カチリと眉間に合わせられたのは、ルルーシュが持っていた消音器のない拳銃。
片方だけの鳥を見上げながら、マオは畏れる様子もなく逆に問う。

「分っかりやすいねぇルルーシュ。C.C.との契約に恐怖を感じてるんだ?
『異なる時間』『異なる摂理』『異なる命』…。それの意味することは何かってね」
「…っ、黙れ」
「読んで字の如くじゃないの?ねえ?恐いならC.C.との契約、破棄しちゃいなよ」
「黙れ!」
「あーあ、C.C.の心が読めないのが残念!」
「黙れっ!」

宿主の意思に呼応するように、鳥が羽ばたく。
だが次の瞬間には、ザ、と凪のようにルルーシュの思考が空白になった。
(?!)
マオはわずかに眉を寄せる。
見下ろしてくる禁色の眼と紅い鳥は、変わらずそこに在るのに。
思考が、読めない。

ルルーシュの発する言葉など、想像も出来なかった。

−−− シュレーディンガーの猫/後編 −−−

「…お前、"ギアス"が閉じるかどうか、試したことがあるか?」


C.C.がハッと顔を上げた。
ルルーシュは彼女を見ることなく、マオを見下ろし続ける。

「お前は6歳の頃にC.C.から"ギアス"を受け取った。
心が読める力は、お前から人を遠ざけた。だから人の居ない場所に引いた。
お前にとっての人間はC.C.だけで、世界もC.C.しかなかった」

「思考が読める範囲は、最大半径500m。その気になれば深層意識まで。
ただしそれは集中力次第。まあこれは、先日ので証明されてるな。
混乱すれば、力が著しく低下する。変だと思わないか?」


意味が分からない。
ルルーシュの言いたいことが、まったくもって分からない。
思考を読んでも分からない。
ただ、『馬鹿だな』と、簡単なことに気付けないときのような。
母親代わりであった頃のC.C.が、マオを宥めてヒントを与えてくれたときのような。
そんな言葉がルルーシュの中に聞こえた。

「どういう意味だ?ルルーシュ」

マオへ向ける銃はそのままに、C.C.が問い返す。
ルルーシュは視線だけを彼女へ向け、穏やかに笑った。
(なぜ…?)
この状況で、なぜそのように笑える?

「お前にとっても、世界にはマオしか居なかったんだな」
「な、に…?」
「本当に自分の願いを叶えたかったのなら、なぜ利用しようとしなかった?
マオはお前と契約したんだろう?人ごみの中に放り込めば、心が壊れる。
そうして"ギアス"を操れるようになる、そう予想出来る…出来たはずだ。俺のように」
「…!」

ルルーシュは、確かにそうだった。
あの場でC.C.と契約を交わす他、彼に生き残る術はなかった。

「だがお前はそうしなかった。マオを守るために人間から離れた。
お前にとって明らかに面倒な存在となったマオを、守るために。
その矛盾を消す理由は…1つだ」
「私が…?」

驚愕に目を見開くC.C.から視線を戻し、ルルーシュは再びマオを見下ろす。

「俺の質問に答えろ。試したことが、あるか?」

ルルーシュは、何も考えていない。
マオがどのような返答を寄越すのか、まったく予測がつかないからだ。
いつものように考え抜くのは、答えを訊いてから。
それに、考えてしまって目の前の"ギアス"から意識を逸らすのは、賢明ではない。

「ないんじゃないの?てゆーか、何が変なのか意味分かんないよ。…どっちがガキだ」

マオの言葉はいちいち子供っぽい。
C.C.しか居なかったのだから、一般的な(自分も一般的ではないが)常識を求めるのも無理だろう。
彼の行動は何もかも、子供の癇癪としか思えなかった。

返った答えにそう思ったら、やはり読まれたようだ。
思わず笑い出したくなるのを堪えて、ルルーシュはもっとも彼"らしい"笑みを浮かべる。
C.C.が『黒の皇子』と呼んだ、そのときの笑みを。


「そうか、なら試してみろ。俺が、お前の『居場所』を提供してやる」


一瞬惚けた後、C.C.はカッと怒鳴った。

「何を考えている、ルルーシュ!!私は良い。けれどお前は…っ!」

撃たれても死なない。
切り刻まれたらどうなるか分からないが、C.C.は確かに不老不死だ。
だがルルーシュは、そうである確証がない。
『黒の騎士団』のリーダーとして常に命の危険に晒されている身を、さらに死に急がせるのか。
ブリタニア軍などより、個人であるマオの方が危険であることは、明白だというのに。
惚けていたのはマオも同じだった。

「死にたがり?それともただのバカ?わけ分かんない」

今度こそ笑い声を上げたルルーシュは、すでに『ゼロ』であり皇族の顔。
総てを呑み込み跪かせる、支配者であり守護対象としての現し身だ。

「ほら、混乱すると心が読めない。とすると、その"ギアス"は操れる可能性が高いな。
どうする?クラブハウスなら、居るのは俺とナナリー、C.C.に咲世子さんだけ。
500m以内には、生徒会室もある。絶好の練習場所じゃないか」
「ルルーシュ!」
「それに洩れなく、C.C.が傍に居るぞ?
もっとも、俺を殺そうとすればお前が排除されるだろうが」
「ルルーシュっ!!」

今までの最大音量で声を出した気がする。
C.C.は息を切らしながら、ルルーシュの肩を掴んだ。

「何を考えている?!」

ルルーシュはそれでも、マオを見続ける。
C.C.には聞こえない心理戦。
マオが口を開くことで、ようやく彼女はルルーシュの考えを知ることが出来た。

「ボクの力は捨てるには惜しい?だから利用したい?
…お前、ホントに『ゼロ』?寝首掻かれるとか考えないわけ?」

考えないわけがない。
だがどこから現れるか分からないよりも、始めから居ると知っている方がずっと良い。

「お前は『黒の騎士団』の網にも掛からなかった。
それにC.C.が行動基準なら、俺の話は悪くないだろう?」

"王"の力は所有者を孤独にする。
ルルーシュの契約内容と、マオの契約内容が同じとは限らない。
けれどルルーシュが見る限り、この男は『孤独』だった。
世界にC.C.しか居なかったから、C.C.が居なくなればすぐに孤独になった。

ようやくC.C.を見上げたルルーシュは、有無を言わさぬ笑みで彼女の問いに答えた。



「お前が招いた結果の1つだろ?C.C.。責任を取るべきはお前だ。
時間なんて有り余るほどあるお前なら、こいつに首輪を掛けるくらい出来る」



ああもう、なんて奴だ。
C.C.はマオも同じことを思ったであろう、と確信を持った。

(傍若無人はどっちだ…!)



こんなことだから、ますます自分は彼から離れられなくなるのだ。
−end.


2007.1.29

/閉じる