Got ist tot.

(2/ましてや神でもない)




("これは高位聖職者及び一部貴族のみが読解を許され、受け継がれているものである")
とうに火の消えた燭台を左手にした少女が1人、階段を登っている。
目前に現れた踊り場で足を止め、少女は右手の革張りの本…なんと高価なものか!…を小脇に抱え直した。
ちろちろと未だ燃える備え付きの燭台へ火消しの器を被せ、役目を終わらせる。
そこで蝋燭の長さを目測し、遊びの広い衣服の袖から新たな蝋燭を取り出し、取り替えた。
明り採りから溢れる日差しは柔らかで、時折朝の早い鳥たちの影を映し出す。

チャリン、と首から下げた鍵が音を上げた。

短くなり取り替えた蝋燭を手にした燭台へ乗せ、少女はさらに階段を登る。
(7つの扉と、7つの鍵)
ここへ至るまでの間に、2つの扉を潜った。
使った鍵は2つ。
どちらも朝の礼拝後、別の"管理者"より借り受けなければならない。
衣服の胸元を広げ、少女は首に下げた鍵を取り出した。
(3つ目の、鍵)
コツコツ、と己の足音が壁を反射し、階段を上へと登っていく。
そうして立ち止まった先には、真鍮の装飾を施された、細く大きな扉。
(3つ目の、扉)
両翼を広げた鳥を象るドアノッカーを叩き、5秒間。
返事がないことを確認し、首から下げた鍵を大きな錠前に差し込んだ。
(この錠前の絵は、どういう意味なのだろう?)
開かれた片方の掌を中央に、翼が両側に描かれた錠前。
毎日訪れる度に首を傾げる彫刻は、何を示すのか。
ギィイと見た目通りの重さを聞かせた扉は内側へ開き、開いた隙間から少女は身を差し入れる。
扉は自重により閉じ始め、ガタン、とやはり重い音を上げて閉じた。

日差しを用いる建築を為された、八角形の部屋。
窓は八角形の辺にあたる部分に1つおきに。
意匠を施された白いレースのカーテンは、先程の扉の風圧でひらりと揺れている。
扉脇の袖机に燭台と本を置き、少女は部屋の中央へ向かって深く頭を下げた。

「おはようございます。『エレン様』」

部屋の中心、今では手に入らぬ黒檀で誂えられた寝台。
清潔なシーツに包まれて、少年が1人、眠っている。
("彼の者、人に非ず")
頭(こうべ)を上げた少女は、静かに寝台へ歩み寄る。
("彼の者、人の脅威たる者に非ず")
眠る人のさらりとした髪をそっと梳き、触れた指先を頬へおそるおそる乗せれば、柔く温かい。
("彼の者、大いなる杜(もり)の瞳を持ちて")
離れ難いと訴える指先を離し、眠る人の胸元へゆっくりと頭を垂れて右の耳を押し付ける。
("彼の者、太陽と月に輝く美しき瞳を持ちて")
とくり、とくり。
非常に緩やかと刻まれる心臓の音色に、ほぅと息を吐いた。
("彼の者、人に非ず者を供に")
眠る少年の先…ベッドの頭側に置かれた2脚の椅子には、2体の"人形"が座っている。
ベッドを間に挟み、まるで門先の守護者の如く座する人形には、細やかな刺繍を施された白布が掛けられていた。
包むのではなく、雨除けに被るケープのように。
ゆえに緩く開いた前の合わせからは、"人形"の顔がちらりと覗いていた。

扉側から見て左には、黒髪の少女の人形。
扉側から見て右には、金髪の少年の人形。

この2体の"人形"が生きているのではないかと疑問を覚えたのは、この部屋に出入りするようになって初めての日曜日だった。
日曜日は眠る少年の、ベッドシーツや枕カバーを新しいものに取り替える日だ。
この日ばかりは少女1人の手には余るので、すでに成人している先輩シスターたちが手伝ってくれる。
先輩シスターが眠る少年の身体を抱き上げ、その間にシーツと枕カバーを他のシスターと協力して取り替えるのだ。
そうして少女が日曜日特有の仕事に戸惑いながらも役目を完了し、何気なく部屋の中を見回したとき。

