〜プロローグ II
エリア11と呼ばれていた、神聖ブリタニア帝国の属領であった、日本。
『日本』という国を取り戻したのは、1人のブリタニア皇族だった。
「何の話を、されるんだと思う?」
カレン・シュタットフェルトは、自分の横を歩くもう1人の騎士へ視線を向けず問うた。
3年前。
『黒の騎士団』という名の、対ブリタニア勢力が日本に生まれた。
絶対的な1人のリーダーを中心に、彼らはわずか半年で日本最大の反攻勢力となった。
リーダーの名は、『ゼロ』。
常に仮面を被っていた"彼"はあの瞬間まで、幹部にも素顔を明かさなかった。
初期メンバーであり俗にいう幹部であったカレンも、その衝撃は記憶に新しい。
「想像もつかないけど、でも…とても個人的なことかもしれないね。僕と君だけみたいだから」
枢木スザクは、同じく疑問を返すしかなかった。
『黒の騎士団』が動き出してからの3年間。
この日本を治める総督の地位であったブリタニア皇族は、すでに3人が死んだ。
第6皇子、第6皇女、そして第4皇女。
第2皇子の直轄である、ブリタニア軍特別派遣嚮導技術部に属していたスザクは、第4皇女殺害の現場に居合わせた。
特派の他の人間と共に。
新たな日本政府を本格始動させて、はや数ヶ月。
もっとも忙しい時期である今、この場所には人が居ない。
静かすぎる廊下を、2人の靴音だけが通り過ぎて行く。
両開きの扉の向こうには、彼らにとって絶対の領域があった。
カレンとスザクが、すべての基準とする存在。
互いがもっとも憎んでいたナイトメアの操縦者であっても、"彼"を介すれば志は変わらなかった。
今まで誰のために戦って来たのかと問われれば、2人は"彼"の為だと答えるのだ。
「ルルーシュ」
スザクの声に振り返ったルルーシュは、とても危ういものを抱えているように見えた。
広い窓は夕日の額縁、電気を付けていない室内は薄暗い。
ゆっくりと扉を閉め、カレンは先に口を開く。
「大事な話、というのは?」
こちらから何も言わない限り、彼も何も言わないような気がしたのだ。
碧緑と群青に見つめられたルルーシュは、静かに用件だけを告げる。
「本国に戻る折り、俺の騎士として共に来て欲しい」
夕刻で、部屋が薄暗いせいもあるかもしれない。
けれど2人の目に映ったルルーシュは、彼らの知る"彼"のどれでもない。
スザクとカレンが良く知る彼は、そうそう人に頼みごとをしなかった。
そんなにも弱い声を、崩れそうな笑顔を、見たことがなかった。
様子がおかしいと思うより前に、スザクは彼に歩み寄る。
反射的に後ずさった彼の腕を捕まえると、その細い腕は震えていた。
「…ルルーシュ」
怯えている。
それが何かはまだ分からない。
だが彼は確かに、彼だけが抱える"何か"へ怯えているのだ。
スザクと同じくそれを悟ったカレンは、無性に泣きたくなった。
(まだ、抱えてるの…っ?!重くて潰されそうになるくらいのことを、まだ!!)
日本がブリタニア帝国からの独立を宣言した日。
ルルーシュは『黒の騎士団』幹部と皇家の神楽耶、そしてスザクに己の事実を語った。
思い出すだけでも、ブリタニアへの憎しみが沸き上がる話を。
しかし今のルルーシュを見れば、それが全てではなかったことが分かる。
思わず駆け寄った。
「話してしまいなさいよ、全部!私たちだって、事実を背負えるのよ!!」
ああ、直球だ。
ルルーシュを宥めるように抱きかかえながら、スザクはカレンという存在へ感謝した。
彼女の真正面からの憎悪を受けたときは、まさしく命の危険を感じたが、それも懐かしい。
互いが唯一とする存在が同じであったからこそ、こうして居るのだけれど。
ルルーシュはスザクとカレンを見上げ、逡巡するように一度目を伏せた。
「…拒否権がなくなるぞ」
「「元より承知」」
日本人であることも同じだから、2人は同じ日本語を図らずも使った。
その様子に薄く笑って、ルルーシュは視線を床へ落とす。
「…俺に、何人も兄弟が居ることは分かるな?」
「うん。正確な人数は知らないけど」
「自分より上の継承権保持者を、蹴落とすことしか考えてない奴がほとんどさ。
けどその中で、俺やナナリーを可愛がってくれた人も…何人か居たんだ」
「そう…」
何を、話そうとしているのか。
スザクの腕を掴んでいた手に、力が籠った。
ルルーシュは思い出すだけで語気が荒くなることを、止められない。
