〜プロローグ I
エリア11のブリタニア軍が、『黒の騎士団』に完全なる敗北を喫した日。
それは、強襲というに相応しい状況だった。
女傑として第2皇女同様、名を馳せていた第4皇女が追い込まれる事態。
それも新宿租界…エリア11を為す上での、ブリタニア軍の本陣で。
特別派遣嚮導技術部所有の第7世代ナイトメアフレーム"ランスロット"。
そのデヴァイサーであった枢木スザクもまた、その場で『黒の騎士団』の主力"紅蓮弐式"と激戦を繰り広げていた。
カレン・シュタットフェルトはその、『紅蓮弐式』のエースパイロットだ。
本陣を制圧されたのは、皇族以下ブリタニア軍の驕りもあったろう。
巧みにブリタニアの主義者たちを取り込んでいた『黒の騎士団』は、軍などより余程強かった。
もうランスロット以外に、まともに戦えるナイトメアは居ない。
判断を下した次の行動も迅速だった。
彼らは一様に盾の消えた総督府へ向かい、紅蓮弐式もまた勝ち名乗りを上げたのだ。
『私たちの勝ちだ!』
スザクは回線越しに聞こえた声を、嘘だと思いたかった。
なぜならその声は、同じ学園に通う友人…カレンのものだったのだから。
手薄な上に甚大な被害を被った総督府は、簡単に突破出来た。
いや、突破出来たというよりも、『ゼロ』の持つ力によりすんなり通れたというべきか。
すでにブリタニア軍の負けは決定していて、内部を司る人間たちに戦意などなかった。
完璧なる実力主義と位制。
土台の固まりにくいその脆弱さが、まさしく浮き彫りであった。
あっさりと『黒の騎士団』の手に落ちた総督府、死んだ第4皇女。
主義者であり団員であるディートハルト・リートの報道により、それは日本のみならず世界を震撼させた。
超大国であるブリタニアを、小さな島国が屈させたのだから。
けれどここから先は、一部の人間しか知らない出来事。
名実共に『日本』が、『日本』という名と誇りを取り戻した日。
歴史に重いその事実に、カレンたちが呆然としていたそのとき。
何とも場違いな声が入って来た。
「おーめーでーとー!これで『イレヴン』は『日本』だ!」
白衣を着たブリタニア人の男。
科学者であろうその男の背後には、20人ほどのブリタニア軍人が従っていた。
そして、カレンは男のすぐ後ろの人間に目を見開いた。
「枢木…枢木スザク?!まさかお前はっ!!」
直感だった。
カレンは彼が、あの"白兜"のパイロットだと直感したのだ。
スザクはスザクで、カレンの姿に"紅いナイトメアフレーム"の確信を持ち、言葉を失った。
「カレン…さん…」
友人の情などより燃え盛る怒りが感情を支配し、カレンは迷うことなく銃を向ける。
「お前のせいで!全部お前だったのか!!私たちの邪魔をして、何度もっ!!」
「よせ、カレン」
『ゼロ』の声にビクリと振り返る。
「ブリタニアを内部から変える、と豪語した人間だ。殺すには惜しい」
「でもっ!」
「…カレン」
「っ、はい…」
ここで撃っても意味がない。
呼ばれた名前の裏に隠された言葉を、カレンは歯をぎりと噛み締めることで呑み込んだ。
スザクはそのまま、呆然としている。
一連のやり取りを見て、白衣の男がそれはそれは満足そうに両手を広げた。
「さっすがですね〜。その調子で僕らにも命を下さいませんかぁ?そのご尊顔を拝した上で」
視線が男へ集まった。
その場に居る『黒の騎士団』の幹部たちに限らず、スザクを含めた特派の人間も。
この男は何を言いだすんだ、と。
だが『ゼロ』は、咎めるでもなく気配で笑った。
「お前だけ…のようだな。その兵士たちの様子を見ると」
「みたいですねえ。ああ、でもラクシャータが気付いてるんじゃないですかぁ?」
キョウトの技術者…それも"紅蓮弐式"の開発者の名を出され、『ゼロ』は今度こそ笑い声を漏らした。
すいとしなやかに動いた手が指が、自身の仮面に伸びる。
「私も彼女も、主義者であることに変わりはないからな」
仮面の下に隠されていたのは、幼さの残る少年の顔。
カレンとスザクは図らずも、同じことを同じように思い、声ならぬ声は空気を震わせることも出来なかった。
(私は、馬鹿だ…。表の"彼"しか知らなくて、私みたいに裏があるって何で思わなかった?)