黒髪の少女の"人形"と、目が合った。

ケープに見え隠れする向こう側、影より尚暗い黒耀の眼が、確かにこちらを見ている。
いつもは目が閉じられているはずで、眼の色など知らなかったというのに。
「…っ?!」
少女の喉の奥で悲鳴が潰れ、掠れた音が出た。
突然に動きを止めた彼女に先輩シスターが気づき、少女の視線の先を辿る。
原因に行き着いた先輩シスターは、苦笑と共に彼女の肩をぽんと叩いた。
「あの子はね、エレン様に触れる者が邪(よこしま)な心を持っていないか、見張っているのよ」
邪な心?
意味が解らず首を傾げた少女に、先輩シスターは約20年前に起きた事件について掻い摘んで教えてくれた。
「この『御役目』が、18歳までの女にしか出来ないことは聞いている?」
コクリと頷けば続きが語られた。
「まだ決まりがなかった頃は、ブラザーや助祭も『御役目』を担っていたの。でもあるブラザーに、魔が差した」

少女がこの教会へ来たのは、10歳の頃。
母に連れられやってきて、シスター見習いとして住み込んだ。
生家はウォール教と切っても切れぬ関係にあったため、それも伴ってか少女は他とは違う扱いを受けた。

教典に隠された詩篇、手渡されたひとつの鍵。

『役目』を受け継いだのは、ほんの3ヶ月前だった。
先に述べた決まりごとにより、『役目』を担うことが出来るのは18歳までの少女。
前のシスターが先月18歳を迎えるというので、まだ18まで間のある彼女に後継の白羽の矢が立ったのだ。

ーーー己や皆が『エレン様』と呼ぶ眠る少年は、美しい。
少なくとも、綺麗な顔をしていると思うのは誰もの共通意識だろう。
さらにはこの年齢層特有である生命力の輝きと、内包する危うさや脆さが美しさを幾重にも魅せていた。
少女にはまだ理解出来ないその美しさに対する感情が、あるブラザーの中で在ってはならぬ方向へ傾いたという。
「教会の外で、しかも女性へ向けるべき性欲という名の欲望を、彼はあろうことかエレン様へ向けた」
ぞわっ、と少女の背筋が悪寒で粟立った。
気持ち悪いという生理的拒絶よりも先に、"許せない"と怒りが湧き上がる。
「私たちがエレン様に触れるのは、エレン様が生きておられることの確認のため。
そして、エレン様がここに居られることに対する感謝のため。それを…」
幼い少女にも、先の想像はついた。
男の無骨な手が、己の欲望のためだけに『エレン様』の頬に触れ、唇をなぞり、首筋から衣服の下へと這う…。
「…っ」
少女は肩を震わせ、歯をキシリと噛み締めた。
(何ておぞましい!)
それ以上は想像もしたくない。
彼女を宥めるように、シスターがゆったりと頭を撫でてくれた。
「そう、おぞましい。そのおぞましさに、"少女人形"がエレン様を守るために目を覚ました」
現場を目撃したものは、居ない。
当時を知っている者が言うには、何かを打ちつける鈍い音が地上階にまで響いたという。
3つの鍵を管理する者たちが慌ててこの部屋の前まで駆け上がり鍵を開けると、内開きの扉の片方が勢い良く開かれた。
中を窺おうと開いた扉へ近づいた瞬間、中から何かが投げ出され外の壁に激突する。
よく見るとそれは『役目』を担っていたブラザーで、顔は血塗れで潰れかけ、もはや虫の息だった。
集まった者が部屋の中を見ると、ベッドを背後にあの黒髪の"人形"が立っていた。
…見せるように軽く上げられた右の拳には、生々しい血の跡。
"少女人形"の頭から掛けられていた白布は乱れてずれて、左半身を半端に覆っている。
闇を呑んだような黒耀の眼が、ひたりと血塗れのブラザーへ据えられていた。

