「あ、イカ焼きだ!」
「このバナナチョコってうまいのか…?」
「…お前ら食ってばっかだな」

りんご飴片手に、まったく種類の違うものに興味を示すキラ。
同じくりんご飴片手に、さらに甘いものを食べようとするカガリ。
そしてそんな二人の食べっぷりに呆れるしかないカナード。

ヘリオポリスで始まった一番大きな夏祭り。
本国オーブの有名人が三人も集まれば、視線が集まるのは必然。
その三人は、今日も今日とて相当な注目の的となっている。


そう、違う意味で。







オーブの三翼〜黒翼と片割れの災難だらけの夏祭り/後編







さて、祭りの始まる数時間前、アスハ邸での出来事。






「…もう用意しなきゃなんないの?」

午後3時頃だろうか。
早速浴衣を用意し始めたカガリに、キラは怪訝そうに首を傾げた。
ちなみにお祭りは午後5時から。

「当たり前だ!私だけならともかく、キラと兄様も着るんだからな!」
「…あ〜…そうだったね……」

諦めはついているし、自分で言った手前、等価交換だと割り切ってはいる。
だが、それで"女装"への抵抗が消えるわけがないのだ。
「バレたらすっごい嫌なんだけど…」
一体何度、この言葉を口にしただろうか?
カガリもまた何度目か知らない返答をした。
「何のためにカラコンを買ったんだ?自分からバラさない限り大丈夫だって!」
とは言うものの、カガリはそのままなわけだから、連れが誰なのかと聞かれるとヤバい。
しかし言い出したらキリがないので、カガリはキラ用であろう浴衣をスタンバイする。
「ほらやるぞ!さっさと着替えて女になりきれ!!」
「何ソレ。ところでカナ兄は?」
「さあ?二階じゃないのか?」


約一時間後・・・


「…何となく悔しく思うのは私の気のせいか?」
「…悔しいって何が」
「お前が似合いすぎるんだっ!!」
「嬉しくない!」
「当たり前だっ!!」
「だったら言わないでよっっ!!!」

キラは見事に少年から少女へ変身していた。
男だと疑うものはいない、と言い切れるほどに。
ただ着ているものが女性用になって、髪飾りを付けているだけなのに。
女のカガリが嫉妬してしまうほどに可憐な少女が、そこにいた。


さらに約一時間後・・・


「あ、カガリ可愛い!」
「そうか?でも今のキラに言われると皮肉に聞こえるぞ」
「…滅多にない褒め言葉を素直に受け取れないの?」
カガリもまた、可憐な浴衣少女へと変身していた。
今更だが、母ヴィアの色合いの選び方は完璧だ。
普段の彼女が動き易いボーイッシュな服装を好むので、なおさらかもしれない。
「ところで兄様は?」
「え、二階なんじゃなかったっけ?」
「…呼びにいくか」

そう言って、二階への階段を上ろうとしたとき。
二階の廊下に"美女"が現れた。

「「え…?」」

紺碧色の布地、蘇芳色の帯、先に飾りのついた棒状の簪が三本。
上の方でまとめ上げられた黒髪は、くるりと一度巻かれて余った部分をそのまま下に流している。
(↑陣羽織ラクスの髪型によく似ていると思われる)
眼はキラと同じ紫紺色。
と、いうことは?

「ひょっとして…カナ兄?」
呆然とするキラとカガリに、その"美女"も口を開いた。

「……そう言うお前はキラか?」
カナードは非常に動きにくいはずなのに、危なげもなく階段を下りる。
「…キラ、お前違和感ないな」
「カナ兄に言われたくないよ…」
「…お母様の気持ちがすっごいよく分かった気がする……」
キラと同じく、カナードも見事に"女性"だった。
色気も混じっているのではないか、と本気で思う。
絶対モデルになれると様々な人物から言われるだけあって、彼は均整の取れた体つきをしている。
髪は長いし、顔は綺麗で確かに女性的だ。
不可思議な母の気持ちが、このときばかりは痛いほどに分かった。


「「嫁に出したくない」」


カナードは訝しげな顔になる。
「は?」
キラとカガリが思わず異口同音に漏らした言葉は、紛れもない本心だった。

「…というか、キラも兄様も…バレる方がおかしいぞ?」

カガリは本気でそう思った。
そして、なぜ兄が髪型に至るまで一人でこなせたのかという謎は、この際気にしないことにした。
この兄と弟の見事なまでの変身ぶりは、自分しか真実を知らないのだから。
他の友人たちにはない優越感がカガリを上機嫌にしていた。






…とまあ、上に書いたことが今に至る。

キラもカナードも黒のカラーコンタクトをしていて、眼の色は紫には見えない。
今の三人を見れば、「妹二人の保護者を勤める姉」という仲良し姉妹にしか映らず、
カガリを知っている者には、「特別な地位にいるカガリとその友人」と映るのだろう。
つまり、「キラとカナードだということがバレる確率はほぼ0%」となる。
現に今も…

