バステトの瞳

(1.5/獣は獣同士)




「てめぇの所為でエルヴィンに嫌味を言われたぞ」
「エルヴィンさん? 何て言われたんですか?」
「無駄な時間を嫌うのはお前によく似ている、だと」

ジャケットを脱ぎ、定位置のハンガーに掛ける。
横から当然のように差し出されたマントとジャケットも、同じくハンガーに掛ける。
もちろん、シワを伸ばすことは必須条件だ。
エレンは勝手知ったるとばかりにソファへどかりと腰掛けたリヴァイに、紅茶でも入れるべきかと思案した。
「だって、無駄じゃないですか」
「ああ?」
エレンの私室は、今日のようにリヴァイを招き入れることが多々ある。
ゆえに彼が好むものは大抵が揃っていた。
湯を沸かしながら、エレンは金の目を細める。

「自らの職務を放棄した、一般兵でもなく隊長格ですよ? 同じことが起きれば、また繰り返す」

放っておいた場合に起きる二次被害の方が深刻だ。
兵団規則に則っての処罰が一番の理想ではあるが、非常事態に当て嵌めるには四角四面過ぎる。
薄い笑みを口元に敷いたエレンの横顔を、リヴァイはじっと見つめた。
「…おい、エレンよ」
「はい?」
ちょいとリヴァイが手招きすれば、彼はきょとりと首を傾げて近づいてくる。
エレンが手の届く範囲へ来るや否や、リヴァイはその手首を掴み強引にソファへ捻じ倒した。
「っ、た!」
容赦無い力で手首を掴まれ、その上ソファといえど無防備なところを背中から叩き落とされて、背筋がジンと痺れる。
「ちょっ、リヴァイさ、」
抗議の声は途中で相手の唇に塞がれてしまい、音にすらならなかった。
「…ん、っふ、」
公の場であるなら、2人きりでないのなら。
エレンもやり返しはせずとも、リヴァイやエルヴィン相手に反論や丸め込むくらいのことはやってのける。
伊達に憲兵団団長などやっていない。
けれど2人きりなら、直接触れられてしまえばもう駄目だ。
抵抗する気は失せてしまうし、そもそも抵抗なんてさせて貰えない。
「っ、は…ぁ…」
意識のすべてが向く直前になってようやく口付けから開放され、上がった息を整える余裕を与えられた。
「い…きなり、何なんですか…」
エレンは己の要所を的確に抑え込むリヴァイを見上げ、今度こそ問う。
問われたリヴァイは始めと変わらぬ表情でエレンを見下ろし、金色を有する目元をゆるりと撫でた。
「…俺の前でも"憲兵"で居続けるとは、良い度胸だ」
なあ、エレンよ。
無表情の中にある確実な『苛立ち』を捉えて、エレンはそういうことかと納得した。
同時に、我が身を若干憂う。
(だって、仕方ないじゃないですか…)

いつだって巨人が憎いのに、醜いのはいつだって人間なのだから。
--- バステトの瞳 end.
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2013.6.2

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