ーーー 魔女の戯れ ーーー






何かが違う。



カレンがそう思い始めたのは、1週間の休止の後に再開された、黒の騎士団の活動時。
ナリタ連山での敗北で、ブリタニア軍は体勢の立て直しに忙しい。
その分、黒の騎士団の活動はナイトメア抜きが多かった。
アジトに戻って安堵してしまったのか、思わずため息を吐く。


「どうしたんだよ、カレン。らしくねえな」

「何よ、玉城。私にだって悩みくらいあるのよ」

「なんだよ、恋話か?」

「バッカじゃないの?アジトでため息つく必要ないじゃない」


人の心を察しない男だ、と睨みつけて、カレンはまた息をつく。
さすがに扇が心配しだした。


「カレン、本当にどうしたんだ?」

「扇さん…。ごめんなさい。大したことはない…と、思うの」

「何についてだ?カレン自身か、黒の騎士団か、それとも…」

「『ゼロ』のこと」

「「!」」


全員の注目がカレンに集まった。
この部屋にいるのは、黒の騎士団結成時の、俗にいう幹部クラスの者だけ。
キョウトの人間との一件以来、『ゼロ』という人間について過敏になっている。
カレンは言葉を選んだ。


「今までと、何かが違うと思って」

「『ゼロ』が?」

「そう。変わらないんだけど、何か違う気がして。思わない?」


漠然とした言葉の羅列に、各々が個別解釈に励む。
幾人かがそれぞれの心を代弁した。


「あ〜…確かに、今までと"違う"感じがするな」

「どこが?」

「いや、それは俺もよく分からん」

「変わるも何も、顔知らねーんだから分かるかよ」

「…玉城。お前はそこに拘り過ぎだ」

「何でだよ!仮面なんか付けてる人間を、信用しろってのが無理だろ!」


部屋の中が沈黙した。
先日、キョウトの重鎮が『ゼロ』の信頼性を証明した。
しかし人間というものは厄介で、見えないものには好奇心と恐怖を持つ。
そこへシュン、と扉の開く音がして、全員がハッと身構えた。


「なんだ、お揃いか。ちょうど良い」


立っていたのは、闇に煌めくライトグリーンの髪の少女。
『ゼロ』以上に得体の知れない人間だ。
身構えるがその前に、彼女が手に持つ箱の山が気になる。


「…それは?」

「ピザだ」

「「ピザ?」」

「少々買い過ぎてな。お前たちにやる」

「…はあ、それはどうも」

「って、扇!頭下げてる場合じゃないだろーが!」


ソファから立ち上がった玉城が、少女を睨みつける。
少女は怯む様子もなく、ただ彼を見つめ返す。

「お前もだ、女!『ゼロ』の仲間らしいが、得体が知れないのは同じだ!」

彼女はいつ、このアジトに入ったのだろう。
日本人でないのは『ゼロ』も同じらしいが、不信感は『ゼロ』以上かもしれない。
以前に『ゼロ』を庇ったカレンも、今回は黙って少女を見つめ口を開いた。


「貴方は、誰なの?」

「C.C.(シーツー)だ」

「はあ?イニシャルだけかよ。まさか本名か?」

「ただの記号だ。本名を言う義理は無い」

「何だと?!」


激高した玉城を尻目に、C.C.と名乗った少女は部屋に踏み入る。
呆気に取られ何も言えない団員を横目にして、ソファの真ん中へ腰を下ろしピザの箱を開けた。

「せっかくソファがあるんだ。座って話せ、鬱陶しい」

いちいち癇に障る少女だ。
また怒鳴ろうとした玉城を制して、カレンは誰よりも先に少女の正面に座った。

「じゃあC.C.。貴方は、ゼロの何?」

扇たちも僅かな逡巡の後、それぞれにもっとも近いソファへ腰を下ろす。
ぱくりとミートソースのピザを齧り、C.C.はカレンを伺い見た。
確か彼女は、最初に顔を合わせた騎士団の人間だ。
あのときこちらを睨んだ目は、『ゼロの隣に立っている女』に対する明確な嫉妬を浮かべていた。
今はまだ浮かんでいないが、そのうち見えて来るだろう。
唇に残ったソースを指で拭い舐め取って、C.C.はピザの箱を調べながら告げる。


