体育祭が終わり、期末テストがそろそろ近い。
以前から何かと注目を浴びていた雄英高校ヒーロー科1年A組は、何となく互いの距離も近づいていた。
(お互いに、全力でぶつかったからかな…)
緑谷出久は校舎の出口で友人を待ちつつ、思い返す。
「デクくん、お待たせ!」
麗日お茶子の声に振り向いた。
「ううん、待ってないよ。麗日さんも轟くんも、日直お疲れ!」
本日の日直は彼女と、彼女の後ろからやって来た轟焦凍だった。
「あのね、せっかくやから轟くんも途中まで一緒に帰らん? って連れて来ちゃった!」
「ナイスだよ麗日さん!」
こうでもしなければ、轟はさっさと1人で帰ってしまう。
体育祭でクラスメイト同士ぶつかって、彼も少しだけ、近寄り難い雰囲気がクラスの中では和らいだ気がする。
「飯田くんは?」
「もうすぐ来ると思うよ」
クラス委員長の飯田天哉は、委員会の仕事で少し遅れると言っていた。
「いつも3人で帰ってんのか?」
「そうだね、そうかも」
「途中まで道一緒やもんね」
道が一緒、と轟が呟く。
「八百万と途中まで一緒だったことがあったな」
緑谷と麗日はまったく同じように目を見開く。
「え!」
「えっ?!」
それなんて美男美女カップル…、と慄いていれば、轟が首を傾げた。
「どうした?」
いやどうしたもこうしたも、と言おうと思ったが、そういえば彼はそういう機微には疎いのだった。
興味が無いと言ってもいい。
「すまない、緑谷くん! 麗日くん! 遅れてしまった!」
飯田がやって来た。
「委員会お疲れ、飯田くん」
「お疲れさま!」
「ありがとう。今日は轟くんも一緒か」

雄英高校はマンモス校だ。
校舎は相当に大きく、またヒーローを志す者への訓練の場を数多く設けていることもあり、敷地も相当に広い。
そんなわけで、校舎から正門までの距離もそこそこあるのだが。
「何だろう? あれ…」
なんだか人が多い。
生徒が帰宅する一番のラッシュ時間からはズレているはずなのに、正門に向かって段々と人が増えていく。
「誰か出待ちしてるんとちゃう? ほら、プロヒーロー事務所のスカウトとか」
「いや、それは悪目立ちするだけだろ」
「轟くんの言うとおりだ。プロならば正規の手段で来るだろう。メディアの取材ではないか?」
「あ、なるほど!」
飯田の意見に納得したところで、緑谷たちも正門へ徐々に近づく。

「あの人、海外の人かなぁ?」
「めっちゃイケメン!」
「話しかけても…」

ざわざわ、ざわざわ。
主に女子生徒の囁きが波のように辺りを包んでいる。
「えっ、轟くんみたいなイケメンがおるの?!」
麗日までそわそわとしだした。
「何でそこで俺が出てくるんだ?」
不思議そうな轟に、緑谷は苦く笑うに留めた。
(そのうち、自覚してもらった方が良いのかもなあ…)
「轟くんはイケメンだよ! 誰に聞いても絶対にそう返ってくるの保証する!」
麗日の力説には、緑谷も飯田も全面同意だ。
「あ、あの人かな?」
麗日が指を差した先、門の傍には1人の少年が立っていた。
「…えっ、まじもんのイケメンやん」
ほけ、と惚けたように麗日が呟く。
(うん、イケメンだ…)
文句の言いようもないな、と緑谷は件の少年を観察した。

超人社会となった今でも、国の生まれで現れる顔立ちの違いは存在する。
少年はおそらく海外の生まれだろう、ヨーロッパかアメリカ辺りの。
背は緑谷より高めで、幼馴染の爆豪勝己と同じくらい。
眼は森のような緑、髪は焦げ茶色でやや長め、襟足が首に掛かっている。
「イケメンというか、美形や…。モデルさんかなあ?」
モデル、なるほど。
緑谷は麗日の意見に内心で頷いた。
「年齢もウチらとおんなじくらいかな? 轟くんと並んだらイケメン度がすごい…ん?」
「え?」
今、緑谷と麗日を追い越して横切ったのは、その轟では?
「轟くん?!」
思わず呼び止めようとした飯田の声に、周囲の野次馬たちの目線が一斉に集まった。
ざわめきが倍速で膨れ上がる。

轟はその容姿と実力で、雄英高校ではもっとも早くから注目されていた生徒だ。
彼を知らない学校関係者は、生徒を含めて1人も居ないだろう。
轟を向いた視線の矢印たちに流れ弾的に晒され、緑谷たちはぎょっと息を呑んだ。
(こっわ!!!)
ヒーロー志望とはいえ、これは怖い、刺されそうだ。
彼はいつも、これを何でもないように往なしているというのか。
「と、轟くんってすごいんやね…」
つい素直な感想が出てしまった麗日に、緑谷も飯田も内心で同意する。

「エレン」

その轟が、誰かの名前を呼んだ。
すると誰かを待っていた様子の少年が、パッとこちらを振り返る。

「ショート!」

え、という疑問の声は、たぶん場に居合わせた全員のものだ。
1-Aではヒーロー名を決めたばかりなので、彼の呼んだ『ショート』は『焦凍』なのだろう。
彼らはファミリーネームではなく、ファーストネームで互いを呼んだ。
(つまり?!)
轟くんの友達?! と緑谷に麗日、飯田が図らずも異口同音に発しようとした刹那。

(轟くんが笑った…!?!!!)
(笑った…!)
(笑っとる…っ!!)

