」
『試作段階までかかる時間が、予想の3分の2で済みそうだな』
「……」

確かに大きなメリット、これを手放すのは惜しい。
しかし、そう万事がうまく行くか?

『ああ、言い忘れてた。本人は了承済みだぜ?』

どうやらカナードはAAへ行ってきたらしい。
(いらぬ心配か。面白い…!)
ガルシアはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ふん。そこまで言うのなら信用してみるとしよう。
だが本人はともかく、"AAの面々"がそれを許すかね?」

ここで初めて、カナードの声が不機嫌な調子に変わった。
『はあ?何言ってやがる?許すも何もねーだろ』
「…どういう意味だ?」
疑問で返してくるガルシアの耳に、カナードの冷ややかな声が返ってきた。


『馬鹿か?AAはアルテミスの"中"にいるんだぜ?絶好のトレード材料じゃねーか』







アークエンジェルは慌ただしかった。

「艦長!少佐も中尉もご無事でしたか!!」
マリュー、フラガ、ナタルが戻ってきたのだ。
指揮官たちがいるのといないのとでは、大分違う。
「無事って…同じ連合軍でしょう?」
「俺たちが軟禁された時点で、同じじゃない気がするけどな」
久しぶりに交わす、クルーたちとの会話。
そんな中でもナタルはやはり職業意識を失わない。

「こちらに変わりはないか?」

開口一番そう言ったナタルに皆が苦笑を漏らしたが、状況が悪い事実は変わっていないのだ。
ノイマンが代表して答える。
「特に変わりはないですね。避難民たちはユーラシアの方が何とかしてくれているみたいですし。ただ…」
「ただ…?」
言葉を濁すノイマンに、フラガはどうも嫌な予感を感じた。
ノイマンは不安げにこちらを見つめているミリイたちを見る。
その時ようやくマリューたちは気づいたが、いつも彼らといるはずのキラがいない。
ややあってミリイが口を開いた。

「キラが…私を庇ってストライクのロック解除に連れて行かれて。
それから大分時間が経って、戻ってきたんです。でも戻ってきたキラ…」

言い淀むミリイの後をトールが継ぐ。

「…おかしかったんです。何が違うのか分からないけど、でもいつものキラじゃなかった!」
「何かあったのか?って聞いても何も答えなかったし…」
「すぐ部屋に引っ込んじゃって。あれからずっと会ってないです」

サイとカズイも表情を曇らせている。
フラガはますます嫌な予感がした。

「ひょっとしなくても、俺たちと会った後に何かあったな…?」

マリューとナタルはフラガの言っていることに気づき、表情を険しくした。
しかし、考えるべき問題はそれだけではない。
キラのことが、自分たちがAAに戻されたことに大きく関わりを持つ。
フラガはとりあえず、キラの"内面"の問題は先置いた。
「それよりも…こっちが持たされたキラの問題の方が大きい」
その言葉を受けて小さく頷いたマリューは、クルーたち全員に話し始めた。

「聞いて頂戴。私たち将校がここに返されたのには訳があるの。
アルテミス側から、我々の求めに応じるための条件を告げられました」

マリューは沈痛の思いでその"条件"を告げた。





「"キラ・ヤマト"をユーラシア側へ異動させること。
それが避難民の救出とアークエンジェルの燃料補給に出された条件です」





マリューの説明はこうだった。


認識コードのないAAに乗る将校が軟禁されるのは、当然のこと。
そして今、この艦はアルテミスに"匿ってもらっている"。
ザフトに追われているのを承知で"匿ってくれた"ユーラシア連邦軍に、多くの権利がある。
AAが求めているのは"避難民の救出"と、"艦の燃料及び生活物資の供給"。
それを引き受ける代わりに"キラ・ヤマト"の能力を渡せ、と言ってきたのだ。

「ちょっと…どういう事ですか?!」

トールが反論の口火を切った。
それに続いてミリイたちも。

「確かに避難民のことも、燃料その他のことも大切でしょうけど!
でもそれで、何でキラが交換条件になるんですかっ?!」
「…私たちは志願した形になったかもしれません。でもキラは乗りたくてストライクに乗ってるわけじゃない!!
それは艦長たちが一番良く分かっているじゃないですかっ!!」
「民間人を交換条件にするなんて…絶対間違ってます!」



それはマリューたちも同じだった。

…民間人である彼を交換条件にするなど、絶対におかしい。
それを告げられた際、真っ先にそう反論したのだ。
しかし返ってきた言葉は…

『確かにおかしいかもしれん。だが"民間人"に対することは、君たちも口を出せる立場ではないだろう?』

反論出来なかったのだ。
ガルシアの言ったことは本当のことだったのだから。
つまり、全ての意向は"キラ・ヤマト"本人によって決まる。



「そう議論することもないですよ。僕一人が動くだけで、全部解決するんですから」



その場にいる全員の目が、突然聞こえてきた声の方へ向いた。

「キラ?!お前どうして…って、その荷物は…?」

内部への通路口に、いつの間にかキラが立っていた。
肩にトリイを乗せて、反対側の肩には少し小さめのスポーツバッグを下げて。
それに唖然としているクルーたちにキラは言った。