『穢らわしい。これで3度目だ。貴様ら如きがエレンに触れるな』

それが初めてでは、なかったのか。
少女がシスターを改めて見上げれば、彼女は苦々しく頷いた。
昔話は続く。

『もう良い。エレンがここに居る理由は無いのだから、エレンを連れて出て行く』

淡々と告げる"少女人形"を、司教と司祭が必死になって説得した。
結果として、延々と続く司教たちの話を考えるのも面倒になったというのが"人形"の結論であった。
…18までの少女のみが毎日の確認を行うこと。
…分別があり『役目』を担ったことのあるシスターが、日曜日の補助に入ること。
"少女人形"が言うには、60年前も同じことを言っていたくせに破った、という2つの規則。
それを誓約して、何とか『エレン様』を留めおくことに成功したという。
その間、金髪の"少年人形"もこちらを油断なく見ていたと、後に彼らは語った。

話を聴いた後でも、少女はじっとこちらを見つめてくる黒耀に気が落ち着かなかった。
事あるごとに、"少女人形"を盗み見てしまう。
部屋のどの位置に居ても彼女の目はこちらを見つめ、怖くて仕方がなかった。
ケープの端すら揺れる気配なく、"人形"はその目玉だけで少女を、他のシスターを追う。
「失礼いたします」
一礼し扉が閉じるその寸前でも、黒耀の瞳はこちらを窺っていた。

翌日、おっかなびっくりと部屋を訪(おとな)った少女は、黒耀の眼が固く閉じられていることに安堵したものだ。
もっとも、翌日曜日にはまたも監視されることになるのだが。

…聴いた話の中、自ら動き、話し、思考していた"少女人形"。
ならば"人形"は生きていて、となると"人形"という言葉は可笑しいと思うけれど、それでも皆は椅子に座る2人を"人形"と呼んだ。
何年も、何十年も、同じ姿で『エレン様』を守る2体を、他にどうにも呼びようが無かった。

そして『エレン様』もまた、ずっとずっと成長せず、同じ姿のままここで眠っている。



窓の1つを開ければ爽やかな風が入り込み、少女の金の髪を遊ばせた。
隣の窓も開け放てば、部屋の中の空気が一斉に入れ替わり朝の涼やかさが巡る。
少女はベッドの脇に立ち、眠る人をただ見つめた。
(エレン様は、誰かを待っているの?)
いつだかに覚えた疑問を、ある日先輩シスターに尋ねたことがある。
「『エレン様』は、60年前からここに居られるのですか?」
以前に聴いた"少女人形"の話では、60年前にも『エレン様』はここで眠っていた。
少女が問うたシスターは、微笑み共にゆぅるりと首を振る。

「いいえ。100年前から居られますよ」

なんて長い時間だろう!
なぜそんなにも長い間、ここに居るのだろう?
いつか、その答えを貰える日が来るのだろうか?
矢継ぎ早に問い掛ければ、先輩シスターはクスクスと笑った。
「そうね。すべてはエレン様の御心のままに」

今日もまだ、『エレン様』は眠っている。

ピィピィと聴こえた野鳥の囀(さえず)りを皮切りに、少女はベッドを離れる。
扉脇の袖机に置いた燭台と本を手にし、入った際と同じく『エレン様』へと深く頭を下げた。
「それでは、失礼いたします。『エレン様』」
また、夜に参ります。
重い音を立てて閉ざされた扉、自身の持つ鍵で錠前を閉じる。
扉の前で佇み数秒、少女は目礼の後に階段へと足を向けた。

こうして少女…ヒストリア・レイスの1日が、始まる。



*     *     *



それは、845年のこと。

(うるさいなぁ)

響く音に、眉を寄せる。

(もうちょっと寝かせろよ)

声が騒がしくて、意識を沈められない。

(分かったよ、起きれば良いんだろ!)

張り付いたように重い瞼を、根気強く持ち上げる。
ちらちらと明るさが視界を染め、あまりの白さにぎゅっと目を閉じた。
そんなことを幾度か繰り返し、明るさは瞼の裏側にまで侵食する。

「……」

ふっ、と開かれた両眼。
それは、朝露を乗せた新緑の如く。
陽射しの中輝いた翠の目は、実に百年ぶりに外界を映し込んだ。



*     *     *



扉を開き、階段を登り、蝋燭を取り替える。
ヒストリアは毎朝の仕事をこなしながら、己の鍵を使う扉の前へと辿り着く。
深呼吸で息を整え、彼女は翼を象るドアノッカーを2度叩いた。

