おやすみ、あしたも

1.どう考えても甘すぎる



*     *     *



エレンの目の前に立っているスイーツカフェは、随分と盛況のようだ。
出てくる人数よりも、入っていく人数の方が多い。
「すげえ人だなー」
「予約取っておいて良かったね」
隣にいるヒストリアの脇の看板には、今日と明日限定の記載がある。
何でも、男女ペアの来店でスイーツバイキングが合わせて千円引きらしい。
スマホの着信を確認して、ヒストリアはひとつ呟く。
「ユミル、誰を連れてくるんだろう?」

エレンとヒストリアが男女のお付き合いを始めてから、季節がひとつ変わった。
ヒストリアはエレンの実家のカフェでアルバイトを始め、つい先週、初めての給料を貰った。
エレンは別の個人経営のレストランで同じ時期からアルバイトをしていて、同様に初の給料日を迎える。
お互いにその話をして、お互いに同じものに最初の給料を使おうという話になって。
そうしたらユミルが、この店のスイーツバイキングに行こうと誘ってきた。
「けどユミルのやつ、よくキャンペーン日程知ってたな」
「なんか、アルバイト先の先輩が詳しいって言ってた」
それにしても、と2人でユミルを待つ。
「マジで、誰連れてくるんだ…?」

男女ペアの来店で、割引。
エレンとヒストリアはそれで良いが、ユミルの分が余ってしまう。
彼女はそれを分かっていて、「こっちで1人連れてくからさ!」とあっけらかんと笑った。
普通に考えれば学校の知り合いだろうが、ヒストリアもエレンも心当たりがない。
「私たちが知らないだけで、彼氏がいるのかな…」
「あり得なくはねえな…」
それはそれで少しショックだなあ、とヒストリアは口を閉じた。
彼女の頭を、エレンはぽすりと撫でる。
「話したい気分にならなかっただけだろ。あいつのことだし」
だから気にすんな、と言いながら、彼の手はヒストリアの頭を慰めるように撫でていた。

ひそひそ、きゃいきゃい。
「うわあ、あの子超美少女!」
「彼氏くんイケメンー!」
ここで、周囲に目を向けてみよう。
エレンとヒストリアは、そこに居るだけで随分な視線を集めていた。
彼らは単に人を待っているだけなので、欠片ほども気にしていない。
それが問題だった。

すらりとしたモデル体型のエレンは、釣り上がった眼をその大きさが愛嬌でカバーし、見目良い造形パーツが際立つ。
ヒストリアは典型的な姫キャラの容姿そのままで、童話から抜け出てきたのかという様。
そんな2人を思わず写真に撮りたくなるのは、まあ、人としての欲求だろう。
店に入ろうとしていた女性グループの何名かが、例に漏れずスマホのカメラを2人へ向けた。
シャッターボタンを押そうと画面を確認すれば、ぬっと黒い影が伸びて画面を覆う。

「てめぇら、人のダチを勝手に写メってんじゃねえ」

画面を覆った人物を見て、女性はヒッと悲鳴を上げた。
それもそのはず。
三白眼の鋭い目つきの男が、ギロリと睨んできているのだから。
「す、すみません…!」
女性たちはスマホを慌てて鞄へ仕舞い、店内へ入っていく。

「おい、そこの男ども。今こいつの写真撮ったな? 何に使う気だ、あぁ?」

反対側では浅黒い肌の少女が、男顔負けの貫禄で写真を撮った男子大学生らしいグループの写真データを消させている。
唐突に自分たちの両脇で湧いた聞き覚えのある声に、エレンとヒストリアは揃って顔を見合わせた。
「ユミル?!」
「兵長?!」
野次馬等々をすべて撃退し、やや疲れた表情のリヴァイはビシリとエレンの額へデコピンを決めた。
「いってぇえ?!」
「その兵長ってのを止めろ。俺はどこの自由業だ、クソが」
ヒストリアが素早くエレンの前に出る。
「あなたは『あの頃』と変わらず粗暴なのね。今でもゴロツキなの?」
「てめぇ…」
ヒリヒリとする額を抑えながら、エレンはユミルを振り返る。
一触即発のヒストリアとリヴァイを放っておける辺り、大物だ。
「おいユミル! 何で兵長がいるんだよ?!」
彼女はやり切った感満載に息を吐いてから言った。
「言ったろ、1人連れてくって」
「だからって何でへいちょ…」
「エレン、てめぇいい加減にしろ」
この世界で『兵長』だなんて、まったくもってどこのヤのつく自由業だ。
ヒストリアが懸念を隠さずリヴァイを見上げる。

