1、arche(=世界の起源)
「第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、ご入場!」


母が撃たれ、妹は足の自由と光を失った。
震えそうになる己を叱咤して皇帝である父への謁見を望んだのは、ただ知りたかったから。
…母を守らなかった理由を。

「それがどうした?」
「弱い者はいらぬ」
非情というより、こんなモノは親ではないと思った。

「皇位継承権なんかいらない!競争なんかに巻き込まれるのもごめんだ!」

まだ幼いルルーシュの怒りは、至極まっとうなものだった。
だが神聖ブリタニア帝国という国は、まっとうな意見を許さない。

「お前は何のために生まれた?この帝国に!ルルーシュ、すでに死んでいるお前に用はない」


日本へ行けと言われたことがショックなのではなく、このような国に生まれたことが悲しかった。
母を守ってくれなかったこの国は、妹のナナリーも守ってくれはしない。
貴族たちのざわめきを跳ね退けて、ルルーシュは来たときと同じように振る舞った。
謁見の間への扉が閉まる。

まだ、ここでは泣けない。


「ルルーシュ?ルルーシュじゃない?」

優しい声だった。
ハッとして顔を上げると、アメジストのように透き通った眼にぶつかる。

「キラ…兄様?」

その後ろにはもう1人。

「カナード兄様…」

何人いるのか、名前しか知らない兄弟が多い中で、彼ら2人についてはルルーシュが一番よく知っていた。
だからこそ、涙が溢れそうになる。
けれど、ここで泣いてしまうわけにはいかない。
自分の次に謁見なのであろう2人を邪魔しないように、ルルーシュは止めた足を動かそうと踏み出す。

「いつもの場所で待ってて」

囁くような言葉に振り向くと、謁見の間へ通じる扉が再び閉まるところだった。



ルルーシュの姿を見送って、キラと呼ばれた少年はアメジストの目をすいと細めた。
「何があったのか教えてくれない?」
謁見の間の扉を守護する兵士に、有無を言わさぬ笑みで命じる。
兵士の話はそれなりに要約されていたが、ルルーシュが皇帝である父親と決裂したという件になるらしい。
「まあいっか。後で本人に聞けば」
重要であるはずの話をまあいっか、で済ませたキラに、カナードと呼ばれた少年は呆れの目を向けた。
ただし、その呆れの理由がどこにあるかは不明だ。
ルルーシュの話か、キラの言動か、それとも父である皇帝に対してか。
「今からでも聞けるだろ」
「あ、そうだね」
たった今から、その皇帝との謁見だ。


「第9皇子カナード・イーグ・ブリタニア殿下、第10皇子キラ・イーグ・ブリタニア殿下、ご入場!」


謁見の間へ新たに入って来た2人の皇族。
貴族たちは頭を下げることも忘れ、しばしその姿に目を奪われた。

(滅多に姿を現さぬと聞く、あの"コクチョウ"が来られるとは…)
(彼らが第2皇妃ヴィア様の子…)

滑らかな鳶の髪とアメジストの眼。
温和なその風貌の裏に、冷然過ぎるとも言える刃が潜むことを誰が知るだろう。
キラの本質を知る者はほんの一部であり、全てを知るのは同じ血の通った兄。
黒く艶やかな色を保つ長めの髪に、アメジストの眼。
常に磨かれた刃の眼光と隙のない身のこなしは、服装も相俟って黒豹を思わせる。

100人を超えると言われているブリタニア皇帝の子。
彼らはそれぞれ、第12、13位の皇位継承権を持っている。
母親が第2皇妃であるにも関わらず、その地位はあまり高くない。
理由はあるが、それはまた後に話そう。

「ほう、久しいな。カナード、キラ」

皇帝の表情が物珍しげに動く。
型通りの礼をした2人は、皇位継承者の中でも群を抜くと評判の秀麗な顔に皮肉混じりの笑みを乗せた。

「誰も好きでこんな場所に来ませんよ」
「出来ればアンタの顔も見たくない」

示し合わせたかのように、繋がる返答をそれぞれが口にする。
思えばこの兄弟は、昔からまるで双子のように互いの表裏を内に秘めていた。

歯に衣着せぬ物言いとは、こういうものを言うのだろう。
しかし皇帝は眉を片方僅かに動かしただけ。
「ならば何の用だ?」
万人が怯む皇帝の声も、彼らにはただの言葉。
絶妙な間を置いたキラは笑みを深め、ただ一言、


「この国を出る許可を」


…と言った。

謁見の間が一気にざわめく。
「その理由を聞いておこうか」
変わらず動揺の欠片も無い皇帝に、キラは軽く肩を竦めた。
そのちょっとした仕草さえも優美で、人の目を惹く。

「1、ドロドロした皇宮にいい加減うんざりした。
 2、皇位継承の意志がないのに、暗殺対象になるのは鬱陶しい。
 3、母の教育の賜物。
それから…」

片手でゆっくりと指折り数え、彼は理由を羅列していった。
3は知る人ぞ知るといったところだが、それもまた後に回そう。
何となく逡巡して隣を伺ってみると、いつものようにカナードが先を続けた。

「4、この国はツマラナイ」

気に食わない言葉であったらしく、皇帝がピクリと眉を動かした。
どこ吹く風、とカナードはなおも続ける。

「かといって、俺たちから継承権剥奪もしないんだろう?それこそ…」

母ヴィアの思惑通りに。
口角を吊り上げ人を引き込む毒の笑みを浮かべ、カナードはもっとも重要な点を告げる。



「俺たちはこの国を出る。行き先は言わない。皇位争いに興味は無いが、逃げることもしない。
だから、俺たちの能力が欲しければ探し出せばいい。最初に見つけた奴に従ってやるさ」





口に出したのが彼らだからこそ、その慢心とも取れる言葉は真実としか取りようが無かった。


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世界は、何のためにあるのか。


2006.12.30