01.  

「僕たちはオルペウス・オーダー。君には僕たちのゲームに参加してもらうよ。大門カイト君」

宣戦布告は、あくまでもスマートに。
1人足りないけどね〜、と帽子を被った少女が呟いたことを除いて。





顔見せはオシマイ。
始めから、予定はそれだけだった。
すらりとした少女が、帽子を被る少女へ視線を向ける。
「余計なことは言わなくて良いのよ、メランコリィ」
メランコリィと呼ばれた少女は、だってぇ、と口を尖らせた。
「せっかくの顔見せだって言うのに、好き勝手じゃなくて?
ミゼルカお姉様はそう思わないの?」
我侭過ぎますわ、と帽子のつばを直す。
「アイツの我侭は今更だろう」
一際風体(がたい)の良い少年を見上げ、メランコリィは膨れた。
「ダウトまでそんなこと言って。だから調子に乗るのよ」
「調子に乗ろうが乗るまいが、アイツの実力は変わんねえ」
文句言うなら、勝負して勝ってこいよ。
赤みがかったサングラスを掛けた少年…ピノクルは、意地の悪い笑みでメランコリィを見下ろした。
言葉に詰まった彼女の前、フリーセルはひょいと肩を竦める。
「どちらにせよ、僕らは"彼"の行動を御する権限を持たない」
あっても御する気は無いけどね。
そんな台詞に、メランコリィは小さな溜息を吐いた。
「ほんと、特別扱いが過ぎますわ…」
自分も、含めて。



「あ、おかえり」

拠点としているホテルの一室。
フリーセルたちを出迎えたのは、1人の少年と1人の青年だった。
1人掛け用ソファに座っていた青年が立ち上がり、備え付けの電話機を手にする。
「おかえりなさい。何を飲みますか?」
ルームサービスを頼むという意味だが、すでにこのやり取りは慣れたものだ。
「オレはコーヒー」
「私もコーヒーで」
「烏龍茶」
「私は紅茶! ダージリンでね!」
「じゃ、僕も紅茶で」
答えた口で、フリーセルは問い返す。
「ホイストとは?」
青年…ホイストは微笑む。
「私たちの分は、まだありますから」
示されたテーブルの上には、確かにティーセットが2つ並んでいる。
ポットからは湯気が微かに立っており、時間はそう経ってはいまい。
判断してから、フリーセルは3人掛けソファに座る少年へ視線を向けた。
誰もの目を奪ってしまう、少年に。

。ちゃんと見てた?」

と呼ばれた少年…正式にはという…はフリーセルを見上げ、にっと口の端を上げた。
「見てたよ。中々に面白かったな」
見る者を射抜く2色の彩は、偽りがないことを語っていた。
…深い森と深い泉のオッドアイは、絡んだ視線を引き摺り込む。
二度と戻れないような場所まで。
彼の隣へ腰を下ろして、フリーセルは笑った。
「なら良かったよ。途中で見るの辞めてたらどうしようかと思った」
本心を嘆息に込めれば、よく分かってるじゃないかと笑みが返る。
ただし、計算された笑みだ。
彼は己の容姿が周囲へ与える影響を鑑みた上で、表情を変える。
それを見分けるのは、中々に骨が折れる作業だ。

反対側のソファへ腰を下ろしたメランコリィは、帽子を取ったその手をへ突き付けた。
「どうして来なかったんですの? メンバー全員が揃う手筈でしたでしょう?」
貴方はいつもそう!
眦を釣り上げた彼女を見、は答えではなく疑問符を投げる。
「メル。俺の行動指針は?」
不意打ちで愛称を呼ばれ、メランコリィは若干反応が遅れた。
「えっ…と、面白いことと楽しいこと」
「そ。今日俺が顔見せに参加してた場合、それが半減した」
ソファの背にもたれていたピノクルは、興味深げにを見遣る。
「へえ。どんな手を考え付いたんだよ?」
彼を以てして"半減"とは、相当なものだ。
言外に込めれば、は楽しげに笑う。
(これは素だな)
猫のように相手を煽る『』という人間を、ピノクルは未だに掴み切れていない。
他のメンバーもそうだろうし、特に彼と近しいフリーセルでさえそうだ。
(猫じゃねえな。じゃなきゃ、牙で喉笛喰い破られるなんてあり得ない)
実態は豹だろうか。
下手に手を出して地獄行きになった人間を、何人も知っている。
深緑と深蒼の目を細め、は答えた。