「エレンは、『関わらない』と言ったはずでしょう?」

ハッとしたエレンの表情が曇り、リヴァイは溜め息を吐いた。
「繋ぎを付けてきたのはそいつだ。訳ならそいつに聞くんだな」
俺はソレに乗っただけだと、彼はユミルを指して言う。
そのユミルは、からからと笑った。
「へい…じゃねーか。リヴァイさんが一番条件に合致したんだよ」
「条件?」
「おう」
例えば、お前らの性格を知ってて。
例えば、お前らの面倒くささも知ってて。
例えば、口が堅くて。
例えば、お前らよりも強くて。
例えば、誰に問い詰められても躱せて。
「ほら、へい…リヴァイさんが一番合うだろ?」
「合うだろ? じゃねーよ?!」
「…さり気なく暴言吐かないで、ユミル」
喚く2人の相手を躱し、ユミルはスマホのデジタル時計を確認し店を指差す。
「ほら、時間過ぎちまう。早く入ろうぜ!」
「……誰のせいだと」
「主に無自覚なお前らのせいだな」
「へいちょは黙っててください」
「だからその呼び方を止めろ」



店に入り、リザーブ済みの席へと通される。
「へー、結構広いんだな」
「見て、エレン。チョコレートフォンデュがある」
見目麗しい若人の出現に色めき立つ店内を、ユミルとリヴァイが牽制する。
それはさながら、王子と姫を守護する騎士のよう。
その比喩すら語弊でないのだから、大概だ。

窓際の丸テーブルの席へ案内され、ユミルは通路側の椅子を少し奥にずらした。
「よし。ヒストリアとエレンがそっちで、リヴァイさんとアタシがこっちだ」
「…何をこだわってんだ?」
「分かんねーヤツは黙ってな」
ユミルが呆れを乗せて言ってやれば、エレンは一瞬だけ顔を顰めた。
が、特に引き摺ることなくメニュー表へ興味を移す。

窓際の奥にヒストリア、向かいの窓際にエレン。
そしてヒストリアの隣にユミル、エレンの隣にリヴァイ。
この配置ならヒストリアはリヴァイとユミルの身体で隠れ、エレンも同様。
それでも写真を撮ろうとする輩には、やっぱりリヴァイとユミルの眼光が光るというわけだ。
「ここの紅茶、ポットで出てくるんだね」
「へえ。それならリヴァイさんでも満足いく紅茶、出るんじゃないですか?」
エレンに開いていたメニュー表を寄せられ、リヴァイも中を改める。
「…ほう。直輸入ものか」
名前だけ見てもエレンにはさっぱり分からないが、紅茶の銘柄と値段の下に特徴が書いてある。
スイーツバイキングは『ポット1杯サービス』なので、何を選んでも会計には響かない。
はて、どれにしようか。
「ブレンドティーにしてみりゃ良いんじゃねえか?」
リヴァイが声を掛けてくる。
「その心は?」
「間違いがねえ」
それに、コーヒーブレンドと同じで店の特色も出る。
リヴァイの説明にふんふんと頷いていたエレンは、じゃあ、とトップに書いてあったブレンドティーを指差した。
「俺はこれで」
「私はこれ」
ヒストリアはエレンの向かいでアップルティーを指差し、頷いたユミルが店員を呼ぶ。
「すみませーん」
ユミルはエレンと同じブレンドティーを選び、リヴァイはまた別のブレンドティーを頼んだ。
オーダーを受けた店員が去り、ユミルが立ち上がる。
「よし、ケーキ取りに行くか」
「俺も行く! 全部2つずつ取ってくれば良いか?」
ていうか、リヴァイさんって甘いもの得意なのか?
立ち上がってから尋ねてきたエレンに、リヴァイは首肯した。
「胸焼けする甘さは勘弁だが、美味けりゃ文句ねえ」
ヒストリアがぼそりと呟く。
「…似合わない」
「ハッ、ほっとけ」
明らかな嫌みを向けたヒストリア、それを鼻で笑ってあしらうリヴァイ。
穏やかに見るには刺々しい2人を置いて、エレンとユミルは中央に鎮座するデザートの群れへ突撃する。
「お前、幾つ持てんだ?」
「皿の大きさと重さによるけど。…あ、これなら4枚だな」
「で、アタシが1枚。4、5枚くらいならテーブルに置けるだろ」
取り分け用の皿を1枚手にし、エレンはデザートテーブルの中央に目を向けた。
「…あれは最後にするか?」
チョコレートフォンデュはこの店の呼び物、食べないという選択肢はない。
ただ、鍋を離れたチョコレートはすぐに固まってしまうので、些かスピードが必要になる。
「腹七分目で取り掛かるのが良いんじゃね?」
「じゃあそうするか」
喋りながらも、2人はミニサイズのケーキを取り分けていく。
1枚目の皿を左の前腕で挟み、エレンは左手の2枚目の皿へ次のスイーツを乗せていった。
1種類につき2つずつ、ユミルに比べると倍はある手際の良さ。
「さすが現役…」
「まーな」
ちょうどユミルが1枚目の皿を埋めたところで、エレンが右手を差し出してきたので皿を手渡す。
「もう3枚で良いか?」
「おう。アタシが4枚目持ってくから」
「分かった」
客が店員と変わらぬ皿の持ち方をしていれば、嫌でも目立つ。
おまけに荒削りながら所作も悪くないとなれば、なおさらだ。

