宇宙にいると時間感覚が麻痺してくる。
しかし生き物である以上、体はちゃんと時間を知っている。


真夜中を少し過ぎた頃だろうか?
カナードは誰一人としてすれ違うことなく、AAが収容されている港口へやって来た。

いや、すれ違ったか。
AAの格納庫への入り口を見張っていた兵士と。
何か文句を言うわけでもなかったから、気にしなかっただけ。


誰もいない格納庫は、無の静寂に満ちていた・・・










-運命の輪・6-










「これがGAT-X105"ストライク"、か…」

ヘリオポリスで秘密裏に製造されていた、大西洋連邦のMS。
そしてザフトに奪われなかった、最新鋭のGATシリーズ。

カナードは灰色のストライクを見上げた。



ここに来た理由は、ただ興味が湧いた以外の何者でもない。
ザフト軍がわざわざ危険を冒して盗るほどのMSが、いったいどんな物なのか。
データで見るのと実際に見るのとではどう違うのか。
ついでにこれのOSをそっくり手に入れられれば、余計な手間が省ける。
何しろユーラシア連邦は、MSのデータをほとんど持っていないのだから。

カナードは数週間前にいきなり、"MS開発"とやらを押し付けられた。
しかも全てがゼロの状態からやれという。
これには怒りを通り越して呆れてしまったくらいだ。
…コーディネイターの自分に頼る上層部に呆れた。
これも戦争が長引いている原因の一つに数えられるだろう。
しかし、そのおかげで"キラ・ヤマト"を見つけた。

カナードはストライクのハッチを開けて乗り込むと、目当てのOSデータを引き出すことにした。
案の定、かなり厳重なロックが掛けられている。
アルテミスの技術者を総動員しても解けなかったという話は、どうやら本当のようだ。

「…ナチュラルにはまず解けねーな、これは」


不敵な笑みを浮かべて画面を一瞥すると、無機質なキーボード音が響きだした。











重い瞼をゆっくりと上げると、暗闇の中に天井が見えた。

「!?」
一瞬自分がどこにいるのか思い出せず、キラはガバッと跳ね起きた。
「トリイ?」
そんな自分の様子に、トリイが首を傾げている。
落ち着いて周りを見回して、ここが自分の部屋だとようやく理解出来た。
「…あのまま寝ちゃったのかな……」

告げられた"真実"は記憶に刻み込まれているが、さっきよりもずっと心が冷静になっている。
眠ったことで、邪魔な思考が整理されたからかもしれない。

「ストライクのOS…」

そういえばどうなったのだろう?
ロックを解かれたとは思わないが、少し気になった。
トリイを肩に乗せ、キラは誰もいない通路へと足を踏み出した。



不思議なほどに、見張りの兵士に出会わなかった。
いや、"ここまで出会わなかった"と言うべきか。
格納庫へと続く通路への十字路で、否応無しに鉢合わせしてしまった。

「おい、お前!どこへ行く?!」
肩に背負っていたライフルを構えながら、キラを制止する。
「……格納庫へ」
微妙な間の後で、キラは正直に答えた。
嘘をついてどうなる場面でもない。
「許可するわけにはいかん!」
さっさと戻れ、と見張りの兵士はキラに銃口を向ける。
しかしキラは動かなかった。
「おいっ!!」
痺れを切らした兵が声を上げるのと、キラの姿が消えるのは同時だった。

ドサリ、と兵の体が崩れ落ちる。
瞬時に間合いをつめたキラは、膝打ちを兵の鳩尾に食らわせていた。
「……邪魔」
兵に向けた足を元の位置に戻すと、何事もなかったかのようにまた歩き出す。
「やっぱり軍事訓練って受けた方がいいのかな?」

そんなことを呟きながら。






格納庫には誰もいなかった。
整備士も皆、食堂に集められたので見張りは必要ないと踏んだのだろうか?
誰に邪魔されることなくキラは格納庫を横切る。
そしてストライクの傍まで来て、初めておかしなことに気づいた。