『どうぞ?』

息が、止まった。
手にした燭台が、指先から滑り落ちる。
ガラァン! と鈍く甲高い音が響き、ヒストリアはようやく己の失態を悟った。
(う、そ…)
今、確かに返事が。

『…? なんかすげー音したけど』

再び内側から声がして、幻聴でも何でもないのだと思い知る。
「も、申し訳ございません…!」
急いで燭台を拾い、謝罪の言葉を口にした。
震える指先で錠を解錠し、口内の唾液を飲み込むことで戦慄く唇を引き締める。
「失礼、いたします」
開いた扉の向こうから、ふわり、と爽やかな風が頬を撫ぜた。
知らぬ内に開けられている窓から風が吹き込み、白いカーテンがはたはたと揺れている。
扉から半身を入れた格好で、ヒストリアは只々部屋の中央を凝視する。

黒檀のベッドの上。
胡座を掻いて、少年が座っていた。

少年の新緑を思わせる翠の眼が、ヒストリアを映しぱちりと瞬く。
「…エレン、様?」
ヒストリアは、己が言葉を発したことに気がついていなかった。
少年の大きな眼がもう一度瞬かれ、キョトンとした様相で彼は頷く。
「ああ、俺はエレンだけど…。お前は?」
ハッとした。
先ほどから、無礼な行いばかりしているではないか。
ヒストリアは慌てて燭台と教典を袖机へ置き、少年へ向き直ると深く頭を下げた。
「わ、私はヒストリア、ヒストリア・レイスと申します…!」
初めましてと言うべきだろうか。
思考に戸惑ったヒストリアを遮るように、少年は問う。

「お前、『鍵』持ってる?」

冷えた声に顔を上げ、ヒュッと息を詰まらせた。
…声と同じ、こちらを推し量る温度無き眼差し。
ヒストリアは震えそうになる指で左の袖を捲る。
そこに嵌めた2つの鍵は、この部屋へ登るために別の管理者から借り受けたもの。
次に右手で衣服の襟口を開き、首に下げた鍵を取り出す。
正真正銘、ヒストリアが管理を任された、この部屋の『鍵』を。

そろりと視線を上げて少年の様子を窺えば、彼は何事かに納得して瞬きをひとつ。
刹那、息の詰まる冷たさが霧散して、ヒストリアはほっと肩の力を抜く。
少年は朗らかに笑い、こちらへ右手を差し伸べた。

「俺はエレン。よろしくな、ヒストリア」

その手を取れと、そういうことだろうか?
差し出された手と少年を見比べ、ゆっくりと歩を進める。
恐る恐る自らも右手を伸ばし、壊れ物に触れるようにその手を握った。
握り返された、自分よりも少し筋張った掌は、温かい。
両手で彼の手を包み込む。
(生きている…。この方は、今ここに、生きている…!)
認識した途端に視界が滲んだことを無視して、ヒストリアは己に出来る最上の笑みを浮かべた。
「はい。よろしくお願いいたします、エレン様」
無邪気に神様を信じる時を過ぎたヒストリアだが、後になっても彼女は思う。

"神"が居たとしたら、この瞬間であったと。

じんわりと感動が心の内側まで染み入って、ようやくヒストリアの思考が働き出した。
「あ、あの、朝食をお持ちしますので…!」
言った彼女を、エレンは引き止めた。
「いや、飯は後で良いよ。とりあえず水が欲しい」
そうだ、この部屋には水差しもないのだ。
「ついでに、司教と司祭も呼んでくれ」
「は、はい!」
退室の挨拶もそこそこにヒストリアは部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。



エレンはベッドの上に座ったまま、静かに目を閉じる。
胸元へ手を触れ、そこにある形をなぞり確かめる。
(7つの鍵、7つ目の扉)
ああ、まだ『声』が聴こえる。
音が響く。
(俺を叩き起こしたのは…)
もう少し寝たかったんだけどなあ、とエレンは独りごちた。
さらさらと髪を攫ってゆく風に目を遣り、窓向こうに広がる空を見上げる。