群を抜いた容姿を称えるなら、それはヒストリアだろう。
対してエレンはそこまで群を抜いているわけではないが、人目を引いた。
学校という閉ざされた空間にいるとよく分かる。
「…あいつ、人目を引くな」
スイーツ収穫に向かったエレンをやや遠目に見つめながら、リヴァイが呟く。
たった今思っていたことを言われ、ヒストリアは否定する要素もないので肯定を返した。
「そうですね」
エレンの動きに従って、他の客の視線も動く。
その視線はエレンの目的地であるヒストリアとリヴァイの座るテーブルに気がつくと、パッと音がしそうな勢いで逸らされた。
…それはそうだ。
百人いれば百人が白旗を上げる美少女と目が合えば。
百人いれば百人がどこぞの自由業と勘違いしそうな男と目が合えば。
「お待たせ」
エレンがテーブルへ戻ってきた頃には、視線という名の邪魔者はなりを潜めていた。

ことん、と音を立て、鮮やかなスイーツを載せた皿が置かれる。
ショートケーキやガトーショコラ、チーズケーキ、モンブランといった定番を載せた皿。
ひたすらにタルト系のケーキを載せた皿。
そしてパンケーキを4人で割れる数だけ並べ、生クリームと苺ジャムを盛った皿。
「…巧いな」
皿を2枚以上持ち運べることといい、盛り方といい。
思わず唸ったリヴァイの隣に腰を落ち着け、エレンはテーブルに元からあった取り皿を手にする。
「まあ、俺レストランでバイトしてますし」
ファミレスじゃなくて、と告げれば、彼は納得したようだった。
「ヒストリア、どれが良い?」
「全部」
エレンが問えば彼女は即答。
リヴァイが目を丸くしている。
二次元キャラクター並みに細く見えるヒストリアだが、彼女は食べた分をきっちり消費しているだけだ。
燃費が悪い方かもしれない。
「全部半分で良いのか?」
「うん。タルトは切れる?」
「切れるけど…お湯がねえと厳しい」
「お湯?」
「包丁を一旦お湯につけて、ざっくりやれば綺麗に切れる」
感心したように聞いていたリヴァイが肩を竦めた。
「湯はともかく、包丁はさすがに無理だろう」
「…ですよね」
じゃあ、と他のケーキを半分に切り分けながら、エレンはヒストリアへ妥協案を出す。
「切れねえやつはお前が先に食えよ。残り半分俺が食うから」
そうする、と同じく妥協したヒストリアは、フルーツを盛り合わせたタルトへ早速手を伸ばした。

