世界 は
壊 れる
万
華
鏡 【2】
互いに銃を向けたまま、ゼロはゆっくりと自身の仮面へ手を伸ばす。
露になったのは、見覚えのありすぎる美しい面(おもて)。
「…信じたくはなかったよ、ルルーシュ」
怒りに戦慄く声が、スザクから発せられた。
ゼロは表情を変えることなく、しかし内心で呆れ返る。
(ルルーシュもナナリーも、何を考えてこんな人間を)
自分は『ゼロ』だと言っているのに。
仮面を下へ落とせば、カランと空虚な音がした。
これはもう、必要ない。
「いちいち訂正する気も起きんな。そんなにあの無知の姫が恋しいか」
嘲笑を乗せてみれば、面白いほどに激高してくれる。
足元に銃弾が飛んだ。
(さて、どんな暴言を吐くかな?『ルルーシュ』へ)
笑みを消して見据えてやれば、怒りが頂点を越えたらしい。
まっすぐにゼロの眉間へ合わせた銃口と共に、スザクは叫ぶ。
ゼロが予想もしていなかった言葉を。
「君は…お前は、世界に存在していてはいけない…っ!!」
堪えられるわけがない。
「アッハハハハハハッ!!とんだ茶番じゃないか!」
突如として笑い出したゼロに、2人の様子を見つめるしかなかったカレンもハッと我に返る。
狂ったか、と。
しかしゼロは一頻り笑うと、遺跡の扉に近い暗がりへと声を投げた。
「聞いたか?ルルーシュ。さすがの私も、お前に同情するしかないようだ」
カレンは目を疑った。
(うそ…?!)
目を擦っても、その光景は消えはしない。
驚愕したのは、スザクも同じだった。
「ル、ルー…シュ?え、ゼロ…?ふた、り?」
規則正しい靴音を響かせて、ルルーシュはゼロのすぐ傍まで足を進めた。
彼は凍てついたアメジストでスザクを見る。
いや、だだそこに存在しているモノとして、"視界に入れた"だけだ。
「…そうか。お前にとって、俺はそんな存在だったのか。俺だけでなく、ナナリーも」
その声だけで、身体が竦んでしまった。
結局立ち上がれないまま、カレンは噛み合ぬ歯が音を立てないように食いしばる。
今はゼロよりも、見慣れたはずのルルーシュの方が恐ろしい。
…同じ姿、同じ声。
違うのは、ルルーシュが左眼に眼帯をしていること。
彼は愕然としてこちらを見返すスザクに、憐れみさえ目に浮かべて淡々と告げた。
「友達だと思っていたのは、俺たちだけだったのか。
お前に再会して嬉しかったのは、俺たちだけだったんだな。はっ、笑えるじゃないか。
俺たちを助けるために、お前は父親を…枢木首相を殺してしまった。俺たちにも非はあるだろう。
だが、お前にとってそれは間違いだったのか。つまりあの日、俺たちは死んだ方が良かったんだな。
お前は知らなかったか?お前に言わなかったか?俺がブリタニアを憎んでいることを。
理由は簡単だ。
俺とナナリーは皇族だった。母上は皇宮で殺された。内部の者の手に掛かって。
父である皇帝は言ったよ、『弱者に用はない』と。
継承権など要らないと言った俺に、『お前は生きていない。死んでいる』と言った。
そう、お前のようにな。…スザク」
時が止まったかのように、すべての音が消えた。
ゼロはやはり笑いを堪えられない様子だったが、ふとルルーシュを振り返る。
「そこの扉を開けてみろ。ナナリーが居るはずだ」
身内が余計なことをやらかしたらしい、と言って。
ルルーシュはスザクを、そしてカレンを一瞥して背を向ける。
「ゼロは一度だって、嘘をつかなかったよ。『ゼロ』として表に出てから、ただの一度も」
それを信じずに、お前は俺をそんな風に見ていたのか。
俺も嘘はついていないのに。
振り返った刹那に宿った哀しみの色はすぐに沈み、ルルーシュは扉に手を掛ける。
重い石の扉が、ゆっくりと開いた。
壊れた鏡に映るのは
変わらず続く生という時間。
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2007.10.31
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