睨み合いばかりが続く連合、ザフト、第三勢力。
いつ突然どこかが動くともしれない、神経が張りつめた状態がここ数日。

そんな状態が続いていればどんな軍人でも疲労する。
それはナタルも例外ではなく、今日は副艦長から"休み"を取るようにと言われた。
…とは言っても、根っからの軍人であるナタルがのんびりとしているわけがない。

いや、のんびりしている暇などない。
そんな時間は残されていない。






-自由の鳥・6-







ナタルはブリッジから出ると人を捜そうと歩を進める。
艦内とはいっても目当ての一人を捜すには広い。
それなりに時間が掛かるか…と思ったがその予想は外れた。

『トリイ!』

バサバサと前方から鳥…否、鳥型ロボットが飛んできた。
少し前はアークエンジェルでよく見かけた鳥。
その鳥はナタルの肩に止まるともう一度『トリイ!』鳴く。
ナタルはその鳥を手に移すと尋ねた。

「アンドラス少尉がどこに居るか分かるか?」

我ながらロボットに話しかけるなど正気の沙汰ではないと思う。
けれどこの鳥はどうも『キラ・ヤマト』に近しい者の元へと向かう性質(?)があるらしい。
アークエンジェルに居た時、漠然とそう感じた。


『トリイ♪』

ナタルの問いかけに答えるかのように、その鳥は一声鳴くとバサリと飛び立った。
当てにするわけではないがナタルはその後を追う。



あまり人気のない通路を行き、曲がり角を一つ曲がった所でその鳥はバサリと別の手に止まった。

『トリイ!』

ナタルの方を向いて一声鳴く。
その鳥が止まった人物は、まさにナタルが捜していた人物。

「…艦長がこんなとこに居ていいの?」

シャニはトリイとナタルを交互に見るとそう言った。


まさか本当にあの鳥が案内してくれるとは思わなかったので、ナタルは少々面食らう。
ブリッジのクルー以外で面と向かって話すのは初めてかもしれない。

一方のシャニはというと、あまり気の長い方ではない。
そしてナタルの事も"艦長"なので顔は知っているが、それ以上の事はどうでもいい。
「俺に何か用?」
一人を好むシャニにとって他人と言葉を交わすほど、煩わしい事はない。
それはナタルも似たようなものなので、彼女は気を引き締めると本題を告げた。

「今現在、捕虜として軟禁されている者について話がある」

シャニの目つきがほんの少しだけ変化した事にナタルは気づいた。
アズラエル曰く、"シャニ・アンドラスは捕虜と顔見知り"。
これはどうやら嘘ではないようだ。

「…場所、変えた方が良くない?」
それだけ言うとシャニはさっさと歩いて行った。
行動、言動共に唐突でどうも分かりにくい。
そんな事を考えても意味がないので、ナタルは彼の後を追いかけた。




着いた場所はシャニたち三人が空き時間に使っている控え室。
オルガとクロトはMS整備でまだ出払っているらしい。
シャニはナタルが部屋に入り、扉が閉まるのを見ると単刀直入に聞いた。

「キラがどうかしたの?」

これまた名前を出すとは思わなかったナタルは面食らった。
しかしそれはそれで話が早い。



「キラ・ヤマトを逃がすために手を貸してほしい」



今度はシャニが驚く番だった。
普通なら目の前の人物が正気かどうか疑うところ。
だが見た感じ厳格な艦長は中身も厳格そうで、それ相応の理由がありそうだ。
その理由を問いただそうとしたが、突然開いた扉が話を中断させた。

「うわっ!…と、何で艦長がこんなとこにいるんだよ?」

・・・五月蝿いのが来た。
シャニはナタルの向こうに立つ人物を睨んだ。

最初に現れたのはオレンジ頭の五月蝿い奴、クロト。
そのすぐ後にクロト同様、ナタルの姿に顔をしかめて金髪頭のオルガが入ってきた。

「おいシャニ、何だよコイツ…」
オルガは不信感を隠そうともせずシャニに問う。
こちらもまた露骨に嫌な顔をしているシャニはすぐには答えず、扉が閉まるのを見届けてから言った。