察しの良い方は、ここで察せられるだろう。
リヴァイの物凄く複雑な心境を。

「リヴァイさーん、眉間にすっげえ皺寄ってますよ」
「…ほっとけ」
皿に焼き菓子をてんこ盛りにしたユミルが、にやにやと顔文字のように笑いながら向かいの席に着く。
彼女の盛った皿を認めて、違う意味でリヴァイは眉を寄せた。
「お前、これは『盛る』じゃなくて『積む』だろ…」
呆れを隠さぬ声にこちらを向いたエレンとヒストリアも、ユミルの皿を見てうわ、と口許を引き攣らせた。
「…ウォール・YAKIGASHI」
「誰が上手いこと言えと」
まさか、ボケるのがヒストリアだとは思うまい。
(こいつはこんなキャラだったのか…?)
リヴァイは意外なものを感じる。
ケーキ類を切り分けたエレンは、ヒストリアのボケへ的確なツッコミを入れると焼き菓子をひとつ口にする。
「んまい!」
エレンの食べたマドレーヌの下はプレーンとショコラのフィナンシェで固められ、その周りにプリンのケースが4つ置かれている。
そして柱のようなプリンの間に、クッキーが縦にされて本のように並んでいた。
「『良い子は真似しないでね』の典型じゃねーか」
「その台詞、全然似合わないですね」
「ほう? 言うようになったな、エレンよ」
リヴァイはお絞りで指先を拭うとバタークッキーを摘まむ。
「…美味いな」
彼の感想を聞いて、エレンも市松クッキーをパクリと口へ放り込んだ。
「あっ、ほんとだ。違う焼き菓子も美味いですね!」
タルトはどうだ? と求められたヒストリアは、ちょうど半分になったフルーツタルトをエレンへ差し出した。
「美味しいけど、生地はもう少しサクッとしてる方が好み」
ということは、しっとり系の生地だろうか。
エレンは差し出されたタルトを受け取ろうと手を出したが、なぜか指先を躱される。
「?」
気のせいかともう一度手を伸ばすが、ヒストリアは受け取ろうとする彼の手を明確に躱した。
「???」
何なんだと困惑するエレンに、彼女は口を開けて見せる。
「あ」
「あ?」
意味が分からず鸚鵡返しにしたエレンの口許へ、ヒストリアが手にしたタルトを啄くように突き出す。
「ああ!」
ようやく思い至ったエレンがパコッと口を開ければ、ヒストリアはそこへフルーツタルトを差し込んだ。

ぱくっ、むぐむぐむぐ、ごくん。

「ん、確かに生地柔らかいな」
ひと口目を飲み込みもう一度開かれたエレンの口へ、ヒストリアは残りのタルトを再度差し入れた。
直径5cm弱のタルトは、男であれば4口ほどで食べ終わるサイズだ。
「フルーツ載ってるとすぐに生地が湿気りそうだけど、どうやってんだろうな」
「クック・タイタンで検索すれば出るんじゃない?」
「そうだな」
後で探してみよっと。
そうして次のスイーツへ取り掛かるエレンとヒストリアの横で、リヴァイとユミルは顔を伏せ自らの手で口許を覆っていた。

Q.)彼らの行動はどれか、答えなさい。
1. スマホのカメラ(無音シャッター)で連写する。
2. 可愛さに萌えすぎて悶える。
3. あざとすぎて態とかと疑いつつ、心中でリア充爆発しろ! と叫ぶ。

