調査兵団104分隊!

(3.第3分隊の帰還)




鐘の音が鳴り響く。
「開門!」
号令と共に、シガンシナ区の南門がゆっくりと上がる。
周囲の巨人は先行した調査兵と駐屯兵団が掃討し、危険はない。
馬の蹄が石畳を叩き、それが合図となったかのように群衆の波が吼えた。
「調査兵団が帰ってきたぞ!」
「おかえりなさい!」
「エルヴィン団長、首尾は如何ほどでしょうか?!」
行きの頃より縒れた格好を晒しながら、ハンジは馬上で苦く笑う。
「…いやぁ。ほんと、気持ち悪いくらいの声援だわ」
「分隊長、聴こえますよ」
隣から副官のモブリットが窘めるが、表情からして彼も似たようなことを思っているに違いない。

調査兵団の帰還の隊列は、出立時の隊列と並びが違う。
出立時、また行軍時でも第1、第2分隊のすぐ後方に展開していたリヴァイ班は、殿(しんがり)に居る。
先頭のエルヴィン、そしてハンジとミケの後ろには、隊長であるエレンを除いた第3分隊が行きと同様に並んでいた。
誰もが気を抜く可能性の高い帰還の行軍は、致死率も高い。
ゆえにリヴァイ班が後方から睨みを利かせる、というのが理由だ。

「おーい、丸刈りの兄ちゃーん!!」
「ポニーテールのおねえちゃん!」
雑踏から見た目を名指しされ、コニーとサシャは馬上で視線を巡らせる。
こっちこっち! とユニゾンした声を追えば、そこには出立時に言葉を交わした子どもの姿があった。
「おっ、お前ら出るときに話したガキんちょか!」
「出迎えに来てくれたんですか!」
南門を閉める都合上、隊列の途中で止まることは出来ない。
他にも何人かの子どもたちが、コニーとサシャを追うように街道を歩き着いて来る。
「なあなあ。"104"って書いてる兵士の人、1人足りないよ」
「え?」
数えてたのか、と逆に感心した。
巨人に喰われちまったのか? と怯えた様子の子どもに、真実違うのでサシャは隊列後方を指差した。
「違いますよ。1人はリヴァイ兵長と同じ班なので、一番後ろです」
足を止めて後ろを振り返り、子どもたちは口々に歓声を上げる。
「じんるいさいきょうのひとだ!」
"人類最強"という物々しい二つ名であるが、背丈が兵士の中では随分と低い方なのだと知ったら、彼らはどうするだろう。
想像してしまったコニーは噴き出した。
("ちっちゃい!"とか目の前で言いそう…!)
なぜか腹を抱えて馬上で蹲ったコニーを、サシャは不思議そうに見ている。

リヴァイ班の全員が門を潜り、シガンシナの南門はゆっくりと下りていく。
ズゥン! と腹に響く音を背後に、エレンは自分の名を呼ぶ声を聞いた。
「エレン!」
街道に、両親の姿がある。
涙ぐんでいる母カルラの姿は、十数年ぶりの再会となったあのときに、脳裏に焼き付いた。
だから、見間違える訳がない。
「へえ、エレンはおふくろさん似なんだな」
「ほんと、美人なお母様だわ。エレンにそっくり」
エルドとペトラがそんな言葉を発し、エレンの頭に疑問符が回った。
(俺に似て美人…?)
よく分からない。
カルラの肩を抱いて支える父グリシャの唇が、『おかえり』と言葉を象る。
他の歓声に紛れて音が聞こえなくても、それはしっかりとエレンに届いた。
「…ただいま」
きっと、返した声も聞こえてはいなかっただろう。
それでもホッとしたように相好を崩した両親に、こちらも自然と笑みが浮かぶ。

「あっ、金眼のにーちゃんだ!」

沿道を向こうから走ってきた子どもたちの1人が、エレンをそう呼んだ。
…本来の仕事柄、エレンは人の顔と名前を覚えることが特技である。
ためにその子どもが、出立前にコニーやサシャと話していた子どもだと即座に分かった。
「なあ金眼のにーちゃん! にーちゃん、"104"って書いてるにーちゃんたちのリーダーなんだろ?」
「マントに書いてる"104"って、なんて読むの?」
ひゃくよん? いちまるよん?
「おいガキども。お前らはどっちが良いんだ?」
エレンが口を開くよりも先に、オルオが子どもたちへ尋ねた。
(意外だ…)
そういえば、兄弟が多いのだと言っていたっけ。
「んー、"いちまるよん"の方が長いよね」
「けど"ひゃくよん"って言いにくいぞ」
子どもたちの会話に、グンタが混ざる。
「そうだな、"いちまるよん"だと語呂が良いかもな」
「グンタさんまで、何言ってるんですか…」
数字の読み方なんて、エレンには心底どうでも良い。
「いや、結構大事なことだと思うぞ? 俺は」
エルドまで言い出した。
「ほら、エレンが第3分隊の隊長なんだから、エレンが決めなくちゃ」
ペトラまで参戦して、益々意味が分からない。
…壁内へ帰り着き、張り詰めていた緊張が解けた所為だろう。
リヴァイはというと、完全に我関せずを貫いている。
「だいさんぶんたい、っていうの?」
「そうよ。マントに"104"って書いてあるお兄ちゃんたちが所属してるの」
「へー!」

沿道を着いて来る子どもたちは、ワクワクとした眼差しでエレンの答えを待っている。
(うわあ、めんどくさい)
子どもがある意味で面倒な人種であることを、久々に思い出した。
エレンは明後日の方向を見遣る。
(まあ"104期生"とか言って通じるの、兵士くらいだしな)
数秒考えて、途中で考えることが馬鹿らしくなった。
「それじゃあ、」
子どもたちへ視線を下ろせば、うんうん! と楽しげな相槌が返る。

「俺たちの"104"の読み方は、『いちまるよん』な」



調査兵団第3分隊。
彼らが『104(イチマルヨン)分隊』と呼ばれるようになるのは、まだもう少し先ーーー。
--- 調査兵団104分隊! end.

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2014.7.30
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