「もう昨日の時点でこの話は解決されています。
小一時間後には、アークエンジェルへの補給等が行われるとのことです」

誰もが驚愕で声を出せなかった。
その中で唯一早く我に返ったフラガは、思わず怒鳴っていた。

「お前っ、本気か?!ユーラシアに異動ってことは、軍人になるってことだぞ?!」

その声で我に返ったミリイたちも、口々に叫ぶ。
「そうよ、キラは軍人じゃないわ!戦いを誰より嫌ってるのはキラなのに!!なのに何で…」
「他にも方法があるかもしれないだろ!キラが行く理由なんてない!!」

その言葉で、キラがふいに微笑んだ。

「…理由があれば行っても文句はないんだ?」
「なっ……?!」

今まで恐怖と嫌悪に震えながら、友人たちを守るために戦っていたキラ。
しかしここにいるのは、そんなキラではない。
「キラ君…、何があったの?」
マリューが低い声で問う。

「あのカナードという子に、何を言われたの?」

こちらを向いたキラに、別の人物の姿が重なって見えた。
答えようとしないキラに詰め寄ろうとしたフラガだったが、伸ばした手は別の誰かに掴まれ止められていた。


「民間人に手を上げていいのかよ?エンデュミオンの鷹」


一瞬、幻でも見えたのかと誰もが思った。
ミリイたちや一般兵はともかくマリューやナタル、フラガでさえ、傍に別の誰かがいたことに気づかなかった。

軍服ではなく、上から下まで真っ黒な服を着ている青年。
しかし長い黒髪と合わせて、まったく違和感がない。
その眼がキラと同じ紫紺だということに気づいた者は、少なからず息を呑んだ。
彼が誰か分かるのは四人だけ。

その中でも、最初から気づいていたのはキラだけだった。

「わざわざお出迎え?…なわけないか」
そう自分で言って、キラはポケットから何かを取り出す。
「そんなサービス精神は持ち合わせてねーな」
キラが放り投げた"何か"をキャッチしそれを確認すると、カナードはフラガの腕を掴んでいた手を離した。

「軍人が民間人に手を挙げたら軍事裁判モノだぜ?」

面白そうに笑い、彼はAAのクルーたちに強烈な印象を残したまま出て行った。
余りに強烈だったので、マリューたちは危うく出て行こうとするキラをも見失うところだった。
寸でのところでフラガがキラを制止する。

「…まだ、お前の"理由"とやらを聞いてないぞ」

今や全員の視線と意識が、キラに向けられている。
しかしキラは振り向かずに答えた。
「僕自身が、そう決めたからです」
そう言って振り向いたキラは、彼らも良く知る微笑みを浮かべていた。



「今までお世話になりました」














アルテミス内部の一室。

真っ暗な部屋の中で、ノートパソコンのディスプレイだけが光っていた。
響く音は、キーボードを叩く無機質な機械音だけ。
黒い髪と黒い服は他の暗闇に同化し、ディスプレイの明かりで紫紺の目だけが蒼く輝く。
…シュン、と扉の開く音が響いた。
次いで入って来る人の気配すら気に留めず、カナードはベッドに座ったままキーを操る。
荷物を置く少し重い音。

その直後、暗闇の中でキラリと何かが光った。


「僕が、貴方を殺すという可能性は考えていないんですか…?」


首筋に冷たい感触があった。
カナードは動かしていた手を止め、視線だけそちらへ向ける。
…暗闇でお互いに顔ははっきりしない。
キラはそれでも、自分がナイフを向けている相手の殺気に震えそうになった。

「貴方を殺せば、僕を縛るモノは消える…」

ナイフを持つ手に力を込める。
しかしカナードは首から上を動かさずにパソコンを閉じ、出す言葉に嘲笑を乗せた。


「無理だな。お前は"MS"を落とせても、生身の人間をその手で殺せない」


その証拠に、お前はこのナイフを引こうとしていない。

キラはふと、自分が何をしたいのかに気づいた。
自分がやっているのは、目の前の彼を殺すためじゃない。
自分の居場所を確立するために、こうやって冷たい物を握っている…?



「そんなに怖いのか?"自分を殺せる奴がいなくなる"のが」



そう、怖いのだ。

軍事訓練も何も受けていない民間人だった自分。
それなのにMSに乗ったとき、普通は倒されるはずの"初心者の自分"が、"正規軍"の乗るMSを倒した。
"自分"という存在が何者か、目の前にいる人物に教えられて、それで分かった。


「僕は…貴方以外の人には殺せない……」


だから怖い。

知らない方が良かったかもしれない"自分"が。
それを知っている人がいなくなる、もしくは自分を見放してしまうのが。




ヒュッと"風"が吹いた。


ナイフを持った手を瞬時に掴まれ、気づけばベッドの上に押さえつけられていた。
パラリと長い髪がキラの上に掛かる。



「何なら、俺の痕でも残しておいてやろうか?」



手に握ったままのナイフが、その手を押さえるカナードの手首に紅い筋を付ける。
その紅い筋はキラの手へと流れ、キラは自分を見る紫紺に自分の姿を見つけた。

同様に不敵な笑みを浮かべて、キラはナイフを手放した。


「…その方が良いですね」



カラン、とナイフが音を立てて落ちる。










キラリと光ったそれは、刃についた紅を鮮やかに映し出していた・・・









END










2004.4.20

2006.5.1 60%修正。