正解は最後に。

「………おい、…おい、ユミルよ」
「少なくともエレンは素です、兵長」
「マジか」
店員が紅茶を持ってきていたのだが、あまりのことに全く気に留めていなかった。
この紅茶は誰のオーダー、と答えたような気がするのはリヴァイだけだ。
ティーポットとカップが合わせて4組。
カップはきちんと温められており、ひとつ置かれた砂時計の砂はあと1分といったところ。
リヴァイは未だにエレンを凝視している。
(くっそ可愛いな…)
ヒストリアの手からタルトを食べるエレンは、惚れた欲目を抜きにしても可愛い。
自分の手でやりたかったのはもちろん、その可愛さを正面から堪能したいのもまた、当然。
だがそこは可愛さプライスレスで、ヒストリアにこっそりGJと言っておいた。
心の中で。
「おい、お前ら。ポットから茶葉を出せ」
ちょうど砂時計の砂が落ちきり、リヴァイの指示でそれぞれにポットの蓋を開け茶葉を取り出した。
茶殻用の小皿に茶漉しを置けば、紅茶の香りが一気に広がる。
「良い香り…」
「アタシが淹れても、こうはならないな」
エレンの淹れる紅茶は美味いけど。
ユミルの言に、エレンはちらりとリヴァイを見て笑う。
「そりゃあ、『前』に散々淹れたからな」
「ふん」
リヴァイはユミルの積んできたプリンへ手を伸ばす。
エレンはひとつを半分に切ったミルクレープにフォークを刺した。
「前に苺のミルクレープ食ったけど、あれも美味かったな。あと紅茶のマフィンとか」
そういえばマフィン置いてねぇな、とエレンは中央の菓子テーブルを見遣る。
「そんなによく行くのか?」
「バイキングはたまーにしか行きませんよ。ほら、前にフラッペご馳走になったカフェも、ケーキ置いてるでしょう?」
「ああ、なるほど」
リヴァイと話しながら、あれ? とエレンは思った。
「リヴァイさん、カップ普通に持つんですね」
かつてリヴァイは、紅茶を飲む際に決してカップの取っ手を持とうとはしなかった。
取っ手がもげてカップが割れたことが原因だというが、結構なトラウマだったのだろう。
「あのご時世は、人の行儀なんざ貴族以外は気にしなかったからな」
今はそうではないから、取っ手で持っているというのだろうか。
涼しい顔で紅茶を飲むリヴァイを、ヒストリアがじっと見つめる。
「リヴァイ…さんの家のティーカップ、全部取っ手にヒビ入れたら良い?」
「…おい」
冗談3割の声音に、リヴァイの眉が寄る。
エレンは呆れたように残り半分のミルフィーユをフォークで持ち上げ、ヒストリアの方へ向けた。
「お前って結構Sっ気あるよな。ほら、口開けろよ」
「ん」
そうして雛鳥のように口を開けたヒストリアへ、ミルフィーユを食べさせた。

