それはまだ、ソレスタルビーイングが地上に拠点を構えていた頃のこと。
中枢コンピュータ『ヴェーダ』に程近い、連結コンピュータのほんの些細な異変から。
最初に気がついたのは、CB(ソレスタルビーイング)でもNo,1の実力を持ったプログラム技術者だった。
「これは…?」
なんてことのない数値の変化が、酷く気になったのだ。
当時地上で訓練を積んでいたスメラギやロックオンも、その場に居合わせた。
技術者はスメラギを振り返る。

「大丈夫だとは思いますが…どうします?」
「そうねえ…」

スメラギは顎に指を添え、考えた。
…今日は、大事な商談が控えている。
情報という世界の筋で、最高の腕を持つ者たちとの。
「少し、気になるわね」
「何がだ?」
ロックオンが首を傾げた。
スメラギは技術者が気になると言った数値を見つめたまま、言葉を続ける。

「今日の交渉相手が前の接触で言った言葉よ。『ちょっと手荒な試し方をする』って。
約束の時間まで…あと10分」

それは確かに気になる。
だがそれ以上はどうしようもないので、頷いた。
「いいわ、動かしてみて。念のために、非常用回線を全部開けてくれる?」
「分かりました」
あくまでも"念のため"で、何事もなく終わるはずだった。

指示された技術者が、妙な数値を書き換えようとアプリケーションを開いた瞬間。
プツン、という音を合図に、オペレーションルームの全モニター画面が真っ白になった。
閉じた扉の向こうでも悲鳴が上がっているので、建物内のモニターすべてが同じ状況かもしれない。
ぎょっと呆気に取られたそこへ、黒い文字がタイプされていく。


『まだ10分前だけど。たった今、僕らの仲間がそこに入った。人数は1。
君たちの組織に探し物があるかもしれないらしくてさ。大怪我はさせないでね。よろしく』


あらゆる意味で、前代未聞だった。
スメラギは開けておいた非常用回線に向かって、叫ぶ。

「内部に侵入者!数は1、極力負傷させずに確保して!
電子機器はしばらく役に立たないから、各自で判断すること!!」

モニター画面は真っ白になったままだ。
『ヴェーダ』に何の影響もないことは…喜ばしいことだが。
ロックオンはすでに駆け出して行った。
戦闘要員としてはあまり役に立たないので、スメラギは大人しく待っておくことにする。
背後で扉が開き、2人のエージェントが入ってきた。

「…本当に、敵に回したくないですわね」
「王留美(ワン・リューミン)。ええ、そのとおりだわ」

誰も見たことの無い、けれど情報を扱う人間に知らぬ者は居ない小さな組織。
それが今日の商談相手であり、この悪戯を仕掛けてきた相手だ。
王はクスリと笑う。
「どのような方に出会うことになるのか、楽しみですわ」
気にならないわけが無い。
誰も知らぬ顔を、たった1人と言えど知ることが出来るのだ。



ちょうど自室から出たところで、あり得ないはずの緊急通達に遭遇した。
刹那はスメラギの言葉を最後まで聞き取るが早いか、この建物の入り口側へと走る。
あちらこちらで足音が響き、誰もが右往左往している。
途中でロックオンに出会った。
「刹那、誰か見たか?」
「いや」
十字路になっている通路で、一度足を止める。
居合わせたほとんどの人間が入り口の方へ行っただろう。
自分たちまで行く必要はないだろうし、辺りは閑散として静かだ。
それに、放送よりも前に侵入していた可能性もある。
「何なんだ?あの放送は。電子機器は使えないとか、負傷させずに捕らえろとか」
問われたロックオンは片手で頭を押さえ、一連の出来事を纏めようと苦心した。

「…そいつが賓客らしくてな」
「は?」
「現在の段階で、もっとも重要な商談相手の悪戯だそうだ」

釈然としないので聞き返そうとしたが、刹那は唐突に口を噤んだ。
…人の気配だ。
無言でロックオンを通路の向こうへ押しやり、自分もそれに続き息を潜める。
「おい刹那、」
「黙れ」
入り口へ繋がる通路から、こちらは見えない。
そのまま窺っていると、微かな声が聞こえた。

「…誰も居ない。大丈夫なのか?この組織」

刹那には聞こえたが、ロックオンには聞こえなかっただろう。
それ程に小さな声だった。
しかし気配は感じたらしく、ロックオンも声を潜める。
「(ここの連中じゃないのか?)」
「(なら、わざわざ足音を忍ばせる必要は無い)」
彼の疑問を即座に否定した。
自身の力だけが頼りである実戦で、刹那に適う人間は居ないと言っていい。
彼の持っている戦闘能力と感覚は高すぎて、年齢に不釣り合いなのだ。
それはとても哀しいことだが、ここは素直に信じてみる。
「(…やるか?)」
「(俺が出る。後ろは頼んだ)」
ちらりと窺った通路に、伸びていた影が不意に止まる。
その隙を突き、刹那は侵入者の前へ飛び出した。
…武器は使えない。
相手は正体を隠すためか、端が破れ薄汚れたローブを身に纏っていた。
刹那と同じだけ身軽らしく、何手か合わせるとひらりと後ろへ飛び退く。
(素手でいけるかどうか…)
ふと思案したそのとき、思わぬ言葉が相手の口から漏れた。


「ーーー」


それは、名前。
"刹那"というコードネームではなく、本当の。
「本当に、居た…!」
次いで喜色の混じる言葉を発し、相手は顔を隠していたローブを取る。

「!」

これは、夢だろうか。
刹那にとって唯一、鮮血以外を思い出させてくれる鮮やかな赤の眼。
気味悪がる人間も多かったが、刹那はその宝石色の眼がとても好きだった。
…マシな環境で生きることが出来たのだろう。
肌は自分のものに比べてとても白く、場違いを承知で安堵を覚えてしまった。
守るために手放したその手も、同じように成長しているのだと。

「やっと、見つけた!」

同じ母に産まれ同じ場所で育ち、いつも隣で笑っていた、弟。
居もしない神に祈るばかりのあの地で、生き続ける理由でもあった己の片割れ。
抱きついてきた彼を、刹那は抱き返すことしか出来なかった。

「…シン」

なんとかその名前だけを、呟いて。

これは、現実だろうか?


ー でもいつだって、願ってた ー



07.11.26

真面目に双子設定。せっつーの身長は162cmの方を推奨します。
…が、OPの映像見る限りでは、150台のが真実味ある…。
シンを知らない方はごめんなさい。種Dの主人公ですよ。 あの子が主人公です(強調)

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