ーーー 偶然が奏でる戯曲 ーーー
それは偶然だった。
今後の予定を聞きそれぞれで話し合い、解散した『黒の騎士団』。
扇や玉城に続き最後に出たカレンが見た、C.C.の後ろ姿が最初の切っ掛け。
(どこに…?)
彼女の確かな足取りが気になり、そっと後を付けたのは好奇心。
カレンは息を殺し、C.C.の向かう先を思い出しながら追う。
(…外?)
廃坑の出口が見えて来た。
十数m後ろのカレンには気付いていないようで、C.C.は月明かりが照らす出口で立ち止まる。
「何をやっているんだ?そこで」
誰かに話しかける彼女の声は、坑道に良く響く。
だが、以前にカレンや他の幹部へ辛辣に告げたような声ではなく、柔らかみのある音だ。
月光に浮かび上がった表情も、纏う棘を細めたかのような。
高慢な彼女がそのように話しかける相手など、1人しか居ない。
「月見だ。租界よりも、ゲットーから見る方が綺麗だからな」
騎士団を束ねる『ゼロ』しか、考えられないのだ。
これ以上近づけば、足音が聞こえる。
そう判断したカレンは、相手の死角になる暗がりに身を潜める。
「意外とロマンチストだな」
「最初の一言は余計だ」
「そうか?まあ、私も月見は嫌いではないが」
「へぇ、お前が?」
カレンは思わず潜めていた暗闇から顔を出し、月明かりの下を窺った。
『ゼロ』の口調が違うような、気がする。
月下の軽いやり取りは、カレンを他所に続いていく。
「…お前こそ、私を馬鹿にしていないか?」
「傍若無人を絵に描いた人間のくせに、意外と耳聡いな」
「言ってくれるな…。以前は嫌いだったんだ」
「何が?」
「月見が」
微かな堅い音が聞こえた。
月明かりに伸びたC.C.の影が、ゆらと動く。
「連想ゲームだ。夜は独り、暗闇に独り、音もない、自分だけ。そして空には月だけが」
「…孤独?」
今度は聞き間違いかと思い、カレンは何度か瞬きする。
口調だけではない。
常にすぐ傍で彼の司令を聞いていたカレンには、違いが分かった。
聞いたことがある、この声と口調は。
(これ以上、ここに居ちゃいけない…!)
早く家に戻らなくては、また継母に要らぬ嫌みを言われる。
何よりカレンにとって『ゼロ』の正体は、全てにおいて後回しに出来る問題なのだ。
知らなくて良い。
彼の正体がなんであれ、その手腕と自分を認めてくれたことだけで、カレンには十分だった。
それなのに。
C.C.の声がまるで誘うように、彼女の足をその場へ縫い付ける。
「今は、嫌いじゃない。正確には月見が、ではなくて…。月を独りで見上げるのは今も嫌いだ」
「意味が分からない」
「…お前は鈍いな。私がここまで言ってやっているのに」
「は?」
「……人間、完璧では愛されないが」
「何の話だ…?」
坑道に伸びる影が、2つに増える。
カレンはこの場に隠れているほか、本当に逃げ道が無くなってしまった。
C.C.の声に、うっとりとした艶が混ざる。
「月の元にお前が居れば、嫌いじゃなくなるんだ。…ルルーシュ」
(っ!!)
咄嗟に自分の口を両手で塞いだ。
そうして叫び声が喉から上に出なかったことが、奇跡だと思う。
足が、震える。
「お前が、私の願いを受け入れた日。あの日も綺麗な月だった」
「……物凄い…口説き文句を、聞いているような気がするが…」
C.C.の笑い声が響いた。
とても無邪気な、彼女の冷たい貌しか知らないカレンには、信じられないような。
「なんだ、慣れっこだろう?」
「…本当に思ってるなら、最低だな」
「冗談に決まってるさ。何にせよ、お前が拒絶しようが私の態度は変わらない」
「ふん、どうせならその、傍若無人さくらいは変わって欲しいもんだな」
「それこそ無理な話だ。私は"C.C."だからな。前にも言ったろう?」
「…そうだったな。『白くも黒くもない魔女』さん」
「なら、さっさとお姫様の待つ家に戻れ。私の『黒の皇子』」
「言われなくても」
靴音が近づいて来る。
カレンは必死に身体の震えを押さえ込み、自分の口を塞ぐ手に力を込め、じっと『ゼロ』かC.C.が通り過ぎるのを待った。
見えたのは、明かりに浮かぶ黒。
(ルルーシュ…、ランペルージ……本当、に!)