「………ユミル」
「あー、すんません。日常です」
アタシもたまにご相伴に預かってるっていうか。
学校でエレンが週一で持ってくる弁当や、それぞれに注文の違うランチだとか。
口調は済まなそうなのだが彼女の顔はまさしく(・ω<)テヘペロ! であり、絶対に悪いと思っていない。
リヴァイは溜め息を飲み込む。
「…お前がそこまで良い性格をしているとは思わなかった」
「お褒めに預かり光栄ですよ?」
「褒めてねえ」
ケタケタ笑うユミルとこれまた呆れたようなリヴァイに、エレンはぱちりと目を瞬いて首を傾げる。
「そういえば、ユミルとリヴァイさんって付き合ってるのか?」
「ねぇよ」
「ねえな」
息もピッタリだ。
しかしむに、とエレンの頬がリヴァイに摘ままれ顔を引っ張られる。
「ちょっ、リヴァ…」
「エレンよ。俺が前に言ったこと忘れてるってんなら、お前相当な人でなしだなあ?」
「!!」
忘れていたわけではない。
ただ、疑問に思ったことを口にしただけで。
リヴァイはこれ見よがしにエレンの耳許へ唇を寄せ、囁く。
「俺が彼女持ち程度で諦めると思うなよ?」
「〜〜っ?!!」
エレンの頬にパッと朱が散った。
小声の会話は、店内の音に掻き消されて聞こえない。
(こう…ところどころでこういうの 壁|o^)┐が出てそうだな…)
ユミルはそんなことを思いつつ、ショートケーキだけを皿へ移したヒストリアの肩をぽん、と叩いてやる。
なぜって、嫌な予感しかしないから。
「あー、落ち着け?」
食いもん粗末にしたら、それこそエレンが泣いて怒るぞ?
ユミルの指摘に彼女は皿に掛けた自らの指先をじっと見つめ、こくりと頷いた。
「………そうだね」
泡だらけのスポンジの方が面白いかな、綺麗好きだから文句もないよね。
ぶつぶつと呟いたヒストリアは、ショートケーキをぱくりと口へ運ぶ。
(やっぱ気づくよなあ…)
よしよしと彼女の頭を撫でながら、ユミルは向かいの2人を見た。
顔を赤らめながらプリンを食べるエレンと、その彼を愉快げに見遣り紅茶を飲むリヴァイ。
(アタシは『リヴァイ兵長』をほとんど知らないけど…)
『あの頃』も、こんな目をしてエレンを見ていたのだろうか、彼は。
(だとしたら、)
エレンは余程、鈍感だったに違いない。
(こんな風に笑ってはいなかったかもしれないけど)
それでも、こんなに熱くて柔らかな目で見られていたら。
(まあ、『昔』の野暮はつっつかないに限るな)
ユミルは人数で割った分のパンケーキを自分の皿に取り分け、生クリームをたっぷりと載せる。
ついでに苺ジャムを上から落として、半分に切った塊にかぶりついた。
「んー、甘い!」
プリンを食べ終えたエレンが、チーズケーキタルトを手にする。
もくもくと食べながら、彼は向かいでショートケーキを1つ分食べてしまったヒストリアへ尋ねた。
「お前、これ食った?」
「ううん」
彼女が首を横に振ったので、エレンは大体半分になったタルトを差し出した。
「ほら」
当然のようにエレンの手からチーズケーキタルトを食べるヒストリアに、いい加減にしろよとリヴァイは思う。
絵図になるのが、なお腹立たしい。
「これで態とじゃねぇのかよ…」
「少なくともエレンは」
煩い周囲の視線を手で払いつつ、ユミルは肩を竦めた。
紅茶の保温カバーを外し、ポットから2杯目を注ぐ。
リヴァイはクッキーを摘みながら、横目でちらりとエレンを見た。
「…まあ、必要とあればあざとく演技してみせる奴ではあったが」
「へえ」
考えてみれば、ユミルは調査兵団に入った後のエレンのことをほとんど知らない。
リヴァイの監視下にいたというから、いろんなことがあったのだろう。
しんみりと思い返しながらも、ユミルの片手はスマホのカメラ操作に忙しない。
静音シャッターらしく音はしないが、指の動かし方でリヴァイは何となく告げてやった。
「メモリ食い切るぞ?」
「余裕っす!」
(`・ω・´)キリッ と真面目に返してくるユミルは、意外とユーモアがあるのかもしれない。

あれだけ並んでいた皿のスイーツが消え去る。
「よし、チョコレートフォンデュだな!」
腰を上げたエレンに、リヴァイは誰かが残るのが得策だと軽く手を振ってやった。
「お前ら3人で行ってこい。俺が荷物番してやる」
ちゃんと俺の分も取ってこいよ、と告げたリヴァイにヒストリアもユミルも目を瞬いたが、エレンだけは笑って頷いた。
「じゃあ遠慮なく。食べれないものって特にないですよね?」
「ああ」
ほら行こうぜ、と急かされて、ヒストリアとユミルもようやく立ち上がった。
ひらりともう一度手を振ってやれば、彼女らはエレンの後をついて菓子の並ぶテーブルへ歩いていく。
3人の後ろ姿をこっそりと写真に納め、リヴァイは頬杖を付いて彼らが盛り上がる様を見ていた。
(平和なもんだな)
命の危険がないわけではないが、それでもあの頃に比べれば。

ユミルから連絡が来たとき、リヴァイの胸の内に湧いたのは歓喜だった。
エレンとの繋がりは切れなかったどころか、さらに繋がろうとしていると。
どうやらヒストリアは本気でエレンを好きらしいが、エレンの方はイマイチ分からない。
『昔』の2人に比べると、確かに距離は近いが。
(エレンを泣かせるのは本意じゃねえが…)
平和だからこそ、自身の欲が表に出る。
リヴァイはエレンを諦める気など、欠片ほどもなかった。
隙あらば奪い取りたいし、自分しか見えないように囲ってやりたい。
(まあ、でも)
こういうのも、悪くはない。