「√学園に転入するんだ」

事前に聞いていたホイストを除き、誰もが絶句した。
「転入、って…。まさか生徒として通う気?!」
「もちろん」
メランコリィはまだ何か言おうと口を開閉させたが、結局言葉は出なかった。
呆れた、とミゼルカは遊ばせていた手を腰に当てる。
「貴方のことだから、真正面から文句なしなんでしょうね」
正解、とばかりに合わせられた視線に、ピリと背筋へ電流が走る。
それが悪寒なのか歓喜なのか、ミゼルカが判別出来た試しはない。
「大門カイトを含め、『Φブレイン』候補に近づく布陣も整った。後は俺自身が出向くだけ」
相変わらず厳しい眼差しのダウトが、を見据える。
「念のため聞いておくが、それはオーダーの目的に適う行動なんだろうな?」
彼の難点は、真面目過ぎることだ。
がそれを進言したのは、初めの1度だけ。
「割合にすれば3割くらい。十分」
ダウトにしてみれば少なすぎると言うところだが、相手が悪い。
「…確かに、お前にしては十分だな」
の行動要因から考えれば。
「だろ? それに、俺の出番なんて元からほとんど無いんだし」
その台詞は、コーヒーカップに口を付けようとしたミゼルカを再度呆れさせた。
「それは貴方が入れようとしないからよ…」
「だって俺、あんまり数創れないし」
「…そうだけど」
もパズルを創ることは出来るが、個数を稼ぐことが難しい。
それには彼の創るパズルと、彼自身の特性が関わってくる。
青磁のティーカップを静かにソーサーへ戻し、フリーセルは思いついた事柄に笑みを零した。
「ねえ、。もしかしてさあ」

僕らのパズルに挑戦しようとしてない?

彼以外の目がぎょっとへ向き、当の本人は涼しげに。
「当然だろ?」
と、至極愉快げに宣(のたま)った。
そうして開いた口が塞がらない面々へ、選択肢を。
「難易度を上げるも下げるもお前ら次第。俺の介入を阻止するかどうかも、お前ら次第。
せっかく規模のでかいゲーム吹っ掛けたんだ。出来ることは最大限に、な」
本当に楽しみなのだろう。
色違いの双眼がキラキラと輝いている。
「…っとに楽しそうな顔しやがって」
ピノクルは額を抑え、呆れとも苦笑ともつかぬ表情を作った。
しかし感情は沈むというより、むしろ逆だ。
「お前が何をしようが構わん。オレはオーダーの命に従うのみ」
我関せずとばかりに言い切ったダウトには、毎度ながら感心した。

「メランコリィ?」
帽子を指先でくるくると回すメランコリィに、ミゼルカは問い掛ける。
「…分かりましたわ」
問い掛けで決心が付いたか、メランコリィはつと顔を上げた。
何が? と視線を彼女へ向けたに、右の3本指を立ててみせる。
「3枚。うちのティーンズ雑誌用にモデルをしてくれたら、この一件と√学園転入の件はチャラにしますわ」
するとはあからさまに顔を歪めた。
「ふざけんな。表紙が3回、の間違いだろ」
過去の事例からして、写真3枚で済むわけがねえ。
メランコリィは笑った。
「よくお分かりですわ。それに、うちの社名使用料も込みですから」
スカウトされたときに、うちの名前を使って撃退してますわよね?
図星だったか、が口を閉じた。
こうなれば勝ちは決まったも同然だ。
「メランコリィ、雑誌が出来たら私にも頂戴ね」
「もちろん! 刷り上がったらすぐに空輸させますわ」
なぜ空輸かというと、彼女の言う"雑誌"は日本国内出版ではない為だ。
「うっわ…」
ファッション雑誌の話で盛り上がる女性陣に、は心からの溜め息を吐く。
そんな彼に、フリーセルも口角を上げた。
「良いんじゃない? ちゃんとギャラは払ってくれるんだし」
僕の分も送ってね、メランコリィ。
「そういう問題じゃねえよ…」
ちゃっかりと自分の分を予約するフリーセルに、脱力する。
(まあ良いか)
明日からの楽しみを、邪魔されずに済むのなら。



ーーー宣戦布告を忘れたかのように、彼らの夜は更ける。
Let's play up!


  >>



12.4.22

閉じる