たった一隻の艦だけで多大な功績を上げたドミニオン。
・・・しかしそれに見合った大量の物資が消耗された。
そのため近日連合軍が奪い取ったビクトリア基地で少々長めの休息を得ることとなった。
-『コーディネイター』であること・9-
「一週間の休暇か。上も随分と寛大になったものだな…」
必要な物資の伝達やクルーへの連絡など、一通り艦長の仕事を終えたナタルはブリッジでため息をつく。
・・・本来なら三日やそこらですぐに出撃命令が下されたはずだ。
「やはりアズラエル理事と…ヤマト少尉か……」
おそらくドミニオンのMS、特にフリーダムの力を最大限に使おうという魂胆だろう。
そして唯一のコーディネイターであるキラ・ヤマトの能力を失う事を恐れて。
ハア、ともう一度ため息をついたところへシュリアがやって来た。
「あらあらナタル、そんなにため息ついてたらせっかくの休暇も逃げるわよ?」
そう言ってころころと笑う。
ナタルは三度ため息をついた。
・・・シュリアの楽天的思考に今まで何度振り回されたことか。
ちょうどその時、ドミニオンに入電が入った。
傍にいたシュリアが端末を操作する。
「あら、アークエンジェルからね。キラ君をご指名のようだけど…?」
・・・どうやらアークエンジェルもビクトリアで調整中らしい。
内容を見ていないのでよくは分からないが、ナタルはふと思い当たった。
「ひょっとしてストライクの件では…?」
シュリアは"よく分かったわね"と頷くが早いか、艦内放送でキラを呼び出した。
「あれ、シャニがいない…。まあいいや。オルガ、クロト、ちょっといい?」
ここはキラたち四人が空き時間を過ごす部屋。
大抵いるはずのシャニがいないことにキラは首を傾げるが話を進めることにする。
当のオルガとクロトはそれぞれの趣味に没頭しているが、とりあえず聞いてはいるだろう。
「これからアークエンジェルに行くんだけど、OS調整手伝ってくれない?」
先程の入電は、アークエンジェルにいた頃にキラが乗っていたストライクのOS書き換えの要請だった。
ドミニオンに異動した際にそのままにしていたので、ナチュラル用のサポートOSを搭載していなかったのだ。
・・・まさに宝の持ち腐れ。
艦外戦力として、スカイグラスパーやダガーだけでは限界がある。
そのため基地にいる間に調整を、という事なのだろう。
・・・オルガとクロトは本とゲームから視線を上げることなく即答した。
「「面倒だから嫌」」
それだけ言うとまた自分の趣味に没頭する。
これにはさすがのキラもカチンときた。
「ちょっと何それ!即答しなくたっていいでしょ!!」
すると二人はようやく視線を上げてうるさそうに言い返す。
「即答も何も言ったまんまだろ」
「そんなめんどそーな事やるわけないじゃん」
更にカチンときたが、これ以上何を言っても無駄なのは分かり切っていた。
キラはくるりと踵を返すが爆弾を落とすことは忘れなかった。
「何さ!いつもはケンカばっかりしてるくせにこーゆー時は仲良いんだから!!」
いつもこうなら苦労しないのに、と言って部屋を後にする。
・・・何か言い返す声が聞こえてきたが無視。
キラの不機嫌オーラに、通路ですれ違うクルーたちは何事かと首を傾げた。
・・・そう。
言ってみれば子供のケンカ程度のことだが、キラはかなり機嫌が悪かった。
途中の通路で偶然キラに出会ったシャニもまたそれに首を傾げた。
「…どうかした?」
出会った相手をシャニだと考えていなかったらしい。
キラは少し驚いた風な顔をして曖昧な笑みを浮かべる。
「あー…うん、ちょっとね」
それだけ言うとシャニの腕を掴んでそのまま歩き出した。
「???」
困惑するシャニにキラはにこりと微笑む。
「これからアークエンジェルに行くんだ。だからOS調整手伝って」
「はあ?」
何で俺が、と言いかけたシャニだがキラにそれを遮られた。
「いいから行くの!!」
「……」
今のキラに何を言っても無駄だとシャニは悟った。
・・・触らぬ神に祟りなし。
この場合、祟りと言うよりは面倒事か。
入り口から入っても遠いだけなので、キラと無理矢理連れてこられたシャニは直接アークエンジェルの格納庫へ入った。
それを予想していたのか偶然か、そこには艦長であるマリュー・ラミアスがいた。
・・・休暇中なので整備士や他のクルーは出払っているらしい。
「キラ君!こんなにすぐ来てくれるとは思わなかったわ!」
遮る壁がないのでマリューの声はよく響く。
「おっ、キラじゃないか!」
そしてひょい、とマリューの後ろから現れたのはムウ・ラ・フラガ。
アークエンジェルで唯一と言ってもいい、万能パイロットだ。
「久しぶりだな、元気だったか?」
にこりとキラは微笑む。
「はい。ナタルさんも元気ですよ」
ナタルの名を出すと二人は"そういえば…"と口をそろえた。
「ドミニオンだけでザフト軍の前線を撤退させたって聞いたけど…本当に一隻だけだったの?」
・・・まあ、半信半疑なのも当然かもしれない。
「そうですよ。ドミニオン本艦と僕らMS部隊が、ですね」
「MSっていうと、あの新型の?」
一度だけ見たことがある、とフラガは言った。
・・・たとえるなら死神、重戦車、鳥、そして天使だ。
そのたとえは間違っておらず、軍の中でもよく引用されているらしい。
「…じゃあ、あの子も?」
マリューはストライクを見上げる少年を見た。
「え、さっきまで後ろにいたはず…?」
キラは後ろを振り向くがやはりいない。
・・・いつの間に移動したのだろう?