「…キラを逃がすのに手を貸せってさ」
「「はあ?」」

オルガもクロトも目を丸くしてナタルを見た。
もちろんこの二人もナタルが"艦長"だということは知っている。
このドミニオンのトップに立っているだろう人物が、捕虜の脱走を企てようとしているのだ。
・・・事の重大さは更に増す。
しかしこのままでは話が進まないと判断したらしいシャニは口を開いた。

「…艦長はキラの知り合い?」

唐突で単刀直入、そして通過点をすっ飛ばして結果に辿り着くような言動。
ナタルにはこのシャニという人物が謎の固まりに見える。
ただキラに対して反感を持っているような雰囲気は感じられない。
それが他の二人にも言える気がするのが、せめてもの救いだった。


「私は以前、キラ・ヤマトと同じ艦に乗っていた。お前たちも第三勢力に同型艦がいるのを知っているだろう?
あれが私が元、乗っていた艦だ」
「ああ、あの白いヤツ…」
「ふーん、それはどーでもいいけど。何でキラを脱走させようとするんだよ?」

このクロトの問いは当然のものと言える。
同時に、彼らが軍の内部情勢に全く関心を持っていない事も伺えた。
そうでなければ捕虜を脱走させようなどという謀を、第三者の目で見る事は出来ないだろう。

「キラ・ヤマトが乗っていたMSのデータを手に入れようと、アズラエル理事が躍起になっている事は知っているか?」
「…知ってる」
「白衣連中が嫌ってほど集まってやがるからな」
「あれはホント鬱陶しいね」
ナタルも三人と同じく、白衣の研究者たちに良い感じは持っていない。
「先日、理事が新たな科学者たちを派遣させるよう月本部へ要請していた。
それが二日前の事だと思う。明日、明後日にはその科学者たちがこの艦へ移ってくるだろう」

シャニたちは首を傾げた。
「…それが何の関係があるの?」
「大有りだ。私は一度、理事と共にキラ・ヤマトに面会した。その時から理事はこの計画を練っていた」
ナタルはここで息を吸って自分の気を落ち着かせた。


「彼の記憶を操作して、"キラ・ヤマト"を連合の戦力に取り込む。それが理事の計画だ」



部屋の中が静まり返った。





「…俺は艦長に賛成かな」
『トリイ!』

沈黙を破り、シャニはそう言った。
その肩に止まる鳥型ロボットが賛同するかのように鳴く。

ナタルはその答えに幾分ホッとしたが、他の二人はまだ考え倦ねているようだ。
「…確かにあのおっさんに賛成はしねえけどな」
「別にキラだったら仲間になっても嫌じゃないけどね、俺は」
無理強いはしないが、やはりナタルとしては協力者は一人より三人の方がいい。
どう説得したものかと思ったが、それは無用な心配だったらしい。
シャニが二人に言った。

「記憶を操作するのってあのおっさんでしょ?
あのおっさんの好みに染まったキラなんて見たくないけど」
「「それ、絶対嫌。」」

オルガもクロトもシャニの言葉に即答した。

・・・アズラエルはこの三人のオブサーバーではなかったか?
ナタルは一瞬、そんな事を考えてしまった。
人望がないのは分かっていたがこれ程までとは…。
そしてナタル自身、"アズラエルの好みに染まったキラ・ヤマト"などご免被りたい。


「でも逃がすってどうやるんだよ?」
三十分も経たないうちに最後の段階まで話が進んだ。
しかしナタルも良い策を講じているわけではない。
分かっているのは明日にやるべきこと。
他の科学者たちが着艦する前に、そしてアズラエルが見ている前で、彼を逃がさなければならない。
「…彼が軟禁されている部屋から格納庫までは遠いか?」
ブリッジから離れられないので、こういう事はシャニたちの方が詳しい。