聞こえないはずのキーボード音が聞こえる。
それも、ストライクのコックピットから。





ロックの解除は順調に進み、あと数行分打ち込めば終わり。
そこでふと、カナードは手を止めた。
…人の気配がする。
そう思って顔を上げると、予想もしない物が飛んで来た。

「トリイ!」
コックピットの中に入ってきたのは、黄緑色の鳥。

「何だ?これ…」
バサリとキーボードの上に下り立った鳥を見る。
精巧に作られたロボットだった。
これを作った奴は相当な暇人だったに違いない、と推測してみる。
そして感じた気配は、ここから姿は見えないが自分の見知った人物のもの。

「ロックの解除は順調ですか?」

聞こえてきた声に、口の端を僅かに上げる。

「まあな。もう少し複雑にした方がいいぜ」



返ってきた声に、キラは動揺を抑えて答えた。
「…ご忠告どうも」

まさか、とは思った。
けれど本当に"彼"がいるとは思わなかった。
もしかしたら、格納庫へ足を向けたのは"彼"に会うためだったのかもしれない。
自分にとって"彼"は、《断罪者》だから。

あのとき告げられた言葉を信じる人間は普通いない。
一眠りして冷静さを取り戻したキラは、今更ながらそう思った。
…しかし自分は信じた。
言い換えるなら、信じる、信じない、といった選択権もなかった。

"事実"だと分かったから。




「なぜ…僕を殺さなかったんですか?」


AAに戻ってから、その疑問ばかりが残った。
"憎しみ"という感情がどれほどの物かは、キラも少しは理解している。
それは、戦争が終わらない理由の一つだから。



「……」

カナードは答えなかった。
"自分で考えろ"、と言う言葉が出掛かったが、敢えて口に出さなかった。

それではツマラナイ。

"キラ・ヤマト"という存在を知ったのはいつだったか。
そいつを殺すという目的のためだけに生きてきた。
だが、殺すことはいつだって出来る。
その後どうするかは、正直言って何も考えていない。

それなら?

…それなら、楽しませてもらうことにしようか?
きっと暇つぶし程度にはなる。
このまま放っといて逃がしてしまうのも癪に障る。


「お前、ユーラシアに来いよ」


「…え?」


キラは一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「トリイ?」
その手元に戻ってきたトリイも首を傾げる。
「まだ民間人なんだろ?なら、"志願兵"として入れる」
「…何が言いたいんですか」
そんなキラの言葉に、カナードは面白そうに続ける。

「…ようやく見つけた獲物を逃がすほど、俺は馬鹿じゃねーからな」

コックピットの脇に立っているキラから、カナードの顔は見えない。
しかし追い詰められた獲物がどうするのか、明らかにその反応を楽しんでいるのが分かる。


「逃げられる、なんて…万が一つにも思ってませんよ」
「…へえ?」

それがキラの本心。

「ばらばらになったパズルは、二度と同じ形に戻れない特殊なものだから」


それはキラの心。
失った平和が、簡単に戻らないのと同じ。

壊すのは、一瞬なのに。


「自分で"壊れた"って自覚してるって?」
「…たぶん……」

きっと、トールとミリイは気づいてる。
いつもと変わりなく話しているつもりでも、傍にいた時間がそれを証明する。

それとも、本当の"キラ・ヤマト"はこっち?

・・・もしそうなら。
同じ形に戻れないで空いた場所を埋めるのは、この人物。







プツン…と電源を落とす音が聞こえた。
コックピットから出ると、カナードの漆黒の髪が無重力に翻る。

「俺が解除しても意味ねえな。手土産に持って来いよ」

そう言ってキラの方へ振り返り、不敵な笑みでそう告げる。
キラは立ち去るカナードをただ見送り、そしてポツリと呟いた。


「選択権はなし…ってこと…」

不安そうな声とは裏腹に、その表情はとても楽しそうなもの。








「…まるで黒い天使……」








何事もなかったかのように、人一人の生き方とその道筋を変えて。
一度堕ちた星が、そのまま堕ちることしか知らないのを知っていて。












「死にたければ…生きて苦しんでみろ、ってこと?」










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2004.4.4