「あ、今度の日曜日、キラも兄様も予定開いてるか?」


全てはカガリの一言から始まった。


「来週の日曜日、ヘリオポリスで一番大きなお祭りがあるんだ。
三人予定がそろう、なんて滅多にないからみんなで行こう!」

「あ、そういえばトールとミリイがそんなこと言ってたね」
「…別にいいけどな」

そうして了承してしまったキラとカナード。
二人の災難はこうして始まりを告げた。







オーブの三翼〜黒翼と片割れの災難だらけの夏祭り/前編







「ねえカガリ、母様から届け物だけど…何コレ?」

受け取り人はカガリ・ユラ、送り主はキラたちの母ヴィア・ヒビキ。
何やら、分厚くはないが長方形に大きな荷物が届けられた。
家の中へ向かって声を掛けるなり、カガリはすっ飛んできた。
「わあ!さすがに早いな〜お母様は。ほら、今度祭りに行くだろ?
浴衣がないからあったら送ってくれって頼んだんだ♪」
ものすごく嬉しそうだ。
「嬉しそうだね、カガリ」
「そりゃあな!本国にいたときも浴衣は着たことなかったからな!」
今にも歌い出しそうなくらいに嬉しそうだ。
嬉々として家に入るカガリをキラは不思議そうに見つめ、カガリはリビングにいたカナードにも早速、報告をする。

「兄様!お母様から浴衣が届いたんだ♪」


ピシッ・・・


空気がひび割れる音がしたような気が、しないでもない。
よく見ると、カナードの周りの空気が微妙に変化している。

「…カガリ。お前…母上に頼んだのか?」

おそるおそる…というように、カナードは振り返った。
カガリは首を傾げつつ頷く。
「そうだけど…?兄様、どうかしたのか?」
その視線の先には、額に手を当てて思いっきり沈んでいる兄の姿があった。
「カナ兄、どうしたの?」
ただならぬものを感じたキラが問いかける。
カナードは諦めのついたような表情で、盛大なため息をついた。
「…開けてみろ」
「「え?」」
「だから、母上から届いたその荷物を開けてみろ」
「あ、うん…?」

わけが分からないまま、カガリは言われた通りに届いた荷物の紐をほどく。
中にはカガリが母に頼んだ浴衣が、丁寧に折り畳まれていた。
「うわ〜…すっごい綺麗…」

一番上にあったのは、緑を基調とした布地に山吹色の帯の浴衣。
リボン型の簪(かんざし)は萌葱(もえぎ)色だった。
・・・色合いから見て、明らかにカガリ用のもの。

「兄様、別に変なモノ入ってるわけじゃないけど…?」
カガリは改めて首を傾げる。
しかしキラは、カガリの浴衣の下にあった浴衣に目を疑った。
「…コレ、おかしいよね……?」

カガリの浴衣の下にあった浴衣。
藤色の布地に紺青(こんじょう)色の帯、簪は…薄色(うすいろ)のリボン型。
・・・言わずもがな、"女性用"である。

「……」

嫌な予感に耐えつつ、キラはさらにその下にあった浴衣を見た。

一番下にあった浴衣。
紺碧(こんぺき)色の布地に蘇芳(すおう)色の帯、簪は大人の女性が挿す細い棒状のもの。
・・・やはり言わずもがな、"女性用"である。

「「……」」

絶句するキラとカガリをよそに、カナードは浴衣の入っていた箱の底から手紙を拾い上げた。
白い封筒の中に三つ折りで入っていた、一枚の便箋。
「キラ、お前覚悟しとけよ」
ため息をついてそう言うと、カナードは手紙を読んだ。



『 拝啓 キラ、カガリ、カナード

元気でやっているようですね。こちらも変わりはありません。
ーー中略ーー
お祭りへ行くなんて羨ましいわ。
私も本国でやるお祭りに行きたいのだけど、そんな暇もなくて…。
そうしたらカガリが浴衣が着たいというじゃない?
だったら私の代わりに綺麗な格好をしてもらおうと思ったの。
探してみて、ちょうどいい大きさのものがあって良かったわv
昔私が着ていたものだけど、保存状態はばっちりだから大丈夫!
3人で楽しんできてねvそしてその時の写真を母様と父様に送ってちょうだいv
ふふふ、楽しみにしているわvvv