「…たぶん目の前にある通路で繋がってる」
「監視しやすいように、とか言ってたけどな」
「そんな遠くないんじゃない?あの部屋から出てすぐの通路行けば着くし」

という事は、逃走経路としては好都合ということだ。
…途中で誰かに鉢合わせさえしなければ。
同じ事を彼らも思い当たったらしい。

「…通路ってほとんど人いないじゃん」
「万が一の事言ってんだろ、バカ」
「キラのMSってどこにあったっけ?」
「…俺たちのやつの近く?」
「たぶんここから一番近いぜ」
「…そうだっけ?」
「白衣連中が入り口辺りに群がってるだろーが」
「…ああ、あのうざい奴ら」
「あいつらはどうすんだよ?」

ここまで来たところで三人はナタルへ振り向いたが、ナタルは答える前に聞き返した。

「お前たちは明日、MSのことで何かないのか?」
「「「…あ。」」」

そう言われて思い出した。

シャニは昨日、オルガとクロトは今日、MSの整備で駆り出された。
その時に明後日(明日)三機同時に別の調整もやってしまうから、と言われた気がする。
「お前たちが行けば必然的に、彼のMSの周りにいる者たちがそちらへ移動する。
そうだな、人は減らせるだけ減らしてくれた方がいい。数人程度なら彼も大丈夫だろう」
「人減らすって…どうやるんだよ?」
「それはお前たちに任せる」
「「「……」」」

この艦長、実はかなり人任せなんじゃなかろうか…?

そんな三人の視線にナタルは苦笑した。
「直接手を貸したいのだが、私は"艦長"としての立場もある。
それに私がブリッジでアズラエルと彼の逃亡を見るとなれば、誰も疑われずに済む」
あの男は誰も信用していないからな、とナタルはため息をつく。
扉へ向かうと、そこで一度振り向いて言った。

「この事はお前たちから彼に説明してくれ。それと…"生き残れ"と伝えてほしい」

少し哀しげな微笑みを残し、ナタルは足早に出て行った。






本当は直接手を貸したい。

今まで数え切れないぐらい、彼に助けてもらったのだから。
・・・本当は、反乱軍である第三勢力に加わりたい。
アラスカが自爆したと聞いたときは、それこそ心臓が止まるかと思った。
すでに軍上層部はブルーコスモスと言っていい。
そんな場所で牛耳られて指揮を取るなどもっての他だった。
だが、その状態で居るのが自分の"今"で"現実"。

だからこそ。
こんな謀反行為を行おうと動いた。

今まで救われた分の借りを返すのも兼ねて。


彼なら…キラ・ヤマトなら、アークエンジェルを守ってくれるだろう。
そちらへ行けない自分の心と共に。









「作戦決行って明日なのか?」
「そうしねーと間に合わねえだろ」

ナタルが出て行った控え室で、三人は最終確認(?)をしていた。
結局キラの逃亡作戦を言い出した艦長は、"いつ"やるのか言わなかった。
…となると、艦長が言った事を自分たちで解釈して、"いつ"やるのか決めなければならない。

「…今何時?」
「21時。…って、自分で時計ぐらい見ろよ!!」

部屋に時計が備え付けてあるにも関わらず時間を聞いてきたシャニに、オルガは突っ込まずにいられなかった。
しかしそのおかげで時間感覚がクロトにも湧いた。

「明日って…あと3、4時間しかねーじゃん!」

・・・正確に言うと、三人がMS整備に駆り出されるのはそれより少し後の午前3時頃なのだが。
まあ、それだけ宇宙では時間という数字が意味を為さないという事だ。


「…キラには俺が伝える。コイツ渡さなきゃだめだし」


そう言うなりトリイと部屋を出て行ったシャニを、オルガとクロトは不思議そうに見送った。
「何か変だな」
「そうそう。いつもなら"面倒だから"って勝手に押し付けて消えるのに」



シャニの行動に首を傾げつつも、数時間後に来る自分たちの役目にため息をついた二人は控え室から出て行った。