「ちょっ…今何て……?」

シャニの口から語られた言葉に、キラは一瞬耳を疑う他なかった。
そんなキラの様子を気にするようでもなく、シャニは同じ事をもう一度告げる。


「だから、脱走しろって言ったの」






-自由の鳥・7-







『トリイ?』

頭を抱えるキラの方に止まり、トリイは首を傾げる。
何が何だか分からなくなりそうなくらい、キラは混乱していた。

(脱走しろって……)

つい先程シャニに言われた事を反芻する。
要約すると・・・


自分が今いるこの部屋は、格納庫へ繋がる通路の傍。
フリーダムが置いてある場所は、格納庫に入ってすぐの場所。
シャニたちがフリーダムに群がっている人間の数を減らすので、その間に乗り込む。
他のMSが調整整備をしているので、カタパルト部分も開いている。


・・・脱走完了。


「俺も整備行くけど。今の話と…あとコイツ渡しに来た」
そう言ってシャニはトリイを指差す。
何でもない事のように言う彼に、キラは思わず叫んでいた。


「何でっ…何でそんな事するのっ?僕はここに捕まってて、だからシャニたちの敵で!もしバレたりしたら…!」

「…バレなきゃいいじゃない」
「なっ…?!」

表情は変わっていないが、その眼は真剣味を帯びていた。
言い返そうとしたキラはそれに怯み、二の句を継げなくなってしまう。
「さっきも言ったけど、これやろうとしてるのは俺だけじゃない。
バカオルガもバカクロトも、言い出したのは艦長だし」
「えっ…」

ナタルさんが?!

「あのおっさんの好きなようにはさせなくないって言ってた」
"おっさん"とはアズラエルの事だろう。
自分だって、このままあの人物の良いようにされるつもりはない。
一目見ただけで危険だと分かる人物だったから。

・・・けれど。

"もしも"の事を考えてしまう。
バレてしまったら?見つかってしまったら?逃げ損ねてしまったら…?
そして何よりも。
ここを逃げ出せた場合、二度と捕まりたくないし捕まる気もない。
それはつまり・・・?

『二度とシャニに会う事はなくなる』

口に出せる言葉ではなく、おそらく一方的な言葉でもある。
しかし、キラの心に大きな傷を残そうとしている現実。
その事を考えると決心がつかず、そして胸が締め付けられそうな痛みが走る。



「キラは、何のために戦ってるの?」

俯いたキラにシャニは問い掛けた。
「オーブで会った時も、ここで最初に話した時も、キラはどんな信念を持ってた?」
「…!」


そうだ、逃げなきゃいけない。
これ以上戦火を広げないために戦っているのだから。
自分を心配してくれている人たちのためにも。

そして、こうやって自分を逃がそうとしてくれている皆のためにも。


「…うん、逃げないと。ちゃんと逃げなきゃナタルさんにも悪いよね」
哀しげな表情は消えないが、キラの瞳にはあの強い光が戻っていた。
それは、シャニが惹かれた紫紺の輝き。
もしも彼がここから逃げ出せなかったら、この光も永遠に戻る事はないだろう。

「…どんな理由があっても、このままここに居たらキラはキラじゃなくなるから」

「え…?」
違う重みを持ったシャニの言葉に、キラは別の不安を感じた。
構わずにシャニはそのまま続ける。
「それに、次に戦場で会ったとしても…俺はあのMSにキラが乗っていると認識出来ないから」

自分だけではなく、同じ薬を服用しているオルガもクロトも。
そして艦長も、"艦長"としてクルー全員の命を預かっているから。


「どういうこ…っ?!」

聞き返そうとしたキラの言葉を、彼の唇を己のそれで塞ぐ事で封じ込めた。
・・・これはキラが知らなくても良いことだから。

それがキスだとキラが理解出来たのは一瞬後だった。
キラは、それが刹那の時間の出来事であったとしても、その瞬間は幸福に浸っていた。
・・・最初で最後の至福の時。


「シャ…ニ…?」

驚きと、喜びと、悲しみと。
唇を解放されたキラは呆然とシャニを見つめた。

「…じゃあ、ちゃんと逃げてね」

目は伏せたまま立ち上がり、シャニはそれだけ言った。
『トリイ?』
キラの肩から飛び立ったトリイがシャニの周りをぐるりと一飛びする。
それを目で追っていたキラと、同じく目で追っていたシャニの目が合ったが、シャニはすぐに目を逸らして扉に手をかけた。


「ねえ、シャニ…」
後ろから聞こえてくる声に、シャニは顔だけで振り向く。
トリイを手に止まらせたキラは微笑んだ。


「死なない努力くらいはしてね?」




数秒の沈黙の後、シャニは部屋を出て行った。

「…キラがそう言うならやってみる」
そんな言葉と、表情に微かな笑みを浮かべて。




パタンと閉じた扉を、キラはただ呆然と見つめたままだった。

「…なんだ。笑えるんじゃない」
言った自身も無意識のうちに口元が緩んでいたらしい。
それに気づいたキラは、誰かに見られている訳でもないのに慌てて口元を手で隠した。
きっと顔も赤くなっているだろうと思う。


