02.  

それは、とても美しい顔をした少年だった。
歳の頃は、カイトやノノハよりも年上のようで。
「…モデルでもやってるのかな」
ポツリと零したノノハの台詞は、彼女が言わなければカイトが言っていただろう。
「にしても、空から落ちてくるとかあり得るの?」
「あり得ねえけど、落ちてきたんだろ」
暗闇に浮かぶ服装だった。
真っ黒な服に、真っ赤な刺繍模様。
ゴーグルは視界を狭めそうだが、実際は違うのかもしれない。
ふと沈黙した2人の視線は、ベッドで眠る少年の足元へと向けられる。

「なんだろうね、この靴…」

結局脱がせ方が分からず、そのままにすることにした靴。
靴と言うより、スポーツ用品であるインラインスケートのようだ。
前輪と後輪のタイヤの内、どうやら後輪の方に動力が入っているように思えた。
…後輪の内側から火花が散った様を、カイトはその目で見ている。
美しい流線型で形作られた靴は、見るものを惹きつけた。

「失礼するよ」

一声響き、室内に人が2人増えた。
√学園学園長である解道バロンと、生徒会長の軸川ソウジ。
「彼が、空から落ちてきた少年かい?」
ベッドへ視線を向けた解道に、カイトは頷く。
「さすがに警察に通報しても信じてもらえませんから、生徒たちには緘口令だけ敷いています。
それは君たちも例外ではないので、覚えておくように」
「分かりました」
「りょーかい。まあ、確かに信じないよな…」
人が空から落ちてきました、なんて。
「ところでカイト君、ノノハさん。その少年の一番傍に居たのはあなた方ですね?」
返答したのはソウジだった。
「ええ。ちょうど2人の2、3m先で、机が粉々になっていたので」
「えっ、粉々?」
ノノハのオウム返しに、ソウジは同じく返す。
「そう、粉々だ。そこの彼が立っていた周囲が、鋭い刃物で切り裂かれたようにね」
そういえば、とカイトは思い出す。
(ドラゴン・クロウ、って聴こえたような…)
「推測するに、彼の履いている"靴"が原因じゃあないかと」
ソウジの言葉はまさしく推測でしか無いが、他に理由があるとすれば。
「…あとは、あん時の風くらいか」
風は周囲一帯を覆っており、ほんの一部だけを破壊するのは難しかったはずだが。



ーーー猛る風同士がぶつかり合う。

一方は暴風を、一方は嵐を。
溢れ出た力は"空の玉璽(レガリア)"を予期せず発動させ、さらに"天牙(てんが)"をも呼応させた。

天牙の核(コア)が輝き、そしてーーー目が、覚めた。

近い位置に天井が見えることも、視界が暗くないことも、ズキズキと響く鈍い頭痛も。
きっとこれから判明する事柄には、なんの意味もなかったことだろう。



意識の浮上。
それは水面に浮かぶ波紋のように、ただ静と共に。

目覚めゆっくりと身を起こした少年が始めに見たのは、カイトだった。
ちょうどベッドの足元の丸椅子に座っていたので、当然といえば当然か。
だが目が合った瞬間、カイトは息が止まった。

深緑と深蒼の、双眼。
呑まれるほどに深い、色彩。

ふいとカイトから逸らされた視線は、ノノハ、ソウジ、解道と移る。
「どこだ? ここ」
その台詞は、彼が倒れる前にも聞いた気がした。
「…私立√学園の、保健室だよ」
微妙な間が置かれたソウジの解は、カイトが息を呑んだ驚愕に同じく晒されたためだろう。
「√学園? なにそれ…」
そんな変わった名前、聞いたことないし。
後ろに続いた言葉は、独り言らしい。

「あんた、空から落ちてきたんだ。覚えてない?」

乾いてしまった喉でも、声は発せられた。
カイトの言葉に、少年の視線がこちらへ戻る。
「…危ないって言ったのは君?」
「そう」
それは良いとして、と少年は片手で額を抑えた。
「何で俺はこんなとこに居るんだ?『塔』であいつらの戦闘(バトル)に割り込もうとして、そしたら…」
彼はハッと目を見開く。
掛けられていた毛布を跳ね除け、ベッドの縁に座るとあの銀色の靴(?)を確かめる。
しばらくすると、その表情にホッとしたような微かな笑みが浮かんだ。
(あ、…)

カイトはその時、確かに彼に見蕩れた。

「あ、あの…」
ノノハの声に、カイトは少年共々、我に返る。
彼女は少年の靴を指さし、この場の誰もが問いたかった疑問を投げた。

「その靴、何ですか?」

少年はぽかんと彼女を見返す。
ノノハは正面から見つめられ、赤面した。
「何って、A.T(エア・トレック)だけど」
カイトたちには、まったく覚えのない音列だった。
もしかして知らない? と呟かれ、視線が戻ってきたカイトは頷く。
「…それってさ、メカだよな?」
「メカ? ああ、うん、そうだな。モーター入ってるし」
カイトは自分の背後を、学園長の解道を振り仰ぐ。
彼はやはり、首を横に降った。
困ったなと頭を掻きながら、カイトは少年へ告げた。

「知らないっつーか、無いと思うぜ。
モーター内蔵のインラインスケートなんて、どこの国にも」

聞いたことも無いし、と。
無い、という言葉に、少年は目に見えるほど動揺した。
「A.Tが、無い?」
なぜ?

その問いに答えられる存在は、きっと。
(神様ってやつだけなんだろう)
カイトはそんなことを思った。
Encounter with the Unknown.


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11.10.16

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