ここから、
(みんなといっしょに。)
泊りがけでの長距離探索を、2班が行うことになった。
分隊長としてミケが、班長としてジャンとマルコが、班員は先遣隊のメンバーが選ばれた。
ゆえに、ミケ以外は皆が第104期生となる。
今までに調査してきたのは、"SITE:aurum"より東、北東から南東にかけての30km範囲。
エレン奪還任務に付いていた者は皆、留守番となった。
長距離探索班は、すでに調査済みの範囲で食料や薬草の調達にのみ足を止め、後は只管に真東へ駆ける。
「…っ、まっず! ミケ分隊長! この実、ものすごく不味いです!!」
「言ってる割に全部食ってんじゃねえよサシャ!」
「見て、ユミル! この間見た大きい猫だよ!」
「耳の色が違うな…。てことは、違う個体か? それとも雌雄の差か…?」
"SITE:aurum"から40km、50km、60km。
夜になっても104期生たちの賑やかさは変わらず、ミケは先遣隊として出ていた彼らの様相が想像できた。
「賑やかだな、お前たち」
良い意味で、と付け足せば、マルコは苦笑混じりに笑った。
「はは、そうですね。先遣隊として出ていた頃よりも、賑やかですよ」
理由は簡単、エレンが生きて戻ってきたからだ。
("初め"からそうだ。僕らはエレンに出会わなければ、調査兵団に入る気も無かったんだ)
眠る準備に入っているというのに、賑やかさが衰える気配はない。
「ミケ分隊長」
賑やかな一角に混ざっていたジャンが、測量用の地図を片手にやって来た。
「さっきトーマスと話してたんですけど」
そう切り出し、彼は地図上で何も描かれていない空白点を指差した。
空白箇所のすぐ傍で、川の絵が途切れている。
「この川、やたらと流れが遅いんです。川幅も、明らかに4km前より広い」
示された川は、"SITE:aurum"からも支流が1つ流れ込んでいる。
"SITE:aurum"からは南へ流れており、大きな弧を描いて東へと流れてきているようだ。
ミケは顎に手を添えた。
「川の流れが遅い理由…というと、先に池や湖がある場合か」
川は南東へ緩やかな曲線を描いており、真東という目標方角からはあまり外れない。
よし、とミケは明日の行程を決める。
「明日は川沿いに行こう」
水場は新たな発見に恵まれ、また食料や水の補給にも困らない。
満天の星空を見上げ、明日も晴れだなとミケは笑みを浮かべた。
「ねえ、ジャン。川幅がどんどん広くなってない?」
前を走るジャンへ、ミーナが問い掛ける。
それは誰もが見て分かることだが、彼女は思わず口にしてしまったのだろう。
ジャンは森の間を駆け抜けながら、脇にある川を見る。
(こんだけの量の水が流れ込むとか、相当でかい湖じゃねーか)
太陽光を反射する波が、チカチカと眩しい。
「あっ、川の中に島があるぜ!」
「は?」
コニーの言葉の意味が分からず、間抜けな声が出た。
彼の指差した向こうには、確かに幅広の川の中央に小さな島がある。
「島が流されないほど、流れが緩やかだってことかな?」
マルコの声を隣に聞きながら、ジャンは森を抜ける。
「川の先が見えたぞ!」
開けた視界に、フランツの言葉通り川の終わりが見えた。
「…おい、マジかよ」
草原のずっと先に、濃い青色が広がっている。
広がっているが…如何せん、広すぎる。
「どんだけ広いんでしょうね、あの湖…」
唖然としたサシャの言葉に、ジャンは改めて川の先の青を見た。
同じ方角にある樹々が邪魔をし、青の端は遮られてはっきりしない。
ある可能性が脳裏に閃き、ジャンは目を見開いた。
「分隊長! 先に行きます!」
言うが早いか、ジャンは馬を嗾け走り出した。
「おい、ジャン!」
「どうしたんだ?!」
他の面々も慌てて彼を追い掛け走り出す。
川の終わりから、心地良い風が吹いてくる。
が、心地良いはずが、風はどこかじっとりと湿っている。
(なんだこれ、気持ちわりぃな)
疎らに生えていた樹々が途切れ、視界がさらに開ける。
左右に視線を動かし、ジャンは驚いた。
(途切れねえ)
川の先の青、その端が見えない。
樹々が途切れてしばらくすると、足元の草地までもが薄れてきた。
「これ、砂…か?」
土にしては白く、蹄に蹴り上げられると風にさらさらと飛ぶ。
駆ける速さも落ちたので、上手く地面を蹴れないのだろう。
やがて地面は砂に覆い尽くされ、横手にある川の流れはさらに緩く、幅は広くなった。
馬の速度を落とし、なだらかな斜面を下る。
「……」
一面に広がる、青。
馬を降り、ジャンは自身の目を疑った。
「なんだよ、これ…」
地平線のように遠く広がる、青。
高所から低地へと流れているわけでもないのに、揺れる水面。
見たこともない翼の長い鳥が幾羽も飛んでいて、猫に似た鳴き声を上げている。
大地と同じくらいに遠く広がる青に、言葉を奪われた。
(この水に飛び込んでも、絶対見つけらんねえよな)
ウォール・マリアでさえもちっぽけな、この青の広大さは。
ジャンは恐る恐る水際へ近づいた。
砂の地面へなぜだか寄せたり引いたりしている水に、触れてみる。
…川とあまり変わらず、冷たい。
飲めるだろうかと何気なく片手に掬った水を、口に含む。
途端、咽せた。
「うっぇ、げほっ、しょっぺえ!! …え?」
口の中に残る塩味に、茫然とする。
「塩…水…?」
膝の力が抜け、ジャンはガクリと膝を付いた。
砂の地面は柔らかく、太陽光を蓄えていたのかじわりと熱を持っている。
「…はは、」
笑いと共に、目尻に熱いものが込み上げてきた。
ーーー全部塩水とか、それ大金持ちになれるじゃねーか!
「こんだけありゃ、確かに大金持ちだぜ…」
ただし、壁内限定でな。
頬を流れ落ちた涙はぽつりと砂へ染みを作り、すぐに消えていった。
ーーーどんだけ広いんだろうな、ウォール・マリアよりも広いのか?
「…それどころじゃねーよ。どこまであんのか、分かりゃしねえ」
彼らの語る、夢の話だった。
彼らの読んでいた、本の話だった。
「……在ったぜ、エレン。お前の言ってた、世界が」
込み上げてくるのは未知を目にした感動と、どうしようもない程の哀切だ。
「畜生…!」
振り上げた拳が、砂を叩いた。
「お前が…っ、お前が最初に見るべきじゃねーか、エレン…っ!」
青の名は、『海』だーーー
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