ここまで届く月明かりを横切って行った人物は、確かに見覚えがあり過ぎた。
鴉の濡れ羽色の髪と、光で白く映る肌、そして男にしては細いと思っていた体つき。
そして、気付かず真横を通った刹那に惹き摺り込まれた、紫玉の眼。
学園で関わる"彼"からは、想像も出来ないほどに鋭く、煌めいた眼光。
靴音が遠ざかった。
かくりと膝の力が抜け落ち、口を塞いだ格好のまま、カレンはその場にへたり込む。
運悪く、カラン、と小さな瓦礫が転がった。
「誰だ?」
訝しむC.C.の声に、不味いと思ったがもう遅い。
そっと足音を殺すような靴音が、こちらへ近づいて来る。
(駄目だ…私、腰抜かしてる…)
情けなくて、笑ってしまいそうだ。
日本製KMF"紅蓮弐式"をその手で駆り、対ブリタニア軍の先頭に立って来たカレン。
それなのに、人4倍は度胸があるのに、こんなにも衝撃を受けてしまうなんて。
『奴の仮面は、顔を隠すより重要な意味があるぞ?』
いつだったかC.C.の告げた言葉が、こちらを見下ろした彼女の姿に重なった。
ああもう、笑うしかない。
「その様子では、私と奴のやり取り…全て聞いていたか」
高慢ちきな彼女も意外と、優しいらしい。
ルルーシュ…いや、『ゼロ』が、なぜ自分たちに素顔を見せなかったのか。
その理由をかなり歪曲した方法で、身を以て教えてくれたのだから。
「…意外と思いやりがあるのね、貴女も」
やっと足に力が入るようになった。
億劫に立ち上がったカレンは、ふっと笑むと前髪を払う。
「前に言ったでしょ?『ゼロの仮面には、顔を隠すより重要な意味がある』って」
そういえばそうだったな、とでも言うようにC.C.は目を瞬く。
おそらくは彼女も、今の自分と同じ混沌ーカオスーに陥った時期があったのだろう。
『ゼロ』を守る、という選択肢以外が消えた現実の。
明日から学校でどうすれば良いんだろうか、と他人事のようにカレンは考えた。
すると吹っ切れたように、先ほどまでの衝撃が収まる。
同時に、どうでも良さそうなことへと感心が向いた。
「貴女が"魔女"で、彼が"皇子"?」
日本人であることを誇りにしているカレンには、まず浮かばない例えだ。
C.C.は、気位の高い猫のように髪を揺らす。
「言い得て妙、だ。しかし…」
いつもの調子を取り戻して来たカレンに対し、牽制するかのように。
C.C.は達観した笑みを作った。
「好奇心は、九つの命を持つ猫をも殺す」
成る程、と素直に感心する。
逃げ道を失ったということは即ち、それ以外を絶たれたということ。
『ゼロ』=『ルルーシュ』という構図はまさしく、カレンの"好奇心"が明らかにしてしまった事実だ。
自分で自分の首を絞めてしまったのか。
そこへカレンの葛藤も知らないC.C.が、片手を差し出してくる。
「まあ、秘密を共有している者同士、仲良くやるか?」
この少女はいったい、どこまで本気なのだろう。
考える気力も失せたが、カレンはいつもの勝ち気な表情に戻り、同じく片手を差し出した。
「それもそうね。彼の"盾"である貴女と、"剣"である私。仲良くしなくちゃ矛盾するわ」
上手いな、とC.C.が笑った。
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右手に剣を、左手に盾を ===
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2007.1.20