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(みんなといっしょに。)




バチバチ、と火が爆ぜる。
火の周りに配置されている丸太に腰掛け、リヴァイはぼんやりと燃える赤を見つめる。
手にしたグラスの中身を火の灯りに翳して、よくもまあこんなものを持ち出したなと呆れた。
グラスや陶器など、割ってくれと言っているようなものだ。
「けどさあ、ブランデー開けるならコレじゃないと」
リヴァイの呆れを見透かしたか、同じようにグラスを手にしたハンジが笑う。
隣に座る彼女の眼鏡に、火明かりが揺らめいている。
「氷がねえがな」
「あっは、まあね。そこは私も残念」
残念ながら、常温で氷を備蓄する装備は無い。
エルヴィンとハンジが持ち出したらしいブランデーは、こんな場所だからであろうが甘く感じる。
リヴァイもハンジもロック割りが主なので、水割りは飲み難いといえば飲み難い。
「おっと、もう始めていたか」
草を踏む足音に顔を上げれば、エルヴィンが同じグラスを手に近づいてきた。
彼はリヴァイの向かい側へ座り、間で炎が揺れる。
エルヴィンはグラスを軽く掲げた。
「とりあえず、リヴァイ。調査兵団としての最後の任務は達成された」
おめでとう。
「…ああ」
思うところは多々あるのだが、リヴァイは頷くに止めグラスを掲げ返してやる。
同様におめでとう、と言ったハンジもグラスを掲げ、ふっと笑む。
「長かったねえ、ここまで」
始まったのは、いつのことだろう。
失う記憶でしか終わらぬ懐古など、誰もしたくない。
ゆえに、誰も数えやしなかった。
「…終わっちゃいねえよ、まだ」
ウイスキーにぽつりと零された声は、酷く孤独に響く。

「あいつが…エレンが起きるまでは、何も終わらねえ」

炎の色を映し込んだ銀灰は、驚くほどに波が無い。
(無い、というよりは)
見えない、と言うべきか。
…ミカサとアルミン、そしてリヴァイ。
誰よりもエレンに近く、"近かった"彼らは、誰よりも強く"世界"を呪った。
ハンジが唯一覚えている、最初の世界が終わる一瞬。
それはミカサが、半刃刀身で己の喉を貫く瞬間だった。

ミカサは隠さない。
エレンへの愛を、執着を、エレンを失わせるすべてへの憎悪を。
アルミンは白い布で覆い隠す。
笑顔を浮かべ、無害を装い、その裏で憎悪を研ぎ澄ます。
対して、リヴァイは。
(何も見えないんだよねえ、ほんと)
隠してはいない、なのに見えない。
見えないからこそ見えたそのとき、ハンジやエルヴィンを含め身内でさえも震え上がった。
(エレンを奪った研究所は、中の人間の血で染め上がっていた)
絶望というものは人によって心の喰らい方が違っていて、ハンジなどはじわじわと喰い破られたクチだ。
他方、先に述べた彼らは一口で呑み込まれてしまったタイプだろう。
"1度目"で喰われ、"2度目"は駄目押し、"3度目"は…。
(他へ心を向けることを辞めるに、十分だった)

回数の浅かった頃、エルヴィンは彼らの会話を漏れ聞いたことがある。
リヴァイが研究所を血で洗った、その"次"。
やはり104期生として入団してきたミカサが、リヴァイの執務室を訪い詰め寄っていた。
「なぜ教えてくれなかったんですか? 私だって、あいつらを殺したかった!」
エレンの受けた苦しみを、味合わせてやりたかった!
喉元から絞り出すような声であった。
「…そうだな。だが今だから言うが、」
感情を削ぎ落とした、声が返った。
ーーー"あんな"にされたエレンを見ちまうのは、俺だけで十分だ。
ゾッ、と悪寒が全身を駆け巡った。
「"今"、エレンは生きてんだ。ならそっちを守ることに心血を注げ」
「……はい」
ミカサの声も苦渋に満ちており、エルヴィンは足音を忍ばせ場を後にする。
そして理解した。
"初め"にエレンを失ったその時、とうに"すべて"が終わってしまっていたのだと。

「ねえエルヴィン。まだしばらくは"SITE:aurum"だよね?」
ハンジの声に、エルヴィンは回想を断ち切る。
「…ああ。少なくとも、エレンが目覚めるまでは留まるつもりだよ。
それにここから先へ行くと、信号弾が見えるかどうか分からない」
そっか、とハンジが拍手代わりにグラスを叩いた。
「そうだったね。ピクシス司令たちにも、教えないとね」
調査兵団であった仲間たちと、彼らを引き取ってくれたピクシスたちには伝えねばならない。
(エレンの無事を)
パチン、と夜闇に火の粉が撥ねた。

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