「ええと、彼はシャニ・アンドラス。少佐の言う"死神"に乗ってます」
マリューは小さくため息をついた。
・・・やはり先陣を切るのは死んではならない、先のある少年たちばかり。
戦争の愚かさを知る前に戦場に出てしまう。
そんなマリューの思いを読んだのか、フラガはその肩を軽く叩いた。
「じゃあキラ、ストライクの頼んだぜ」
そう言ってマリューと共に格納庫を後にした。
「シャニ、これそっちに繋いで」
「…ここ?」
「うん。で、ここを……」
他に誰もいない格納庫。
キラは順調にストライクのOS書き換えと整備を進めていた。
シャニはそんなキラを手伝いつつ、コックピットの縁に座って眺めていた。
「…前はこれに乗ってたの?」
元はこの艦のクルーだったとキラは言っていた。
・・・ストライクはフリーダムと同じ白色の機体。
キラは頷く。
「そうだよ。乗せられたっていうのが本当なんだろうけど…勝手にOS書き換えて動かした僕も僕だし」
友達を守るためとストライクに乗った。
それでも、たとえ守っていたとしても、やはり孤独感は消えなかった。
・・・コーディネイターだったから動かせた。
コーディネイターだから艦を守って戦える。
そんな、自分の中の空白につけ込まれそうになったこともあった。
・・・傍に友達がいても、すでに自分の居場所には遠くて。
キラはほとんど書き換えが済んだOS画面を見つめる。
「…今もキラは独り?」
そう問う声に、キラは振り向いた。
・・・自分の考えていたことを知っているかのような声に。
振り向いた先には、自分を見つめる紫紺の目。
キラは静かに首を横に振った。
「シャニが傍にいてくれてるじゃない」
予想外の言葉に、シャニは一瞬目を丸くした。
キラはシャニの方へ向き直って続ける。
「最初に見たときにね、キレイだと思ったんだ。
僕も眼はシャニと同じ色だけど、僕みたいに濁った色じゃないから」
・・・今、キラは何を言った?
自分の眼が綺麗?
濁った色じゃない…?
・・・自分が毒に侵されていると自覚しているのに?
そんな有り得ないことを言った…?
シャニはキラの頬にそっと触れる。
「キラは濁った色なんかじゃないよ。綺麗なのに…」
キレイなのにそう言うのは、俺の毒気に当てられたからだね。
それはきっと、自分も同じ。
どちらからともなく口づけを交わす。
「…シャニの左目……」
そこまで近づいて、ようやくキラは気づいた。
何故、彼が左目を隠しているのか。
「…見えた?」
聞き返すシャニにキラは頷く。
「うん。すごく綺麗な色……」
そう無意識のうちに言ったのだが、シャニは驚いた顔をしていた。
・・・未だ『EVIL EYE』と言われている、左右の眼の色が違う者。
シャニの左目は、森のように…そして海のように深い深緑色。
「綺麗、なんて言ったのキラが初めてだ」
そうシャニが言うとキラは嬉しそうに微笑んだ。
・・・他の人はシャニの左目が綺麗なことを知らない。
知っているのは自分だけ。
そして彼の右目は…自分と同じ色。
「これ以上俺に近づいたら本当に毒に侵されるよ?」
また自分の心の内を見透かしたかのような言葉に、キラも負けずに言い返した。
「シャニだって同じだよ。何でそう僕のセリフ取っちゃうかなあ…」
・・・そんな時だった。
「おーいキラー!ちょっといいか?」
艦内への入り口辺りからフラガが大声で(そうでなければ聞こえないが)キラを呼んだ。
シャニの眼に一瞬にして殺気が宿る。
「…うざーい……」
視線だけで人を殺せそうだ。
「…少佐もタイミングが良いんだか悪いんだか……」
キラの視線にも少なからず殺気が含まれている。
・・・もちろん、ここからもフラガからも互いの姿は見えないが。
刺さるような殺気をその身をもって感じているフラガは今すぐにでもその場を去りたかった。(殺気の理由はもちろん分からないが)
しかし、それではわざわざここに来た意味がないのだ。
・・・さっさと用件を言って去るのが得策。
言わずに去ると、休暇中なのに"ドミニオンが同基地内にいる"と聞いてここへ来た"彼ら"からも痛い視線を浴びかねない。
・・・おそらくキラに最も会いたがっていたのも彼らだろうから。
「お前の友達が会いに来てるから、終わったら絶対ブリッジに来いよー!!」
フラガの声に、キラは心底驚いた。
「…友達……?」
てっきり、今この艦にはマリューたちしかいないと思っていた。
・・・トールたちが自分に会いに来てくれている?
そう思うとどこか胸が熱くなった。
・・・遠いと感じていても、たとえその距離は埋まらなくても。
それでも自分の近くにいようとしてくれて。
自分を"友達"だと、今でも思ってくれている。
「…やっぱり独りじゃないじゃない」
そう言ったシャニは穏やかに微笑んでいた。
・・・自分で親友という絆を断ち切った。
自分が決めたことだから、何も言わずにいてくれた友人たち。
・・・『コーディネイター』だから、『ナチュラル』だから、という枠を感じていても。
それでも理解しようとしてくれた彼らだから。
・・・だから…
「もうストライクの整備終わったからブリッジに行こ!」
そう言うキラにシャニは面倒そうな顔をする。
「…何で俺が……」
元からあまり人と関わろうとしないシャニにとって面倒なことこの上ない。
だがキラはやはり断固として譲らなかった。
「だめ!シャニも一緒じゃないとトールたちに会う意味がなくなっちゃうよ」
・・・だから彼らには会おう。
もう自分のことを考えなくて済むように。
これがきっと最後だから。
『僕は独りじゃないよ』
・・・たった一言。
それだけを伝えるために。
END
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