(僕は、馬鹿だ…。『ゼロ』の言葉は、"彼"が幾度も口にしたことばかりだったのに)
一様に酸欠の金魚のような状態の騎士団幹部と、特派の兵士たち。
唯1人笑みを浮かべ続ける白衣の男は、これまた満足そうに頷いていた。
仮面を外した『ゼロ』は整った美しい顔に王者の笑みを乗せ、男へ問う。
「名は?」
「はい。ロイド・アスプルンドと申します、"殿下"」
驚く暇もなかった。
バサリと慣れた仕草でマントを翻させ、『ゼロ』はさも当然と命を下した。
「神聖ブリタニア帝国第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。
ロイド・アスプルンド。お前と特別派遣嚮導技術部に、日本国内におけるブリタニア軍の全権を与える。
残存兵力の把握と撤収作業に随事せよ。…いつでも本国へ発てるようにな」
「Yes, your highness. 仰せのままに」
皇族に対する最高の礼を取ったロイドに続くように、特派の兵士が次々に膝を折った。
スザクは数歩分、遅れて。
ルルーシュ・ランペルージ。
ゼロ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
総ての名前がイコールで繋がった瞬間だった。
特派の人間が出て行った後、騎士団の面々へ暇を与えず"彼"は再び『ゼロ』に戻る。
「詳細はまず事を収めてからだ。扇、藤堂、キョウト六家へ連絡を。
出来れば神楽耶と桐原公あたりを、ここまで連れ出して来てくれ」
「…あ、ああ。分かった」
「了解した」
「玉城と吉田は騎士団の状況把握を。暴走する輩が出ないとも限らない。
細かい指示はC.C.に。収めきれなければ、ディートハルトの伝達機関を使え」
「チッ、分かったよ」
「ああ、了解した」
「井上、杉山、南は情報網の管理と接続を。特派の連中も上手く使えばいい。キョウト側にも徹底させろ」
「はい」
「よし、任せろ」
「ああ」
「ディートハルト、租界のブリタニア人に対して外出禁止令を出してくれ。用心に越したことはない。
キョウト六家との話がついたら、他国の干渉が来る前に独立宣言を」
「分かりました。日数やその他の報道は?」
「お前に任せる」
「イエッサー」
指示を受けた人間が、慌ただしく出て行く。
残されたカレンはどうすれば良いのか、彼らの後ろ姿と『ゼロ』を何度も見比べた。
「…カレン」
「は、はい!」
呼ばれた声に慌てて返事をすれば、すでに彼は"ルルーシュ"に戻っていた。
外した仮面へじっと目を落としている彼から、呟くような言葉が続く。
「お前は、真実を話す勇気があるか?」
ハッと息を呑んだ。
カレンの様子にふと笑った彼は、良く知る"ルルーシュ・ランペルージ"という人間だった。
「ナナリーと、約束していたんだ。"嘘をつかない"…と。留守猫も痺れを切らすだろうし。
それに、アッシュフォード家には世話になりっぱなしだ」
"留守猫"という妙な単語も気になったが、それよりも。
「アッシュフォード…?学園と会長…いえ、理事?」
「ああ」
「今から、話しに?それは、私たちにも話してくれること?」
「だいたいは、な。後は政治面だ。
現時点の日本でもっとも力のあるブリタニア人は、アッシュフォード理事に他ならない。
キョウト六家もそれをよく知っている。当然、"枢木家"も」
「あいつは…!」
「絶縁状態だ。だからこそ、スザクを死なせるわけにはいかないんだ」
言外に、カレンが迷いなくスザクを殺せることを諌めている。
また何か言いかけたカレンだが、ぐっと言い留まり最初へ話題を戻す。
「学園へ行く…のでしょう?着替えた方が…?」
カレンとしては、このままの方が良いという思いだった。
だが、彼はどうだろう。
ブリタニア人には外出禁止令が出されたはずだから、目に留まることはないが。
彼女の気遣いに、ルルーシュは穏やかに笑んだ。
「構わない。ブリタニアの有力者にはもう、第11皇子の話は伝わってるさ」
蛇の道は蛇、という言葉がある。
一般人には一般人の話が、有力者には有力者の話が伝わりやすく、重要だ。
有力者にしか伝わらない話というものは総じて、下へ広めると不味いことになるものが多い。
特に、ブリタニア帝国が実力主義であるからこその話が。
『マオ。ナナリーを連れて、すぐにアッシュフォード本家へ来てくれ』
「あはっ、やぁ〜っと帰って来た。おっと、カレンとやらも一緒だね?」
よいしょ、と立ち上がったマオは、勝手知ったる家の中を歩く。
広いリビングには、ナナリーとメイドの咲世子がいた。
「やっほぅナナリー。ルルーシュが大事な話があるってさ〜」
「お兄様…が?!お兄様、お兄様はどこに?!」
「今から連れてったげるよ。すぐそこ。面倒だから抱えてくよ?」
「はい。いってらっしゃいませ、マオ様。ナナリー様をお願い致します」
「まーかして」