「私は、ゼロの盾さ。そして共犯者でもある」


見えてはいないが、騎士団の面々が息を呑む気配が伝わってきた。
1枚の生地に4種類のトッピングが掛かったピザを見つけて、C.C.は迷うこと無く開けてしまう。
個人的に、ピザはこのタイプが一番お得だと思う。

「ゼロの、盾…?」

カレンは驚愕で声が震えた。
騎士団の幹部たちの目の前でそう豪語した少女に、嫌なものが込み上げて来る。
他の団員たちも同様らしく、戸惑う雰囲気が掴み取れた。
顔を上げたC.C.はそんな彼らを見やると、ふっと嘲笑に近い笑みを口元に乗せた。


「なんだ、私に腹を立てているのか?顔を見せない『ゼロ』が信用出来ない、と言ったくせに」

「当たり前でしょ?!いきなり『ゼロ』の隣に現れて、盾だなんて言い切って、何様のつもり?!」


カッときたカレンはテーブルを叩き付け身を乗り出し、強く反発を返した。
素直な女だ、とC.C.は思う。
だが彼女も彼女が操る"紅蓮"とやらも、『ゼロ』の確かな力の証なのだ。
C.C.はピザを持っていないもう片方の手で、ひょいひょいとカレンと扇を指差す。

「お前とお前は分かりやすい。『ゼロ』に対する揺るぎない信頼が、誰の目にも明らかだ」

思ってもみない言葉が発せられ、カレンはぽかんと目を丸くする。
扇も同じく、自分を指差した少女を唖然と見返した。
C.C.はカレンの後ろ、玉城、杉山、井上、南、吉田を順々に指差していく。

「お前たちは、違うな。"『ゼロ』が居ない状況"を考えたことも無いくせに、『ゼロ』の手腕を妬むだけ。認めようとしない」

あまりにそれが滑稽で、耐えきれずにクックと忍び笑いを漏らす。
思った通り、玉城という男が怒鳴り返してきた。


「なんだとテメェ!俺たちが『ゼロ』を妬んでるだとっ?!」

「その通り。そうやって噛み付いて来るのが良い証拠だ。それに、奴の仮面は顔を隠すより重要な意味があるぞ?」

「なに…っ?!」


先ほどまでの騒ぎが嘘のように、部屋がまた沈黙した。
馬鹿な奴らだ、と半ば自嘲気味にC.C.は笑む。
自分が口に出そうとしていることは、『ゼロ』にとって不利にはならない。
結果としては寧ろ、その逆。

「奴も日本人ではない。顔を知られれば、そこから素性が漏れる可能性も高い。
けれど己が創り上げた『黒の騎士団』にも素顔を晒さないということは、お前たちが常に奴を疑っていられるということだ」

異様な指導者、それが『ゼロ』。
その中身を知っているC.C.にとっても、『ゼロ』の"仮面"は盾なのだ。



(あれは、お前たちのための逃げ道さ)



あの彩を直に目にしてしまえば、もう従う以外の選択肢など考えられない。
自分が力を与えなくとも、『ゼロ』はブリタニアに対抗し得る組織を、遠からず創り上げただろう。
"ギアス"など補助でしかないと思えるほど、あの男の持つものは大きい。
そして天賦の才ほど恐ろしく、逃れ難いものも無い。


絶対のカリスマ。
自ら跪かせる『王』の力。



(魔女である私が、囚われてしまったのだから)



(ルルーシュ。お前は恐い男だな)





また忍び笑いを漏らして、C.C.は新たなピザに手を伸ばした。








=== 観衆は呑まれてゆく ===






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2007.1.14