ーーー 月光下の戯れ ーーー






(壊す…創る…造り変える…。言葉とは、不思議なものだな)

戻ってきた、ここは市街。
明かりも満足に無いゲットーの瓦礫街を、C.C.はふわりふわりと舞うように歩き続ける。

(光と影、表と裏…。人とは、分からないものだな)

C.C.の足が止まる。
崩れた瓦礫に埋もれかけたドアの向こうにある、部屋という空間。

(誰かが言っていたが、確かに猫に似ている…)

こんな狭い場所にするりと入り込んで、満足するまで出て来やしない。
いや、自分が探しにやって来るのは承知の上だろう。
何だかんだと、こちらが今までの契約者になかった"情"を持ち接しているのは、明確だ。

(つまりこれは、入って来いということか…)

瓦礫によじ上り、崩れないように手であれやこれやと支え、足場を慎重に確認して。
ようやくC.C.は"猫"のいる空間へ入った。



月が出ている。



窓であったであろう長方形の穴から入る、白い光。
ふと、ゲットーにも月明かりがあるのか、と常識的であるような、そうでないようなことを考えた。

「…C.C.か」

月明かりの奥、光の届かない部分に"猫"は居た。
仮面はない。
だが、『ゼロ』の纏う衣装はそのままだ。
月明かりが床に創った四角い光を境界線に、C.C.は踏み込まず問いかける。

「この私を、わざわざここまで連れ出したんだ。…何を、決めた?」

声の余韻が消えるまで、返答は無かった。
まるで劇でも演じているように。
静けさに良く通るテナーの声は、僅かに笑みを含んで。


「別に、何も」

「何も?」

「黒の騎士団を創ったときに、すべてを決めた。これ以上、何を決める?」

「では、なぜ?」


衣擦れの音が響いた。
薄い暗闇の中で、なお黒い影が立ち上がる。
C.C.はただ、その動きと言葉を目で追うのみ。
ゆっくりと響く靴音と影は、少しずつ月明かりに近づく。


「何が足りないのか、考えていた」

「確かに、足りないものがあったな。見つかったのか?」

「見つかった、と表現出来るのなら、そうだな」


コツリ、と音が止まった。
月明かりに入った影の姿は、瞬く間に露に浮かび上がる。

黒く艶のある髪は、意外と柔らかかった。
運動が得意でなく出自のせいもあり、外に出ない肌は陶磁器並みに白い。
けれど細いながらに均整のとれたその姿。
忌むべき出自が華を添え、皮肉なものだ、といつもどこかで思っていた。

月明かりに照らし出された"猫"はすでに"猫"ではなく、しなやかで美しい"豹"となって、C.C.の前に現れた。


「!」


相貌に埋め込まれた宝石の、これほどまでに苛烈な彩は、過去にも知らない。


演じるべき役柄は何だったか。
C.C.は、息が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。
同時に、己の身体を駆け巡る高揚感を、彼女は『歓喜』と名付けた。

目が離せない。

瞬きする間も惜しいほど、身体までもが金縛り。
だが口だけは滑らかに、ゆっくりと彼女の内を語る。
震える心の望むままに。


「…捨てたのか。迷いなく、それでも!」


言ってしまえば、金縛りは容易く解けた。
C.C.は1歩ずつ慎重に、月明かりの舞台へ登りゆく。
彼女に注がれる視線もただ1つ。
自然と口は笑みを形作り、C.C.は陶酔に目を輝かせて歩み寄る。


「どれだけ、この時を待っていたか。私は今まで、少なくとも、両手では足りない数の人間と契約を結んできた」

「覚えているのか?」

「まさか。顔だけなら、数人覚えているような気もするが」

「…それで?」

「今までの人間は、どいつもこいつもダメだった。生きる理由も、力を求める理由も、力を行使する理由も」

「お前が、"理由"を求める人間だったとはな」

「…そっくり返そうか。お前と契約を結んだからさ、ゼロ。いや、ルルーシュ。
少なくとも今までの奴らは、"摂理"に耐え得る精神を持ち合わせてはいなかった」


闇でも隠れぬライトグリーンの髪が、月明かりに煌めく。
舞台へ上がったC.C.は、ともすれば世に非ざる禁色に射抜かれた。
磨き上げられた宝石よりも凍てついた、奥の奥の光に。
胸が焼け付くように熱い。
遥か過去、覚えがあるこの熱さは、

(馬鹿だな、私は)

思わず口元を緩ませ、笑ってしまう。
これではまるで、


(人に恋焦がれる、人魚のようだ)


だから今こそ、願おうか。
"摂理"に沿わぬ人魚の願いを。

「返事が否なら、私は契約を破棄しよう。お前は"ギアス"が無くとも、やろうとしていたんだろう?」

主語の抜けた問いは、こちらを見る美しい顔をほんの少し歪めさせた。
視線に鋭さが増し、無言で先を即す。
C.C.は細い腕を、指をゆっくりと持ち上げ、すいと目の前の男へと伸ばした。




「私は、魔女。『世界』の摂理に『世界』と共に立ち、『世界』の"時"を…お前に望む」





月が隠れた。

厳かな儀礼を乱さぬように。








=== 役者はふたり、観客は月 ===






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2007.1.12