                     母ヴィアより 』



「「「……」」」


しばらく誰も口をきかなかった。




「ねえカナ兄、母様ってこういう人なの…?」
「俺に聞くな…」
不信感を隠さずにキラはカナードへ問うたが、返答は芳しくない。

キラはヤマト夫妻の元で育ったので、実の両親ウズミとヴィアのことはあまり知らないと言っていい。
カガリもまた、母ヴィアを知ったのは兄弟の存在を知ったのと同じ頃だ。
つまり、この中でヴィア・ヒビキを知っているのはカナードだけ。

「しかも兄様、"母様から送られてきた"ってだけで何で分かったんだ?」
そしてカガリからの、一番聞いてほしくない事柄が。
「……プラントにいたときにちょっと、な。思い出したくねえ…」
本っ当に嫌そうだ。
キラもカガリもそれ以上聞くのはやめておいた。

当面の問題は、目の前にあるこの浴衣。

「…カナ兄のその様子からすると、送り返す…とか、お祭りに行かない…とか、
そーゆーのは選択不可能ってことだよね……」
まるで独り言のように、そしてすべてを諦めたような顔でキラは呟いた。
「着付けはどうする?着物と同じ要領みたいだから私でも出来るけど。
やっぱミリイとかフレイに頼んだ方が…」
「断る」
「ヤだ」
「…だよな」
自分で言いつつも、カガリには2人がこう言うのが分かり切っていた。

「仕方ない。キラ、カラーコンタクト買いに行こう。バレる確立が1/2に減る」
「…嫌な買い物だね。あ、カナ兄の分も買ってくるよ」



二人が出かけた後、カナードは母が送ってきた浴衣の寸法を確かめてみた。
「…わざわざ買ったんじゃないだろうな……」
と疑いたくなるほど、寸法はピッタリだった。
「まあ、知ってる奴に会ってもバレなきゃいいし…」


このときカナードは、オーブに限らずプラントも夏期休暇に入っていることを忘れていた。

そして買い物に出かけた2人はというと。



「…やっぱり親子だと考え方って似るのかな?」
「はあ?」

独り言とも取れるキラの言葉に、カガリは疑問符で相づちを打つ。
キラは苦笑して言った。
「僕はヴィア母様のことよく知らないけど、でもああやって女物の浴衣送ってくるってことは、
母様、カナ兄を女装させたかったってことだよね?」
「…その対象に自分が入ってるの忘れたか?」
「それは後回し。で、最初に戻るけど。実はあの浴衣見たとき、カナ兄が着たらすっごい綺麗だろうなって思ったんだ」
カガリはまるで未確認生物に出遭ったような顔になっている。
「あれ、カガリは思わない?カナ兄、背高くて細いし、髪は長くて綺麗だし。
髪結い上げてあの浴衣着たら、絶対"麗人"の域だよv」
惚気に聞こえるのは気のせいではない。
カガリは黙ったままだったが、複雑な感情の入り交じる顔でこう呟いた。
「お前…人があえて言おうとしなかったことを言うか」

キラと同じことをちらりとでも考えてしまったこと。
自分の実の母が、さっぱり分からない不可思議すぎる人だということ。
喜んでも良いのか嘆くべきなのか、彼女の表情はそれを如実に物語っている。
してやったり、とキラは笑った。
「やっぱり僕らも兄弟だね。同じこと考えてた♪」
カガリは嫌みの混じった笑みを浮かべる。
「私はタダ同然だが、お前の場合は等価交換ってヤツだな」
「うるさいな〜それくらい分かってるよ。バレなきゃいいんだから!」
「さあな。ミリイとかフレイあたりには気をつけた方がいいぞ。案外、会った途端にバレたりしてな♪」


さて、結果は当日に持ち越しだ。