2.  


昼休みは平等にやってくる。
AクラスであろうがDクラスであろうが、生徒であろうが講師であろうが、平等だ。

クロスフィールド学園の食堂は、校舎ごとに併設されている。
校舎のどの教室よりも広く、どこよりも人が多いのが食堂だった。
中等部併設の食堂、正面入口を入って左手壁際には、盆や食器が並ぶ。
そのまま壁に沿う形で、広い調理スペースから出てくるメニューを適度に盆へ乗せていくシステムだ。
バイキング形式も混ざっており、サラダは大抵こちらに分類される。

食事を手にした者は銘々にどこかの席へ座り、食事を始める。
人口密度の高くなる食堂で一体何に困るかというと、この座る場所だった。
食堂の中の食事スペースは、長大な木製テーブル5列分。
テーブルの両脇には、同じく長い椅子が全部で10列。
スペースが区切られているわけではなく、学年やクラスで座る場所が決まっているわけでもない。
友人同士で食べようとしても、人数が多いと並んで空いた席が無く別れてしまうということがままあった。
外で食べることも可能ではあるが、雨の日にその回避策は使えない。

「カイトくん。これ、カイトくんの処に置いてくれない?」

食堂の入り口、盆や食器のある左ではなく右の壁際。
そこでカイトがフリーセルに渡されたものが、グループで食事をしたい生徒への救済策だった。
2人が手にしているのは、『3』と書かれた10cm四方のコルクボード。
壁に掛かっているポケットタペストリーには、他に『2』と書かれたコルクボードがある。
「窓際でいい?」
「いいよ」
まだ誰も座っていない窓際のテーブル、その端。
1人分のスペースを開けたテーブルに、フリーセルが『3』のコルクボードを置く。
置いた後で彼はポケットから取り出した紙を下に挟み、覗いてみれば作りかけの魔方陣パズルだった。
(あ、目印か)
向かい側で同じようにコルクボードを置き、カイトは悩む。
いつも1人で(稀に誰かが話し掛けてくる以外は)食べていたので、このシステムを使ったことがない。
すると気づいたフリーセルが微笑んだ。
「僕が置いてるから、大丈夫だよ」
なら良いかと納得して、食事を取りにもう一度食堂の入り口へ向かった。

コルクボードに書かれた『3』は、"この席も含めて両隣に人が座ります"という意味だ。
『2』のボードの場合はやや様相が異なり、テーブルの真ん中に置いてある場合は、"向かい合って2人座ります"。
どちらかのテーブルの端においてある場合は、"この席と左隣の席に座ります"という意味となる。
4人ならば『2』を2枚、5人ならば『3』を1枚と『2』を1枚組み合わせる。
この2種類のコルクボードの枚数は限られ、もちろん早い者勝ちだった。
と来れば、『廊下を走るな』という校則が日常的に破られる昼休みであると、安易に想像してしまうかもしれない。
然しながら、ここは曲がりなりにも国民が紳士・淑女を自負する英国である。
それも世界的に1、2を争う教育を誇る、クロスフィールド学園だ。
こと"行動"に関する紳士的、もしくは淑女たる模範としての規律は厳しいと言っても過言無い。
つまり、仲の良い者同士でランチタイムを楽しめるかどうか、それは如何に授業が滞り無く終わるかに懸かっていた。

授業が滞り無く終わるか、それに関しては面白いジンクスがある。
『A-IIIクラスは、どの学年においても時間に厳格である』というものだ。
それはいつから誰が言い出したのか、気づけばそうなっていた。
開始のチャイムが鳴れば即座に授業が始まり、終了のチャイムが鳴れば席を離れることが出来る。
一見簡単そうに見えるが、これは講師の腕もさることながら、生徒にも影響される。
また、学年トップのA-IIIクラスともなれば、外部から著名な講師を招くことも多々ある。
果たして全授業において時間が正確である、その真相は"講師と生徒の心掛け"の他にどう言うべきか。
食堂のコルクボードの利用者は、もっぱらA-IIIクラスの生徒だった。



食事を手にして確保した席へ戻った頃には、食堂も随分と賑やかになって来ていた。
『3』のコルクボードを隣のスペースへ移動させ、カイトはようやく落ち着く。
「…いつもは5人なんだな」
ぽつりと零せば、フリーセルは頷いた。
「そうだね。今日からカイトくんを入れて6人になるよ」
何だか勝手に数に入れられてしまった。
つくづく物好きなやつだなあ、などと、複雑な感情をグラスの水と一緒に飲み込む。
その感情が、表に見えていたか。