「失礼いたします」
水差しとグラスの盆を手にしたヒストリアに続いて、司教と司祭…見た目から判断して…それにシスター長が現れた。
彼らは先にエレンを見たヒストリア同様、呆気に取られ若干間抜けな顔でこちらを見つめてくる。
「おお…エレン様…、本当に、」
「まさか、この目で」
感極まったか、彼らの言葉は尻すぼみになり聴こえなかった。
「エレン様、水をお持ちしました」
ヒストリアにグラスを差し出され受け取れば、優美な水差しから水が注がれる。
礼を言い、グラスに口をつける。
飲むフリをして舌先を湿らせ、毒は無さそうだ、なんて判断を。
「…あ」
そうだ、忘れていた。
エレンは何事か言いたげに自分を見る人間たちを無視して、2脚の椅子の置かれた場所へと声を投げた。

「ミカサ、アルミン、起きろー」

突然の固有名詞にヒストリアは目を丸くし、エレンの見る方向を釣られて見遣る。
「…っ?!」
ぱち、と。
あの2体の"人形"が、エレンの呼び掛けに応えるように眼(まなこ)を開けた。
黒髪の"少女人形"だけでなく、反対側の"少年人形"も。
夜を塗り潰した黒曜と空を写し取ったかのような碧眼が、エレンへと真っ直ぐに向けられる。
上げそうになった悲鳴を、ヒストリアは辛うじて喉の奥に飲み込んだ。
「呼ぶのが遅いよ、エレン」
"少年人形"が苦笑する。
エレンはむっと頬を膨らませた。
「何でだよ、アルミン。俺はもっと寝たかったんだけど」
すると"少女人形"が有無を言わせぬ口調で切り返した。
「ダメ、遅過ぎる。もう142回はエレンを連れて行こうと考えた」
「…数えてんのか、ミカサ」
「エレンのことだから」
あ、そう。
呆れの混ざった溜め息を吐いて、エレンがヒストリアたちへ向き直る。
彼の動作に合わせて、『ミカサ』と『アルミン』と呼ばれた2体の"人形"がエレンの後ろに並び立つ。
その姿はさながら守護者のようで、きっと例えも間違いではないのだろう。
「次の昼から、食事は3人分用意してくれ。あ、持って来なくて良いからな。
ミカサとアルミンが取りに行くからさ」
「は、はい。しかし、わざわざ取りに来られずとも我々が…」
司祭の反論を、ミカサが睨みと共に叩き落とす。
「エレンの言うことが訊けないの?」
「い、いえ! そのような…!」
「なら、黙って言う通りにして」
この司祭が、ヒストリアはあまり好きではなかった。
(押し付けるみたいに、教義を語っていくから)
何だか小気味良いやら可笑しいやらで、こっそりと口元を隠して笑う。
「それから…ヒストリア?」
「は、はい!」
不意にエレンから声を掛けられ、まさか見られていたのかと焦り声が裏返ってしまった。
そんな驚くなよ、と苦笑いされてしまい、ヒストリアは赤面する。
エレンがどこにでも居る同年代の少年のように話し掛けてくるものだから、落ち着かなかった。
「この教会の外の話を聴きたいんだ。だから、一緒に飯食わねえ?」
ぽかん、と口が開いたことを自覚した。
嫌か? と首を傾げられ、ヒストリアは勢い良く首を横へ振る。
「と、とんでもありません! ぜひ、ご一緒させてください!」
「そっか。じゃあミカサとアルミンが下に行ったとき、ついでで良いから2人にいろいろ教えてくれよ」
「…っ、はい!」
ああ、何て光栄なことだろう!
眠る姿しか見たことのない『エレン様』が、目の前で笑い、話し掛けてくれている。
ヒストリアの心臓は、これ以上ない程に高鳴っていた。
「あと司教さん。しばらくはここから出ないけど、俺たちが街に出ても大丈夫なようにしといてくれ」
「承知いたしました。他に何か、御入り用のものは?」
問いを返され、エレンは司教を見返す。
ややの間を置いて次に彼が浮かべた笑みは、少年の姿相応のものからはかけ離れていて。

「…じゃあ、『鍵』を返して」

弧を描いた唇、すっと細められた眼。
開いた右の掌を差し伸べる様は、ヒストリアが受けたものと変わらない。
けれど笑みは、逆らうことを許さぬ絶対的なものであった。
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2013.6.12

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