中央の大きなフォンデュは、チョコレートタワーのよう。
ホットチョコレートが留まることなく流れている。
ユミルは大皿を取ると、フォンデュ用に置いてある果物の串刺しをひょいひょいと入れていった。
「ほら、ヒストリア」
「うん」
エレンに銀のプレートを渡され、ヒストリアはそこに幾つかの果物を載せる。
そしてエレンがチョコレートで満たしたコーヒーカップサイズのポットが置かれて、濃厚な匂いが上がってきた。
もうひとつ、ポットにチョコレートを満たしながら、エレンはヒストリアに焼き菓子のテーブルを示す。
「あそこにプレーンのクッキーあるだろ? あれも取っておいてくれよ」
なるほど。
頷いたヒストリアは果物を程々にして、クッキーを確保しに行った。
「なーる。お前頭良いな」
「頭の良さは関係ねえっての」
大皿にぐるりと串を一周させたユミルが、チョコレートポットを受け取りにエレンの傍へやって来た。
「ポットって4ついるか?」
2つで十分な気がする、とエレンは勿体ない精神を発揮している。
ユミルはふむ、と考えた。
「お前とリヴァイさんが、2人で1つで良いならな」
そう言えば、じゃあ2つで良いかとエレンが結論付けるので、頭が痛くなる。
「……お前な」
「うん?」
あ、駄目だこれ。
瞬時に悟ったユミルはエレンがプレートに載せていたポットを奪い取ると、新しいポットを勝手に載せてやった。
「3つにしろ」
「? 3つ?」
駄目だ、ほんとに分かってないなこいつ。
(先が思いやられるっつーか…)
「ユミル、クッキーはこれくらいで足りる?」
ヒストリアがクッキーとビスケットを積んで戻ってきた。
ウォール・YAKIGASHIにはなっていない。
「おー、そんなもんでいいんじゃね?」
ユミルは3つ目のポットにチョコレートを注ぎ終えたエレンを振り返る。
「そのポット貸しな。アタシとリヴァイさんはこの大皿で良いから、お前はクッキー以外の分持ってこい」
ヒストリアの分もな、と告げれば素直に首肯し、エレンは果物を皿へ移していく。
途中でヨーグルトを見つけたので小皿を別の皿に4つ並べて、パンの耳を揚げたラスクもついでに載せていった。
(おっ、塩ラスクもある)

エレンたちがチョコレートフォンデュへ突撃している間に、テーブルは空いた皿が綺麗に片付けられていた。
広くなった気がするそこへ、果物とクッキー、ビスケットが並ぶ。
「…お前ら、よく食うな」
リヴァイが呆れたのも無理はない。
先のケーキ群で1食分以上の消費を行っていたというのに、またてんこ盛りだ。
「エレンがまだ取ってくるんで、アタシらはこの皿のやつ食っちゃいましょう」
フォンデュポットを渡され、無難に苺の串を選ぶ。
「…家でも出来そうだな」
「クック・タイタンとか見ると、市販の板チョコで作るレシピとか載ってますね」
リヴァイの呟きに答えたエレンが、プレートをヒストリアとの間に、ヨーグルトを真ん中に置いた。
「ヨーグルト?」
ヒストリアはポットにパイナップルをつけ、首を傾げた。
エレンはキウイをどぷりとチョコレートに沈める。
「チョコレートばっかで甘くなるし、果物混ぜれば美味いだろ?」
「…お前、頭良いじゃねえか」
先のユミルと同じことを言ったリヴァイに、エレンは唇を尖らせた。
「頭の良さは関係ないでしょ」
王道にバナナをチョコレート漬けにしてから、ユミルはラスクを指差す。
「こいつは?」
「普通のラスクと塩ラスク。塩の方はチョコポテチみたいになるかと思って」
パイナップルを咀嚼して、ヒストリアが早速塩ラスクをチョコレートに浸した。
元の味が分からなくなるが、2本目を食べれば良いだろう。
「! 美味しい!」
エレン頭良いね! と彼女までもが褒めるので、エレンはすっかり拗ねてしまった。
フォンデュを摘まみながらむぅ、と頬を膨らませる彼にぷっと吹き出して、ヒストリアはもう1本、塩ラスクをチョコレートに浸す。
「ほら、エレン」