一息ついて気を落ちつかせると、キラはおもむろに立ち上がって扉にある電子ロックに向かった。
・・・工具の類いは何一つないが、不器用ではないので細工くらいは出来る。
「アスランならもっと巧く出来るんだろうけど…僕にはこれが精一杯だね」
鍵の掛けられていない電子ロックに細工をし、あたかも内側からこじ開けたように見せかけた。
間違ってそのまま出ようものなら、あっという間にシャニたちに嫌疑が掛かってしまう。



「…よし」

扉の向こうの廊下に響く足音が途絶えた。
ほんの少し開けた扉から様子を伺い、誰もいないのを確認したキラは一気に部屋を飛び出した。




アークエンジェルと全く同じ内部構造という事がキラに味方した。

誰かに鉢合わせになりそうなこと数回。
見つかりそうになったこと数回。
しかしそのいずれも、他の通路に身を隠したりと何とか切り抜けた。
無重力なので早く動けないが、足音がしないのは幸いだ。



前方に、目指す入り口が見えた。



(格納庫…!確かフリーダムは入ってすぐ右!!)

内部へ入ったところで、さすがに何人かがキラの姿に気づいた。
「捕虜だ!捕虜が逃げ出してるぞ!!」
「ブリッジへ連絡しろっ!!」

そんな声に構わず、キラは一直線にフリーダムへ向かった。
・・・コックピットの周りに居る人間は、四人。

『トリイ!!』

キラの傍を飛んでいたトリイが突然けたたましく鳴いた。


チュインッ!


トリイの方へ振り向いたキラのすぐ横を、銃弾が掠めた。
後ろを見ると、何人かが銃をこちらへ向けている。

それでもキラは、コックピットを目指した。
再び銃声が響く。
しかしそのおかげで、コックピットの周りに居た白衣の人間たちが散らばった。

(入り込めさえすれば…!)

頭の上や足下を銃弾が走り、高い音を立てて跳ね返っていく。

『トリイ♪』
「入れたっ!!」

急いでハッチを閉めるが何発かが内部にも届いた。
だが計器には当たっていない。
多少数値を弄られてはいるが、全ての機能が正常に動く。


「よし、行くよっ!」
『トリイ!』





ブリッジの警報が鳴り響いた。

「何事だ?」
アズラエルとともに宇宙図に向かっていたナタルは、警報の発信元を確認する。
・・・発信元は格納庫。
その場所と通話していた管制官の顔がみるみる青ざめていく。
「艦長!捕虜が逃げ出したそうですっ!!」

「何だって?!」

ちなみにナタルは素で驚いた。
何故なら作戦決行の時間を言っていないし、聞いてもいなかったのだから。

アズラエルは血相を変えて管制官のマイクを奪い取る。
「絶対に逃がすなっ!何としても捕らえろっ!!」
そう言ってアズラエルがモニターに目を移したときだった。


「『「「あっ…!!」」』」


マイクの向こうとブリッジ、双方で上がった声が重なった。
そこに映っていたのは、白い羽を広げたMSの姿。

「そんな馬鹿なっ!!!」
アズラエルは蒼白になってブリッジから駆け出していった。
「艦長!撃ちますか?まだ砲撃が届きます!」
ブリッジの数名からそんな声が飛ぶが、ナタルは首を横に振った。
「だめだ。今撃てばザフト、第三勢力双方が一斉に動くぞ」
そうなれば慌ただしいこちらが押されるのは必至。
もっともすぎる言葉に、クルーたちは口をつぐみため息をつくしかなかった。




ナタルは小さくなるフリーダムの姿を見つめた。

彼はきっと、私の信念も共に運んでくれるだろう。
そして、アークエンジェルを私の分まで守ってくれる・・・







飛び立ったフリーダムを、シャニはフォビドゥンのモニターで見ていた。

(…死なない努力…ね)
まったく、キラは難しい事を言う。
けれど生きていれば、また会えるかもしれない。

「またね、キラ…」

約束とは程遠い言葉。
それでも、彼がそう望むのなら…努力してもいいかもしれない。

初めて見つけた、生きる目的・・・








追撃がないのを確認して、キラは一度後ろを振り返った。

「ナタルさん、オルガ、クロト…ありがとう……」

彼らが手を貸してくれなければ、自分は逃げられなかった。
皆が言ってくれなければ、僕は逃げようとしなかったかもしれない。


「シャニ…」

オーブで出会った不思議な人。
まさかもう一度会えるなんて思ってもみなかった。
たとえそれが…不本意な再会だったとしても。


「またね、シャニ…」


約束をしたわけじゃない。
それでも…また会えるかもしれない。
平和になった時に、また会える事を信じよう。


まだ…立ち止まるわけにはいかないから・・・
















宇宙に羽ばたく白い鳥


その名は"自由"



誰もが持つ自由の名の翼


誰もが求める自由な翼


その羽ばたきを止める枷はいらない


自由を見つめる人がいる限り


その白き鳥は今も空を舞う・・・










END












2004.5.14