世界  は


    壊  れる



      万 


      


      鏡
      【3】









開いた扉の向こうは、遺跡の中枢へ続く道。
その途中に2つの影があった。

「残念です。いいえ、私たちはなんて愚かだったのでしょう。
私、スザクさんが好きでした。でも、貴方はユーフェミアお姉様を選んだ。
所詮、私たちは日向には出られない存在です。そんなにも、私たちは邪魔でしたか。
ねえスザクさん。貴方は私たちを守ってくれました。でもそれは、7年前だけだったんですね。
笑ってくれて構いませんよ?
私は、スザクさんなら自分を守らないお兄様を、私の代わりに守ってくれると思ったんです。
…行きましょう、ルルーシュお兄様。お兄様さえ居られるのなら、他には何も要りません」

片方は、車椅子の少女。
彼女はまっすぐにスザクを見据え、そう宣告した。
見えないはずの目が、見えているかのような錯覚さえ覚えるほどに、強く。
少女の横に立っている影は、さらにスザクを驚愕させた。

「お、まえ…V.V.…?!」

主ユーフェミアの暴走の理由を教えた、長い金髪の子供。
少年だか少女だか分からないが、その子供がナナリーの横に佇んでいる。
凝視してくる視線に気付き、V.V.はにぃと口の端を吊り上げた。

「やあ、クルルギスザク。予想通りの愚かな行動をありがとう」
「な…に…?」
「ボクの願い通り、偉大なる王をここへ連れて来てくれた」
「王?」
「そうだよ。ボクらの王、『ゼロ』。永い永い間、ずっと待ち続けた至高の王」

ゼロは肩を竦め、視線だけを後ろへ流した。

「V.V.…。私が楽しんでいたところを邪魔するとは、らしくないな」
「だって、ずっと仲間はずれにされた。Cばかり狡い」
「…まったく。まあ、小言は後で聞いてやろう。ルルーシュとナナリーは任せた」
「了解したよ。我らが王」

ルルーシュはナナリーの傍に屈み、彼女の手をそっと握る。
ナナリーは兄の手をぎゅっと握り返し、ルルーシュと共にゼロを見上げた。

「ゼロお兄様。私はルルーシュお兄様が居れば、それで良いんです」
「俺もだ、ゼロ。ナナリーの傍に在れるなら、こんな世界はどうでも良い」

ゼロは笑った。
嘲笑ではなく、慈しみを讃えた微笑みで。
その姿は何者よりも美しく、崇高でさえあった。

「そうか。ならば私はお前たちを護ろう。愛すべき我が弟妹」

もはや、何に驚けば良いのか。
何に対し怒り、後悔すれば良いのか分からない。
ただ呆然とするしかないスザクとカレンを、嘲笑う声があった。


「ならば私たちが為すべきは、その2人を害した者を罰することだろう?ゼロ」


ぎこちなく振り向いたカレンが見たのは、ずぶ濡れになり数カ所の怪我を拵えているC.C.の姿だった。
「シー、ツー…」
濡れて頬に張り付く髪を払い、C.C.は笑う。
カレンを見下ろす金の瞳には、明らかな憎悪と侮蔑が宿っている。

「紅月カレン。貴様の忠誠は、紙よりも薄っぺらだったようだな。紅蓮弐式を与えられた身で、恥を知れ」
「わ、私は…っ」
「枢木スザク。始めからすべてを嘘で塗り尽くした男。7年前のお前は立派だったのにな」
「…っ、」

C.C.は堂々と彼らの横を通り、ゼロの隣へ並び立つ。
V.V.に文句をぶつけることを忘れずに。

「余計なことをしてくれたな、V.V.。お前のせいで海中ダイブなんぞするハメになった」
「ゼロを独り占めしてきたからだよ。それくらい我慢すれば?」
「ほう、言ってくれるな…」

言い返すことはいつでも出来るので、そこで止める。
ゼロを見上げ、C.C.は思い付いたと悪魔のように狡猾な笑みを深めた。

「なあ、ゼロ。枢木スザクに相応しいのは、生き地獄だ。紅月カレンに相応しいのは、裏切りだな」

カレンにもスザクにも、ゼロとルルーシュはそれぞれ"ギアス"を使っている。
…ルルーシュの"ギアス"には、『一度きり』という制約があった。
今は『ON/OFFの切り替えが出来ない』という制限も付いている。
しかしゼロとルルーシュの"ギアス"は、同じに見えても掛かる制約や有効範囲がすべて違う。
ゼロの"ギアス"に回数制限など存在しないし、一度に複数の命令を下すことも可能だ。
C.C.の言わんとした言葉を察したゼロは、笑みを敷いたままカレンを見遣る。

「紅月カレン。お前は『ゼロ』の正当性を証明しろ。そうしてすべてを裏切るが良い」
「…Yes, your Highness.」

ふらりと立ち上がったカレンはさっと踵を返し、紅蓮弐式へ向かった。
ほんの数秒後には、赤いKMFが飛び立つ。
スザクは、ゼロの右目が一瞬紅く染まったことに気付いていた。
だがゼロの"ギアス"は、目を閉じたところで防げない。
なぜなら、


「枢木スザク。お前はすべてを後悔しながら生き続けろ。
そして最後は、無様に野垂れ死ぬが良い」


なぜならゼロの"ギアス"の発動条件は、"相手と目を合わせること"ではないからだ。
…右目が紅く染まるのは、発動している目印に過ぎない。
彼に必要なのは、"ギアス"を『発動させる意志』と『命令を下す言葉』。
たとえ掛ける相手が目を閉じ耳を塞いでも、その意識がゼロの声に向いてしまえば…終わり。
「…Yes, your Highness.」
跪いたスザクに抑え切れない笑みを零し、ゼロはC.C.と共に遺跡へと身を翻す。

「エリア11。なかなかに楽しませてもらった」

進めた足元で、ガチリと仮面のひび割れる音がした。





遺跡の扉は固く閉じられ、西日になった辺りは薄暗い。
スザクがハッと気がついたときにはもう、そこには誰も居なかった。







壊れた鏡は直らない  粉々になって風と共に去った。








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2007.12.1
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