05.  

クロスフィールド学園の制服を見て、懐かしいと思ったのはカイトだけではない。
(久々に見たな、あの制服)
何せはクロスフィールド学園中等部を1年終えた後、単身アメリカへ渡ったのだ。
もちろん、学園長の推薦状は手にしていたが。

「正式に、君たちに決闘を申し込むよ。古きファイ・ブレインの子供たちへ」

フリーセル。
ピノクル。
メランコリィ。
ダウト。
ミゼルカ。
彼らはちょうど5人、は口角を上げた。

「それ、俺も数に入ってるって考えて良いんだな?」

ギャモンが真っ先に反論する。
「ちょっと待て! お前はこいつらと因縁あるわけじゃねーだろ!
こんな危険な連中のゲームに巻き込まれる道理はねえ!」
意外と常識人だな、という感想を持ったのはフリーセルだった。
しかしギャモンに対し反論を擁したのは、当の本人で。
「正論であることは認める。けど、俺がやりたいからやる」
「なっ」
そんな無茶苦茶な、という言葉は、残念ながらには届かない。
なぜなら、彼の中では矛盾が発生していないのだ。
フリーセルは助け舟を出してやることにする。
に対して。

「僕たちは構わないよ、・グレインさん?」

クロスフィールド学園きっての秀才と謳われた、貴方なら。
「えっ?」
カイトの視線がこちらへ向き、は肩を竦めた。
「中等部までは、な。そこで飽きてアメリカに行ったけど」
どうやったら飽きるのかと思ったが、口には出さずにおく。
「クロスフィールド学園の生徒で、彼の名前を知らない者はいないわ」
ミゼルカもフリーセルに続く。
別に、手助けをしようと考えたわけではない。
機会があるなら、戦いたいのだ。
(クロンダイク様ご本人が勧誘した、『枯れぬ薔薇』と)
1度見れば忘れられぬ美貌。
恐ろしく優秀な頭脳。
そして、優秀であるがゆえの素行の悪さ。
ちょっと視線が遠くなってしまったことについては、許してもらいたい。



移動の車の中、ピノクルは後続の車を横目で見遣りフリーセルへ問う。
「良いのかよ? 本当に」
フリーセルは何を思ったか、自身の携帯電話をピノクルへ見せた。
「良いんだよ」
開かれているメールの文面には、たった1文だけ。

『リングくらい使わせてやるよ』

余りにも尊大な物言いだが、それが逆にらしすぎた。
「んじゃ、お手並み拝見と行きましょうかね」
敵に回って初めてのゲーム。
楽しみにせずに何とする?



直線にのみ動くパネルで中央のゴールを目指す、その名はリンク・シューター。
中央の審判位置に立ったホイストが、カードを切った。
「それでは、対戦カードの順番を決めましょう」
は何を思ったか、彼に声を投げた。
「俺は1回戦固定でよろしく。相手は誰でもいいよ」
ギャモンがその隣でがっくりと項垂れた。
「お前…本っ当にマイペースっつうか、唯我独尊ってか?」
は何でもないように笑う。
「様子見は必要だろ? 因縁のあるお前らじゃ、そんなことは言ってられない」
…正論だ。
ホイストはオーダーメンバーへ了承を取り付け、再度カードを切った。

「では1回戦の対戦相手を。…メランコリィ様と、様です」

メランコリィは帽子の鍔を下げた。
「あら、光栄ですこと」
彼女はゆっくりとパズルへ降りていく。
(さて、はどうする気なのかな?)
同じく降りるを見遣り、フリーセルはパズルを見下ろした。
…このパズルの心髄は、相手の動きを読むことにある。
よく見知った相手を前に、彼はどこまで隠し通せるのだろう?

始まりのパネルに乗り、メランコリィは震えそうになる手を強く握った。
(大丈夫、ですわ)
これは武者震い。
運が良ければ、"本気"を出した彼と戦える。
口元には自然と不敵な笑みが浮かんだ。

「そちらは皆様、貴方のことをあまりご存知ないようですわね」

帽子のずれを直し、問うてみた。
いつものように、彼は余裕を印象づける笑みで返してくる。
「ま、会ってまだ2週間くらいだし」
そう。
たった14日だ。
しかし彼は非常に楽しそうで、現に今も。
(…ムカつきますわ)
に、ではない。
今彼と共にいるカイトたち5人が、だ。
(どうせなら)
本気で戦ってもらおう。
メランコリィは己の左手首を見せるように掲げた。
「貴方が相手なら、不足はありませんわ。始めから全力で行きますから、そのつもりで」
嵌められたオルペウス・リングが輝きを放ち、彼女の左眼は紅い色を灯した。
…腕輪が発動した者の思考は、加速する。
言動と行動は目の前のパズルへと固定され、メランコリィは口の端を釣り上げた。