「1人の方が良い?」

ギクリとした。
内心で慌てながら正面のフリーセルを見直せば、彼は先ほどと変わらない。
ちょっと困ったように笑ってはいるものの、それでも嬉々とした様子はそのままで。
「…そんなこと、ねーよ。ただ、」
ただ。
「あーっ! 大門カイト!」
出し抜けにフルネームを呼ばれ、一体誰だと眉を寄せた。
こういったことは多々あるが、良い気分になった試しはない。
見れば背の低い、アンティークドールと同じくるくるとした髪の少女だった。
彼女の後ろには、別のすらりとした体躯の少女が居る。
すらりとした少女はカイトの隣へ食事の盆を置き、『3』のコルクボードをテーブル幅の中央へ移動させた。
「隣、邪魔するわね」
言われたカイトは首を捻る。
「…それ、オレの方だと思うけど」
どう考えても、邪魔をしているのはカイトだ。
しかし少女は間違ってないわよ、とフリーセルをちらりと見遣る。
「こんなに楽しそうなフリーセルは、久々に見るから」
ああそっちか、と思うと同時に何故だろうかと疑問を覚えていると、さらに人が増えた。
「おっ、大門カイトじゃん」
今度は眼鏡を掛けた少年と、風体の良い(同じ年齢には見えない)少年が。
彼らはフリーセルの隣の2席へ腰を下ろし、2枚のコルクボードは役割を終えた。
「そうか、フリーセルと同じクラスだったな」
カイトとフリーセルを当分に見比べ、風体の良い少年が呟く。
すると背の低い少女がぐいと身体をテーブルへ寄せ、カイトを見た。
「予想外でしたわ。5人もいるのに、こんなに時間が掛かるなんて!」
一体何の話だろう。
シャキシャキとレタスを頬張りながら目を瞬くと、向かいでフリーセルが笑う。
「先に紹介するね。僕の隣から、ピノクルとダウト。そっちはカイトの隣から、ミゼルカとメランコリィ。
初等部1年で同じクラスだったんだ」
ということは、5人は皆幼馴染と言えるだろう。
こちらの自己紹介は必要なさそうなので、カイトはよろしく、とだけ答えた。
フリーセルはミートパイを切り分けながら、僕以外はみんなA-IIクラスだよ、と注釈を付ける。
A-IIクラスは、A-IIIクラスから教室2つ分西にある。
「で、さっきメランコリィの言ってた意味だけど」
僕らの内の誰かがカイトくんと同じクラスになるまで、っていう意味だよ。
「え?」
それこそ、意味が解らない。
本気で不可解な顔をしたカイトに、ミゼルカが横でクスリと笑んだ。

「あなたは人気者だから、同じクラスの人じゃないと話し掛ける隙がないの」

(人気者?)
そうじゃないだろう。
カイトは喉を出掛かった言葉を飲み込む。
さすがに、昼休みの和やかさをぶち壊すわけにはいかない。
すると斜め向かいでピノクルが肩を竦めた。
「おっと。本人と見てる側とでは、意識の乖離(かいり)があるようだね」
嫌味な言い方だ。
疾うの昔に慣れっこになってしまったが、これも良い気分になるものではない。
「ちょっとピノクル」
フリーセルが軽く睨めば、彼は失礼、と諸手を上げた。
「悪いね。オレたちから見ると、君はそう見えるんだよ。実際は違うみたいだけど」
そこまで不愉快そうな顔されちゃあね、と続けられ、カイトはハッとする。
「…顔に出てたか?」
結構ね、と返され、これは不味ったと臍(ほぞ)を噛んだ。
今までも隠しているつもりで、実際はそうではなかったのかもしれない。
(気をつけよう…)
相手にマイナスの感情を与えることは、カイトの本意ではない。
しばらくは食事に専念することにし、他の5人の会話を何ともなしに聴く。

フリーセルは初等部5年からずっとA-IIIクラスらしく、自他共に認める秀才だった。
ダウトは初等部4年からA-Iクラスをキープし、中等部に上がってようやくA-IIに入ったとか。
風体の良さだけでなく、腕っ節も強いというのがフリーセルの談。
ミゼルカは流れがカイトとよく似て、初めのB-IIから2年ごとにクラスを上がったらしい。
ショーウィンドウのマネキンのような体型だと感じたのは強ち間違いではなく、ティーン雑誌のモデルをしていると言う。
ピノクルは成績の浮き沈みが激しく、AクラスとBクラスを行ったり来たりしていた。
彼はフリーセルと家が近所だと言っていたので、まさしく幼馴染のようだ。
そしてメランコリィも、ピノクル同様成績にムラがあった。
話し方や高飛車な態度から受けた印象は当然で、家はイギリスで1,2を争う出版社の創業一族だと。

彼らがわいわいと話している様を見ると、仲が良いのか悪いのか。
ピノクルとメランコリィは始終言い合い、互いに嘲り機嫌を傾け、時に意気投合してと忙しい。
ミゼルカとダウトは揃って涼しげ、寡黙で、表情の変化はあまり窺えない。
フリーセルはそんな彼らに笑ったり宥めたり、教室で話したときよりも表情豊かだ。

カイトがごちそうさま、と手を合わせたのを視界に入れたか、フリーセルがこちらを見た。
「いつもこんな感じなんだ。仲悪そうに見えるみたいだけど」
「ああ、うん…確かに」
この状態で、昼休みが終われば良い。
学校のある日は毎日、カイトはそんなことを願って過ごしている。
ささやかな願いではあるが、それが叶えられた日は1度だって無い。
食事を終えたメランコリィが席を降りカイトの隣までやって来たことで、今日もささやかな願いが叶わないことを悟る。

「さあ、大門カイト。わたくしのパズルを解いて見せて?」

カイトは親友と別れて以来、この瞬間が大嫌いだった。
解いてみせろと言われ、そして解いた後に相手が身を翻す、その一連の流れも。
見飽きた、なんて表現は生温い。
手渡されたパズルを見下ろし、カイトは思う。

毎日毎日起きる"それ"を覆してくれる相手なんて、やっぱり親友以外には居ないのだと。
〜邂逅2


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12.6.17

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