「C.C.!」
「分かっているっ!」
クラブハウスの屋上へ続く階段を駆け上る、2つの足跡。
先に立ったC.C.が走る勢いのまま、重い扉を押し開けた。
ーパシュッ!
「っ!!」
ガクン、とC.C.が膝を折る。
ようやく追い付いたルルーシュは、扉を盾にC.C.を階段側へ引き摺った。
背にした分厚い扉に、銃弾の跳ね返る音がする。
「何秒だ?」
「…せめて、30秒」
C.C.の左足は銃弾が貫通し、鮮血が流れ出ていた。
彼女が言った"30秒"は、傷口が何とか塞がるまでの時間。
「隠れてないで出て来たら?C.C.を盾にしてないでさぁ!」
日本語とは違う東洋訛りのブリタニア語と、子供のように弾けた癇に障る声。
ルルーシュは隠し持っていた銃を握り、セーフティを外した。
足の傷が塞がったらしいC.C.も、自分の銃を片手に構える。
マオ。
ルルーシュよりも前に、C.C.から"ギアス"を受け取った男。
その"ギアス"は、『他人の思考を読むこと』。
常に発動しており、有効範囲は最大半径500m。
その気になれば、当人すら知らない深層意識まで探ることが出来る。
先日殺したはずなのに、生きていた。
ナナリーを人質に、ルルーシュを殺そうとした。
だから、矛盾がある。
−−− シュレーディンガーの猫/前編 −−−
(お前の言った通りだったな、ルルーシュ)
屋上へ飛び出すタイミングを計りながら、C.C.は内心で自嘲した。
マオがあのようになってしまったのは偏(ひとえ)に、中途半端な自分の情のせいだ。
最後まで付き合うでもなく、かといって手を下すわけでもなく。
そうして力に呑み込まれてしまったマオを捨てた、自分の。
彼に"ギアス"を与える前の、すべてに無関心で絶望していた心。
ルルーシュに"ギアス"を与え契約を交わし、すべてにおいてルルーシュを第一にする今の心。
それくらいに己の感情が、定まっていれば良かった。
もっと早くに、気付けたなら。
「へぇ、妹思いだねえ?」
C.C.にマオのギアスは効かない。
読まれたのは当然、ルルーシュの思考だ。
彼を見上げれば、本当に分が悪い、という声が落ちて来た。
C.C.と目が合ったルルーシュは、不満げに漏らす。
「出来れば、コイツを使いたくないんだ」
カチャリ、と音を立てたのは、彼が持つ拳銃。
(ああ、だから"妹思い"だと…)
マオの銃は消音器が付いているようだが、自分たちの物にはそれがない。
撃てば大きな銃声が響き、彼の妹のナナリーを怯えさえる。
それ以上に、学園内にこの騒ぎがバレてしまう。
「お前、体術は出来るか?」
「…馬鹿にするな」
C.C.が不安に思うのも無理はない。
無理はないのだが、そこまで不信そうに見られると腹が立ってくる。
「確かに持久力はないが…」
しかし状況が状況なので、ルルーシュは不本意そうに呟くに留めた。
「基礎を知っているなら結構だ」
笑ったC.C.は、彼の生への執着と危機回避能力は高かったな、と思い出す。
さて、銃を使わずに状況を打開するには。
ルルーシュが拳銃を構え直す。
「あの男にはまだ、訊きたいことがある」
「…ならば、私を撃つことにためらいを持つなよ!」
言い置いて、C.C.は屋上へと飛び出した。
マオの撃った銃弾は彼女の足元を抜け、コンクリートに穴を開ける。
銃撃が途切れた瞬間にマオとの間合いを詰めると、C.C.は鋭い蹴りをお見舞いした。
「さすがC.C.〜、恐いねえ!」
彼女の正確な蹴りを、マオは同じく正確に見切った。
それを予測していたC.C.は間を置かずさらに攻め、彼が銃を撃つ隙を与えない。
ーパシッ!
内の一撃が、拳銃を持つマオの手を蹴り上げた。
ガシャンと落ちた拳銃を、すかさず自分の背後へ向かって蹴り飛ばす。
寸分違わず、拳銃はルルーシュの足元へ転がった。
マオの舌打ちが響く。
「ちっ、考えるねさすが!」
あの銃には消音器が付いている。
音を気にせず、撃つことが出来る。
「もうよせ!マオ!!」
接近戦ならば、ルルーシュに分が悪いことは明白だ。
自分を突破しようとするマオを、C.C.は必死に食い止める。
「ルルーシュに手を出すなっ!!」
とにかく必死だった。
早く撃て、と心の中で念じ続ける。
マオの拳銃を拾ったルルーシュは、ピタリとマオへ銃口を合わせる。
バイザーの奥の"ギアス"と、目が合った気がした。
「馬鹿だねぇ!C.C.を傷つけずにボクを撃つなんて、出来るワケないさ!」
「黙れ!」
分かっている、そんなことは。
だがいくら彼女が不死身(らしい)とはいえ、痛覚は同じなのだ。
ぐっと下唇を噛むと、引き金を絞った。
撃った弾は2発。
1発はC.C.の右足を撃ち抜き、もう1発はマオの左足を掠めた。
マオの口角がにぃ、と釣り上がる。
「くっ、…ぇえい!!」
また膝を付きかけたC.C.は歯を食いしばり、激痛の走る右足を軸に回し蹴りを放った。
反動で自身の身体も後ろへと倒れ込む。
C.C.が倒れるとばかり思っていたマオは、彼女の不意打ちに咄嗟のガードが精一杯だった。
その隙をルルーシュが逃すわけもない。
「貴様もいい加減にしろっ!」
持っていた拳銃を放り捨て、考えるよりも先に蹴りを繰り出す。
自覚している通り、C.C.ほど破壊力も型もなっていないが、時間稼ぎには有効だった。
…ルルーシュが放り投げた消音器付きの拳銃。
それはC.C.の手に。
−パシュッ!
撃ち抜かれたのは、マオの右足。
「がっ…!」
ルルーシュは動きの止まったマオに体当たり、その身体を押さえ込む。
遮るものなく背から倒れた拍子に、"ギアス"を隠すバイザーが落ちた。
両目に浮かぶ『紅い鳥』に対抗するように、ルルーシュの左眼にも『紅い鳥』が浮かぶ。
「俺の質問に答えろ、マオ」
→ 後編
2007.1.28
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