「貴方も本気でやってくださらない? ねえ、"Not withered Rose"?」

Not withered Rose、枯れぬ薔薇。
その単語が示す意味を、カイトたちは誰1人として知らない。
だが。
…?」
言われた彼の様相が変異したことは、上からでも見て取れた。
「あの馬鹿…っ!」
思わず舌打ちしたのは、ピノクルだ。
がそう言われんの大っ嫌いだっての、知ってんだろーが!)
後の祭りとはこのこと。
静かに盤面を見下ろし、フリーセルは指を唇に当てた。
(さて、どうなるかな?)

視線を足元へ向けたが、口の端を吊り上げる。
「…俺のことを知ってるのは結構だけど、それが最高の挑発だってのは知らなかった?」
サングラスの向こう、燦然と輝く深緑と深蒼がメランコリィを射抜く。
敷かれた笑みは、その美貌を凶器へと変える。
(ふふっ、それでこそ)
鳥肌が立ったとしても、メランコリィはやり過ぎたとは思わない。
ホイストが高々とゲームを宣言した。
「それでは…Game Start!」



ミゼルカがを『優秀過ぎる』と評したことは、決して間違ってはいない。
彼は例え激昂したとしても、脳の一部が冷静さを保つ。
(まるで計算されたように)
黙々と、着々と、パネルがスライドしていく。
「カイト…。これ、何がどうなってるの…?」
ノノハには、とメランコリィの双方が、秩序無く動いているようにしか見えない。
カイトはパズルから視線を離せなかった。
「…すげぇ心理戦だ」
一進一退、どちらも同じだけ中央のパネルへ近づいている。
「あ? 何やってんだアイツ…」
眉を寄せたギャモンに、カイトも倣う。
(今の手はいったい…)
カイトが不思議に思った一手は、フリーセルも首を傾げた。
「いったい何を…?」
また。
また、だ。
少しずつ、の不可解な手が増えていく。
盤上ではメランコリィが苛々とパネルを踏んでいた。
「…何をなさっているんですの?」
真面目にやってくださらない?
可憐な容姿が、きつく吊り上がった眦で凄みのある険に変わる。
しかしは悠々と、ペースを変えず淀みなくパネルを移動させる。
「分かんねえなら、それで良いよ」
さらに数分。
階上で、カイトはハッと目を見開いた。
その隣でギャモンもまた息を呑む。
「あいつ…負けるぞ」
残り3手、いや…2手。
すると彼らの横で、アナが不意に歓声を上げた。

「すごーい! 蛇だ!」

何のことだとカイトが彼女を振り返ったそのとき、ゲームセットの鐘が鳴った。
「Game Set! 勝者、メランコリィ様です」
中央のパネルで、メランコリィは数マス先のへ勝ち誇る。
「わたくしの勝ちですわね」
だがは意味有りげに笑む。
「さあ、どうかな?」
そこでようやく、メランコリィはパネルの配置が異様なことに気づく。
「メランコリィ…!」
頭上から落ちたミゼルカの声が、微かに震えていた。
身を翻し、上の階へ駆け上る。
そうしてリンク・スライダーを見下ろして、メランコリィの背筋はゾッと凍った。

蛇、だ。
オルペウス・オーダーのシンボルが、パネルで象られている。

やや歪ではあるが、中央のパネルは眼。
中央からほぼ対照に曲線を描いたパネルは、全体を見透かせばS字となっている。
こちらを見上げたが、嗤う。
「俺の目的は、始めから"これ"だよ」
お疲れ様、メランコリィ?
結果を理解した瞬間、カイトたちでさえぞわりと背筋が寒くなった。
「なんてヤツだよ…」
ギャモンの精一杯の悪態が、彼らの心をすべて物語る。
は負けた。
しかしこれは、まさしく『ゲームに負けて勝負に勝つ』の体現だ。
それも、相当な心理的苦痛を伴わせて。

ふらり、とよろめいた足を、メランコリィは最後の意地で踏み締めた。
何か文句を言おうと思っても、戦慄いた唇は言葉を発せられない。
そんな彼女を軽く振り返り、フリーセルが笑う。
「どうやらやり過ぎたみたいだね、メランコリィ」
確かに彼女は勝った。
だが、本人だけでなく観戦していた自分たちでさえ、この精神的ダメージだ。
勝利の余韻など、露ほども無い。
Imperial wrath of rose


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12.5.28

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