「第4皇女…!死ぬ前にあの女に質したら!俺が第11皇子と思い出した途端…っ!」
『なぜ貴様が、皇位も低い賤民の子がっ、なぜシュナイゼル様やコーネリア様の寵愛を受ける?!』
『あの方々は何を考えて…っ!私や弟たちが、貴様という邪魔者を排除しようとしていたのにっ!!』
感じたのは、矛盾だ。
しかし考えるよりも前に、ルルーシュは引き金を絞っていた。
「それは、どういう意味なの…?」
戸惑いを隠しきれず、カレンは呟く。
溢れ出てくる己の考えに、ルルーシュはもう、本当に気が狂いそうだった。
声が震え言葉も震え、すべて吐き出してしまわなければ止まらない。
「シュナイゼル兄上もコーネリア姉上も、優しかった…!でも、皇宮は…帝国は、歪みきって…!」
「ルルーシュ…?」
「…っ、狂って、歪みにずっと居るから、自分が歪んでることも、知らないんだ!」
「待って、ルルーシュ、どういうこと?!」
「もう、それしか…考えられない、んだ…。どれだけ、考えても」
「だから!」
「ずっと…昔に、約束したんだ。シュナイゼル兄上と。
手伝うって…。必ず、シュナイゼル兄上に、追い付…てみせるから、と」
言葉が記憶と混ざり合い、不明瞭になっている。
スザクとカレンはどうしようもなく、ただ彼の言葉を聞き続けた。
「第4皇女…弟…第5皇子、他にも。俺が邪魔だった?当たり前だ。
上位継承者が、俺に目を掛けて…いたから。殺そうと…そんなもの、日常的で」
なんということだろう。
日本もかつては継承権争いが激しかった。
しかしこちらは、それが日常的だと。
常に子供が気を張らねばならないような場所、帝国の皇宮が、皇族が?
「殺される前、に、殺した?母上が死ねば、俺たちは…ただの駒、で。
外へ飛ばされるのも…目に見えて…、出された皇族に、誰も興味なんか…持たない、から」
耳を疑った。
否応無しに理解してしまったカレンは、叫び出さぬよう片手で自らの口をきつく塞ぐ。
スザクはルルーシュの肩を両手で掴み、無理やり顔を上げさせた。
「それは…っ、それは!君が敬愛していた人が?!そんな…っことが、君の母上は、っそれで、!」
「言うなっ!!」
怒声に阻まれ、スザクは驚愕のまま押し黙る。
震えているのは、誰だ?
「歪んでいると…歪みきっていると、言ったろう?俺はこの国に居た。だからそれに気付けた。
でも知らないんだ、あの人たちは。あの国で、次代の皇帝と言われるからこそ」
推測も推論も、総じて真実となろう。
「ここまで…ずっと耐えて来た。これから先も耐え切れると、思ったのに」
あと、1度だ。
たった1度だけ、もしも決定的な出来事を耳にすれば。
いとも簡単に『壊れる』だろう。
「ちょっ、ルルーシュ。何言って…」
そんなことがあるわけがない、とスザクは問い返す。
だがルルーシュはゆるりと、しかし確実に首を横へ振った。
「あるだろう?言ったじゃないか。決定的な出来事を」
「「!」」
「俺はテロリストとして、ブリタニアへの反逆の道を辿って来た。
今、ここに在るのがその結果だ。『日本』という国を蘇らせたのは、『ゼロ』」
「だって…それは事実じゃない。貴方がいなければ私たちは…『日本』は、もっと酷いことになっていた。
スザクなんて良い例だわ!貴方の事実を他の人は知らないけれど、私たちはそれを知っている!」
カレンには、彼が言おうとしていることを止める術がない。
出来るのはただ、自分の思いを正直に話すことだけ。
「それに、言ったじゃない。有力者には、第11皇子の話として正確に伝わるって!」
「ああ、その通りだ」
「だったら!」
「だから、だ」
「え…?」
意味が分からず、カレンは答えを求めるようにスザクを見た。
スザクはルルーシュを抱く腕に力を込め、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「…つまり、そう。君がどんな行動を取るのか、考えれば良いんだね」
今聞いたこと。
ブリタニア皇宮のこと、皇族のこと、彼の兄弟のこと。
有力者への情報、『日本』という国と、『ゼロ』。
答えなんて、考えなくても出てくる。
シュナイゼルという兄と、コーネリアという姉。
彼は2人へ必ず問うだろう…『己の母を殺した真意』を。
そしてその真意はおそらく、ルルーシュが推測した通りの理由で。
だから彼は、怯えたのだ。
真実を知ったとき、自分はどうするのかと。