「あら、カガリじゃない。オーブのお姫様もお祭りに興味があるのね」
「…ほんっとムカつく言い方だな、フレイ。そっちは婚約者とデートも兼ねてんのか?」
やはり友人に出会った。
浴衣に身を包んだフレイの横には、彼女の婚約者で同じく友人であるサイが困った顔で立っている。
「カガリも来てたんだな。トールとミリイが誘っても返事がなかったって怒ってたぞ」
「いいんだよ。運が良ければお前らみたいに偶然会うだろうし」
あちらの2人もデートを兼ねているのだろうが。
「ねえ、カガリってば一人なの?」
フレイの問いに嫌みな響きは微塵もなく、ただ気になっただけだろう。
こう見えてもフレイは、それなりに良き友人なのだ。
カガリは後ろを指差した。
「いや、あの二人が一緒だ」

カガリの指差す方向には、道行く祭り客や夜店の主人たち全ての視線が注がれている女性二人の姿があった。
すらりと背の高い黒髪の美女と、フレイと同じくらいの背丈で可愛らしい少女。

「うわ…すっごい美人だな…」
「…さすがはお姫様のご友人って感じね」
サイのような男性だけでなく、プライドの高いフレイのような女性まで納得してしまう美女と美少女だった。
「いいの?私たちに構ってて。ナンパされちゃうわよ」
そう笑って手を振ると、フレイはサイとともに人ごみの中へ消えた。

「…おせっかいというか嫌みというか……」
純粋にカガリの連れの心配をしていたのか、それとも遠回しにカガリはナンパされないと言っていたのか。
フレイの言葉にカガリはため息をついた。


当の女装したキラとカナードはというと。

「…ねえカナ兄。なんか妙に視線を感じるのは気のせいかな?」
オーブ首長の息子という立場のため、見られることには慣れている。
しかしこのような格好をしていることもあって、落ち着かない。
「…まあ、気のせいではないだろうな」
キラと違ってカナードは、その視線を受け流す術を持っている。
…が、慣れているはずのない格好に疲れ気味。
「カガリ、ここで人があまり来ない場所ってどこだ?」
友人と別れたカガリに聞いてみる。
「え?えーっと…あ!向こうにある池の辺りなら…」
「そうか。じゃあ俺はそっちに行く」
「「えっ?!」」
キラもカガリも即座に抗議の声を上げる。
カナードは心底うんざりしたようにため息をついた。
「…いい加減疲れた。先に帰るような真似はしねーよ」
二人へ苦笑を向け、団扇を持っていない方の手を軽く振ったカナードは池の方へと足を向けた。
彼の行く先で人垣が自然に割れているのは、断じて気のせいではない。
その姿を見送って、残されたキラとカガリはしばらく考え込んだ。
「ねえ、花火まであとどれくらい?」
「…あと一時間くらいだな」
「じゃあ、とりあえず僕らだけで回って、あとでカナ兄呼びに行こう」
「…よし、そうするか!」





カガリの言った通り、池の辺りに人はほとんどいなかった。
祭りの中心の場所から少し離れているので、喧騒もあまり聞こえてこない。
すぐ近くにあったベンチに腰掛け、カナードは天を仰ぐ。

「…まさか、プラントでの二の舞になるとはな……」

キラは養父母ヤマト夫妻とともにヘリオポリスで、
カガリは実父ウズミとともに本国オーブで、
そしてカナードは実母ヴィアとともにプラントで暮らしていた。
その時に何があったのかは別に語るとして、ヴィアの手によりカナードが女装させられた事実があったようだ。
しかも、それをアカデミーの友人に見られたらしい。

「おっ!ここは人ごみじゃないぜ」
「…見れば分かる。まったく、だから祭りなど行かないと言ったんだ!」

他にもカナードのように、人のいない避難場所を探し求めていたらしい声が二つ聞こえてきた。
まあ、人の多い場所が好きな人間はそういないだろう。
「おっと、先客がいるぜ?しかもすっげぇ美人が」
この時カナードは、自分が女装していることを忘れていた。
なので、その"すっげぇ美人"がまさか自分を形容したものだとは思っていない。

「そこの美人なおねーさん、ひょっとして連れいないの?」

そんな言葉を耳にして初めて、カナードは自分がどういう格好をしているのか思い出した。
ふと顔を上げれば、自分の他には誰も居ない。
ましてや、連れのいない"女性"も論外だ。
(…もしかしなくても俺のことか?)
無視しようかとも思ったが、後々ロクなことがないような気がする。
とりあえず団扇を扇いでいる手を止めて、声の方へ振り返ってみた。


それが間違いだった。


振り返った先にいたのは男性二人。
そして自分に声を掛けてきた方は浴衣を着ていて、金髪に色黒の肌。

「ディアッカ?!」

言った後でしまった!と、慌てて口を塞ぐがもう遅い。
あまりに驚いて、その驚きを自制出来なかったことが悔やまれる。
彼はカナードがプラントにいた頃の、アカデミー時代の友人ディアッカ・エルスマンだった。

