01.
校庭にずらりと並んだ机、机、机。
最後の机をどすんと所定位置に下ろして、大門カイトは肩をぐるりと回した。
「おーい、これで終わりか? 副部長さんよー」
眼鏡を掛けたパズル部副部長・武田ナオキは、うむ、と偉そうに頷いた。
「助かったよ。さすがはパズルの天才君」
「…机並べんのとパズルは関係ねえっての」
小さくボソリと呟き、カイトは周囲を見回す。
これは以前のように、カイトが勝手に作ったものではない。
パズル部が主催するイベントとして、巨大迷路を作成することになったのである。
「完成したってよ!」
「入ってみよう!」
待ち侘びていた生徒たちが、嬉々として迷路に足を踏み入れていく。
そうして楽しそうな彼らを見ると、やはりパズルは良いものだと思う。
「カイトー! 終わったー?」
迷路の外から、幼なじみの井藤ノノハが声を掛けてきた。
「おう! ノノハは迷路やんねーのか?」
前みたいに落ちたりしねーぞ。
言ってやれば、ノノハはムッと頬を膨らませた。
「うるさいわよ! …でもとりあえず、カイトのいるところから始めようかな」
「おいおい…」
ノノハは机をひょいひょいと乗り越え、カイトの隣に降り立つ。
ルール違反の代表例だ。
「お前なあ…」
「いいじゃない。固いことは言いっこなしよ」
カイトはパズル部員ではないので、何も言わないが。
ぐるりと迷路を見通して、ノノハはふむ、と両手を腰に当てた。
「これって、あの遺跡の迷路のアレンジ?」
「そ。さっすがノノハ、記憶力だけはピカイチだな」
「だけ、は余計よ」
いつものように軽口を叩き合い、並ぶ机に腰掛ける。
さすがに、力仕事の連続は疲れた。
乾いた風が迷路を吹き抜け、空へと戻ってゆく。
異変に気がついたのは、校舎の3階から校庭を見下ろしていたパズル部部長、軸川ソウジだった。
校庭の砂を運ぶ風が、徐々に渦を巻いてゆく様がよく見えた。
(なんだ…?)
風はさらに強くなり、机で組まれた巨大迷路を中心に渦巻いていく。
「まさか、竜巻か?!」
同じく校舎から校庭を見下ろしていた生徒たちも、異変に気づく。
「なあ、あれってマズくねえ?」
ソウジは声を張り上げた。
「おい! みんな校庭から離れろ! 竜巻が来るぞ!!」
えっ、とカイトとノノハも声の主を見上げた。
「竜巻?」
ゴウッと風が巻き上がり、思わず顔を覆う。
「なっ、なんだ?!」
風の先を見上げれば、天頂より傾いた太陽の眩しさに視界が眩んだ。
「「え?」」
カイトとノノハの声が、重なる。
眩い白に浮かんだ、黒。
落ちてくるそれは…人影?
『子鴉…っ、イッキ!!』
そして誰かを呼ぶ叫びが、真っ逆さまに落ちてくる。
「「危ないっ!!」」
落下地点に人は居ない。
ゆえにカイトとノノハが発した警告は、落ちてくる人影へ向けたもので。
声に人影がハッと目を見開き、カイトは色の違う蒼を見たような気がした。
…落下という、ほんの3秒にも満たない間の中。
その先を、カイトはコマ送りで瞳に映した。
人影が、真っ逆さまの状態から片足を勢い良く振り下ろす。
最中(さなか)に人影の足元から火花が散り、小さなホイールが照らし出された。
『"DrAgon-ClaW / Lv3"』
人影の向こうに、青磁を煌めかせる"龍"が、見えた。
「龍?!」
ノノハの息を呑む声と共に。
次の瞬間、何かの破砕音と突き刺すような風が周囲を襲った。
「うわっ!!」
カイトは己の背にノノハを庇い、細めた眼(まなこ)で人影の落下地点を追う。
…濛々と上る土煙の中に、ゆらりと揺れた影。
刹那、影の足元で何かが光り、一瞬にして土煙が風にかき消される。
立っていたのは、やはり人間だった。
紅のコントラストを持つ、黒一色に纏められた服。
髪は光の加減のためか、金色に見える。
大きめのゴーグルは黒く、目元は完全に覆われていた。
(あれ?)
ではなぜ、目が合ったような気がしたのだろうか。
カイトが疑問を抱くと同時に、相手がこちらを振り向く。
「…悪い。怪我しなかったか?」
「へ? ああ、うん、平気」
話しかけられ、相手が人間だと再確認。
同時に、その人物に一番近い位置に居るのが自分とノノハだったのだと思い当たる。
人影の周囲は、机であったものの残骸が粉々に散らばっていた。
しかしカイトの視線は、相手の足元へ吸い寄せられた。
(なんだ? あれ…)
銀色に輝く、靴のようなもの。
ローラースケートのような、インラインスケートのような。
けれどそれらとは、明らかに違う。
(どう見ても、メカっぽいよな…?)
その銀の基盤には、紅いラインを取り巻く黒い龍のレリーフ(浮き彫り)。
美しい流線型のフォルムだ。
周りをぐるりと見回した相手は、戸惑いの空気を纏っていた。
「…どこだ? ここ」
小さな呟きは風に乗り、カイトとノノハの耳にだけ届く。
2人の眼差しの先で、額を抑えた相手の身体がぐらりと傾(かし)いだ。
「っ、おい!」
慌てて駆け寄り間一髪、抱き留める。
「おい! 大丈夫か?!」
「しっかりして!」
声を掛けるも、反応はまったくない。
「カイト、とりあえず保健室!」
「お、おう!」
意識のない身体を肩に担ぎ、カイトとノノハは保健室へと急いだ。
What he had fallen from?
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11.10.10
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