あーん。

「……………ユミル」
「はい」
「……いや、良い」
「ぶはっwww」
生まれて初めて、リヴァイは心から『リア充爆発しろ!』と思った。



「美味しかったね!」
「おー。あんだけ食えりゃ十分だな」
「…お前らの胃は底無しか?」
エレンはともかくヒストリアがまだ食べられそうな辺り、胃の容積がおかしい。
リヴァイもそれなりに食べたが、それにしても限度というものがある。
「ヒストリアもエレンも、美味ければいっくらでも食うんですよねー」
燃費が良いんだか悪いんだか解かりゃしません。
呆れつつ言ったユミルもかなり食べていたので、代謝が良いのだろうか。
彼女は1人帰る方向の違うリヴァイへ手を振った。
「じゃあリヴァイさん、今日はありがとうございました!」
おかげで助かったぜ! の主語は、エレンとヒストリアには解るまい。
「まあ、役得ってこったな」
まだ3人でどこかへ寄るのだろう彼らへ、リヴァイは笑ってみせた。
ユミルと話す彼の姿を思い耽りながら見つめていたエレンは、その姿が背を向く寸前、弾かれたように近づく。
「へい…リヴァイさん!」
リヴァイが彼に向き直れば、エレンはどこか戸惑いを見せてから自分のスマホを取り出した。

「…あの、連絡先教えてください」

驚いた。
平素、感情が表情に乗らない性質(タチ)のリヴァイが、ヒストリアとユミルにも判るほどには驚いていた。
「エレン?」
ほんの少しだけ迷うような素振りを見せ、しかしエレンは真っ直ぐにリヴァイを見返した。
「今日はユミルが呼んだんでしょう? それならたぶん、アイツまた呼ぶでしょうし」
それに、とはにかむような笑みが浮かぶ。

「『前』の所為ですかね。兵長がいると、やっぱり安心します」

ドクリ、と自分の心臓の音が、リヴァイの頭に強く響いた。
「…安心されても困るんだがな」
それを誤魔化すように言ってやると、今度はエレンが困ったような顔になる。
「…じゃあ、どうすれば良いんですか?」
「さあな。俺はお前ではないから、分からん」
聞いた電話番号へメッセージを飛ばせば、即座に目の前の彼から返信が来た。
たったそれだけのことがどんなに嬉しいものか、きっとエレンには解るまい。
じゃあな、とリヴァイは彼に背を向けた。

「エレンよ。俺とサシで会う場合は覚悟しておけよ」

息を呑んだ彼はきっと、赤い顔をしている。
もうひとつ、強く向けられている視線はヒストリアのものだろう。
(まあ、せいぜい警戒するんだな)

リヴァイの予想に違わず、去っていくその後ろ姿をヒストリアはじっと睨みつけていた。
(本当に、油断も隙もない)
あの男はおそらく、エレンが彼を拒絶できないことを知っている。
『前』に全権を…それこそ、命も含めて全部だ…預け、預けられた相手だ。
警戒しろと言う方が、きっと無理な話で。
「ヒストリア? どうしたんだよ、怖い顔になってるぞ?」
けれどエレンが眉間を突然うりうりと指先で揉んできて、先程までの思考がぽんっ! と飛んでしまった。
「な、なんでもないわ…」
「? そうか」
本当に分からないのであろうエレンの後ろで、ユミルがやれやれと肩を竦めている。
(鈍感…)
そうだ。
エレンは、察してなどくれないのだ。
人の機敏にはそこそこ敏いくせに、自分の恋愛的な方面にはとんと疎い。
「行こう、エレン。前に言ってたコーヒーの専門店」
「ああ」
彼の手を取れば自然と握り返してくれて、自分の横にはユミルが並んでくれる。
(きっと、)

きっと、こういうものを『幸せ』と呼ぶのだろう。
ヒストリアはふわりとした笑みを浮かべた。


*     *     *


その日の夜。
リヴァイからは、ケーキを食べさせあうヒストリアとユミルのツーショットが。
ユミルからは、リヴァイがからかい、それに赤くなったエレンとのツーショットが。
それぞれのスマホに送られた。
エレンとヒストリアは知らない。

(おお、リヴァイさんGJ! 保護しとこ)
(チッ、さすがに写すの手慣れてやがるな…)
これは2人の、等価交換というやつなので。



End.
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2015.3.30(おやすみ、あしたも)

A. 全部。
(むしろその写真を売ってください言い値で買います)

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