言われたディアッカの方は、驚くと同時に首を傾げた。
「…ひょっとしてどっかで会った?…なわけないよなあ…?」
こんな美人なら、自分が覚えていないわけがない。
そういった事に関して、ディアッカは自分の記憶力にかなりの自信を持っていた。
彼は親がプラントの評議会議員のため、名前を知られていても不思議ではない。
だが目の前の美人はファミリーネームではなく、ファーストネームで自分を呼んだのだ。
わけが分からず、ディアッカは同行していた友人に助言を求めようとして振り向く。
が、当の銀髪に青い眼の友人は、その"美女"を驚いた顔で見つめていた。

「イザーク、ひょっとして誰か知ってんのか…?」

(ヤバい、これはバレる…!)
ディアッカの後ろにいたもう一人に、カナードは大いなる危機感を抱いた。
何しろ目の前の彼…イザーク・ジュールに、女装を見られた記憶があるのだから。
彼もアカデミー以前からの友人だ。
こんな時だからこそ、カナードは母を本気で呪いたくなった。



少し早足で池の方へと向かっていたキラとカガリ。
その手にはジュースが(カガリには二つ)あったのであまり早く歩けない。
池に近づいたところで急にキラが立ち止まったので、カガリは危うくぶつかりそうになった。
「おいキラっ!危ないだろ!」
カガリの抗議の声に、キラは口元に指を立てて抗議した。
「しっ!聞こえちゃうよ!!」
妙に真剣味を帯びたキラの声に、カガリは何事かとそっと池の方を見る。
「に、兄様がナンパされてるっ!!」
…と驚きはしたものの、声を掛けている二人組は結構な美形だった。
むしろカナードがどうするのか気になって、キラとカガリは覗き見を決め込む。



「お前…まさかカナードか?」


もちろんこの声はキラたちには聞こえないが、ディアッカを驚かすには十分すぎるものだった。
「って、ええぇっ?!イザーク、それマジかっっ?!!」
"美女"の方へ視線を戻すと、そちらは団扇で額を押さえて盛大なため息をついていた。

「…ったく、何でお前らがここにいるんだよ……」

その声には確かに聞き覚えがあった。
口元に浮かんだ人を食ったような笑みも、見覚えがありすぎるくらいだ。
「……うっわ、マジで?じゃあその眼は…」
「ああ、これは…」
途中まで言ってカナードは左目のコンタクトを外す。

「「カナ兄(兄様)!それ外したらだめだ(よ)!!」」

そのある意味自殺行為に、さすがのキラとカガリも黙っていなかった。
もちろん、そのおかげで様子を伺っていたことがバレてしまう。
「…お前らもな、見てたんなら助けろよ」
「「うっ…;」」
というか、バレていた。
兄の非難の眼差しに、反論出来るはずもない。
とりあえず、落ち込みつつもキラとカガリは気を取り直した。
「…カナ兄の知り合い?」
「ああ。こいつはイザーク、こいつがディアッカ。プラントの友人だ」
キラはカガリの分もまとめて自己紹介をする。
「初めまして、キラ・ヤマトです。こっちは姉のカガリ・ユラ」
にこりと営業スマイルで笑うキラは、人形のように可愛らしい。
ディアッカは思わず口笛を吹いた。
「へえ〜、こうやって見るとカナードも違和感ないから美人三姉妹だな」
比べられてムッとするカガリも、三姉妹と数に入れられているのでまんざらではないらしかった。


ドンッ…ドドンッ……


木々の間から見える空の一部が明るくなり、低い破裂音が響いてきた。
「あ、花火!…って、ここにいたって見えないんだった!」
カガリの声に、キラもここへ来た目的を思い出した。
「そうだった!あのね、花火の良く見える穴場を見つけたんだ!」
「ここからあんまり遠くないし、人もいなかったから早く行こう!」
催促する2人に、カナードはコンタクトをはめ直してベンチから立ち上がる。

「イザークさんとディアッカさんも行きましょう!」

振り返ってそう言うと、キラは前を行くカガリを追いかけた。
「美少女にお誘いされちゃ断れないよな〜」
嬉しそうなディアッカとは対照的に、さっさと戻りたかったイザークは数々の不満をため息にして吐き出した。

「…しかし、カナードに妹がいたとはな。あれは双子か?」
イザークは前を歩くキラとカガリを見つめる。
「ああ〜、どおりでよく似てるわけだ。二人ともフリーっぽいな。お兄ちゃん一筋ってカンジで」
愛されてるな〜、とディアッカは冷やかすように笑う。
「…言ってろ」
カナードはため息をついたが、その口元には笑みが浮かんでいた。



余談だが、カナードはあえて"双子の妹"という言葉を訂正しなかった。
キラ限定になってしまうが、それは先ほどこの友人たちにバレてしまった時のささやかな仕返し。

もっとも、一番仕返しでも何でもやりたい相手は実母なのだが。