03.  

「あっ、あいつ昨日の!」
「うそっ?!」
静まり返った教室で、カイトとノノハは唖然と視線を交わす。
彼の服装は√学園の制服に変わっているが、なんということだろう。
「うちの制服って、あんなに格好良かったっけ…」
「オレに聞くなよ…」
ノノハが思わず聞いたのも無理はない。
カイトやギャモンは私服だが、大抵の男子生徒が制服を着ている。
だが、と名乗った彼と他の生徒達の制服が、どう見ても同じに見えない。
「美形ってすごい…」
どこか冷や汗気味に呟いたノノハに、カイトは苦笑いするしかなかった。
(…ん?)
カイトの席は、窓際の後ろから2番目。
本当は1番後ろであったが、数日前から空白の机が増えていた。
ちなみにノノハは、通路を挟んでカイトの隣だ。
担任教師と何事か言葉を交わして、は思った通りその空いた席へとやって来た。
「昨日言ったとおりだろ?」
席へ着くなりそう笑った彼に、単純な疑問が浮かぶ。
「どのクラスに入るって聞いてたのか?」
「クラスは聞いてないよ」
「は? じゃあ何で…?」
彼は軽く肩を竦めた。
「名前聞いて分かったと思うけど、俺日本人じゃないからさ。
念のため英語が流暢な奴が居た方が良いって言ったら、お前の名前が出た」
「ああ、なるほど」
やや色の薄いサングラスの向こうで、涼し気な目元が笑う。
そういえば、昨日もサングラスを掛けていた。
「目、なんか悪いのか?」
尋ねたカイトに、は首を横に振る。
「目が悪いわけじゃないけどね。後で教えてあげる」

席が近いだけで、ここまで気安く話せるものなのだろうか。
(カイト…皆の視線が痛いよ…)
ノノハはこっそりと嘆く。
やたらと目を惹く転入生と会話し始めたカイトに、教室内の視線が痛いほど刺さるのも、無理はなかった。



昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。
(うわ…凄い人)
何気なく廊下へ目を向けたノノハは、内心で溜め息を吐いた。
やや早く終わったらしい他クラス…学年?…の生徒たちが、廊下に野次馬の如く集まっている。
「あれ?」
その人混みをするりと抜け、教室後ろの扉から顔を覗かせたのは。
「軸川先輩?!」
ノノハの声に同じく軸川ソウジの姿を見つけ、カイトは立ち上がる。
「軸川先輩、どうしたんすか? わざわざ」
カフェテリアではなく、わざわざ教室まで訪ねて来た訳を尋ねた。
ソウジは苦笑する。
「いやあ、ギャラリーが凄そうだったからね。それに、昨日は僕が遅れたせいでニアミスしてしまったし」
気づいたカイトはに彼を示した。
「あの人が軸川ソウジ先輩。生徒会長の」
目を瞬いたは、一拍置いた後ソウジへ歩み寄った。
「昨日はもっと待つ予定だったんだけど、身内に呼び出し食らってさ」
間近で彼を見たソウジは、周囲がさっと静まった意味を文字通り痛いほど理解する。
…咄嗟に言葉が出なくなるのだ。
ただそのような反応も慣れているようで、彼は返答を特に急かしはしなかった。
ソウジは手持ち無沙汰に頭を掻く。
「いやあ…、あんまりにも君が美人過ぎて、次の台詞が飛んでしまったよ」
ずっこけそうになったのはカイトとノノハだ。
「ちょっ、何言ってんだ軸川先輩」
「ナチュラルに口説き文句よ…」
呆れつつ、2人もとソウジの傍へやって来る。
「そういえば、昨日が軸川先輩待ってたのって何なんだ?」
すると彼は答える前に訂正を入れた。
、で良いよ。俺もカイトって呼ぶし」
「そか。分かった」
(だ、か、ら!)
この2人はなぜこうも、至って普通にこんな会話を交わすのか。
ノノハは内心で嘆く。
(視線が痛いのよ…!)
特にカイトに向けられる視線が。

ソウジは手にしていたプラスチックケースから、1枚のボードを取り出した。
「カイト君もいるし、ちょうど良いか。ちょっとこれを解いて欲しいんだ」
そうしてへ差し出されたボードを見て、ノノハが複雑な声を上げる。
「え…なにこれ…」
9×9マスのナンプレであることは分かるが、大きく×を描くように対角線上に点線が引いてあった。
カイトが説明する。
「普通のナンプレに、対角線上の数字も揃えるってルールを付加したタイプだ。
しかもこれ、結構難易度高いな…」
彼の評価に、ソウジは笑う。
「昨日、武田君のナンプレをカイト君並の速さで解いたって聞いたからね」
周りに集まっていた生徒たちが、途端ざわめく。
が手にしたパズルを見た生徒の中には、2時間は掛かるパズルだと零す者もいた。
ボードに留めてあったボールペンを手に、は目を輝かせる。
「こういうのを"解きたくなるパズル"って言うんだよな。昨日のはてんで駄目」
カイトは吹き出し、ソウジは仮にも副部長である武田ナオキに対して同情を禁じ得ない。
「あっはっは、手厳しいね。伝えておくよ」
また数秒パズルを眺めたが、くるりと指先でペンを回す。
そうして書き込まれた、初めの数字は。

「えっ?」

ソウジが思わず声を上げるほど、あり得ない位置だった。
だが、数字は間違っていない。
は要所要所で3秒近く考え込みながら、数字を埋めていく。
いい加減空腹だろうに、集まった生徒たちも皆、固唾を飲んで彼がパズルを解く様を見守っている。

「はい、答え合わせ」

都合3分強。
返されたボードを見下ろして、ソウジは感嘆を溜め息に替えた。
「素晴らしい。正解だよ」
途端、ギャラリーが沸き立つ。
しかしは首を傾げた。
「で、今のパズルは何のため?」
ボードを元の通りに片付けて、ソウジは胸ポケットから名刺サイズのカードを取り出す。

「おめでとう。今日から君は『エルステッド』の称号を持つ生徒だ」

カイトも持っている、学園長が認定した"称号持ち"である証明カード。
ざわめきが、滝のようなどよめきに変わった。
Put the speculation to the greeting.


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12.5.13

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