険のない眦に、ほんの僅かだけ上げられた口角。
それが分かる程度には、緑谷たちは彼の近くに居た。
クラスメイトとなって数ヶ月が経つが、彼のそんな柔らかな表情は見たことがない。
声も、そういえば一際穏やかだったような気がする。
うっかり見惚れて、声を発するタイミングを盛大に逃した。



本当に久々に音にした名前は、当時に感じた綺麗な音のまま。
雄英高校に入るまで、轟には良い思い出というものがなかった。
正確に言うと、肉親と『家』に関して、良い思い出がほとんど思い出せない。
(それでも、)
約10年前、それも僅か3ヶ月程の間のことだけは。
それだけは決して忘れるまいと、大切に大切に、宝箱に仕舞っていた。

「すげぇ久しぶりになっちまったけど、ちゃんと会いに来たぜ。ショート」

随分と大人びたけれど、そのにかりと笑う眩しい笑顔は変わらないと思う。
釣られて自分も笑みを浮かべていることに、轟は気づいていない。

「…ああ。また会えて嬉しい」

もうダメだ、と緑谷たちは思った。
(ムリ、顔面偏差値の暴力が過ぎる!!!)
(あかん。何時間でも眺めてられる…!)
(これはいけない。我々も通行の邪魔になってしまっている!)
三人それぞれが違う理由で限界だったが、発した言葉はやはり異口同音となった。

「「「轟くん!」」」

びくりと身体が跳ねてしまったのは仕方がない。
「とっ、轟くん、そのイケメンさんは轟くんのお友達なん?!」
「待ちたまえ麗日くん! 通行の邪魔になってしまっている。移動してからにしよう!」
「ほ、ほんまや…?!」
麗日は改めて周りを見回し、ぎょっと肩を竦めた。
正門の内側も外側も、好奇心満載の生徒たちでいっぱいだ。
「た、確か少し行ったところに公園あったよね? そこへ行こうよ!」
緑谷たちと一緒に帰る途中、という認識はちゃんとあったようで、轟は頷いてからエレンと呼んだ少年へ尋ねた。
「エレン。お前、連れは?」
彼は1人では出歩いていないはずだ。
けれど轟の知っている人物は、周囲には居ない。
エレンはにやりと笑うと、ちょいちょいと轟を手招く。
次の瞬間、また緑谷たちと周囲は声に鳴らない悲鳴を上げていた。
「?!!」
出そうになった悲鳴を、緑谷と麗日は自分の手で塞いで飲み込んでいる。
(い、イケメンがイケメンに顔寄せて内緒話しとる…っ?!!)
(誰かもう、いっそ映画の撮影とか言ってくれ…!)

心臓に悪すぎる!!





超常能力『個性』を持つ人間が、人口の8割を超えた超人社会。
『個性』に関する法律が先進国を中心に整備され始めたとある過去、ヨーロッパに位置するある国で、ひとつの組織が創設された。
雄英高校校長である根津は、自身の正面に座る来客にほうと息を吐く。

「お目に掛かることが出来て光栄です。調査兵団、エルヴィン・スミス団長」

団長と呼ばれた金髪の男性は、西洋の彫りの深い顔立ちで柔和に笑んだ。
「こちらこそ。あの『オールマイト』を輩出した学校を訪れることが出来て、感無量ですよ」

調査兵団。
それは初め、『個性』による犯罪から身を護るための自警団だった。
だが国内である『個性』が生まれたそのとき、彼らの役割は形を変えた。
彼らの母国の直轄であり、かつ国を守る軍隊と同義の存在意義を持つ彼らは、現在、世界各国に支部を置いている。
もちろん、この日本にも。
「…ハンジを連れてこなくて正解だったな」
エルヴィンの隣で根津をじっと観察している男は、調査兵団で「兵士長」と呼ばれている。
リヴァイ・アッカーマンと名乗った彼は、東洋の出身だろうか。
根津は尋ね返した。
「それは…調査兵団分隊長のハンジ・ゾエ氏のことで?」
「そうだな。研究欲と局所的集中力の持ち主だ。お前みたいなのを相手にしたら、24時間喋り続けるだろうな」
興味深いが、それはちょっと困る。
「それは機会を改めて…。スミス団長、本題へ入りましょうか」
「ええ」
それぞれが居住まいを正す。
根津はテーブルに置かれた書類を、もう一度手元に引き寄せた。
「要望は、本校に入学出来るだけの実力を持った少年少女3名の、日本におけるヒーロー免許取得までのサポート」
「そうです。護衛と諸々の窓口として、リヴァイをこちらの教員としてお使いいただいて結構です」
「…アッカーマン兵士長は、教員免許までお持ちでしたか」
それも日本の、と驚きを隠さなかった根津に、言われたリヴァイは溜息を吐いた。

「エレン以外のガキ共の相手なんざ、御免被るんだが」

根津は書類を1枚捲った。
入学申請書3枚のうちの1枚、緑の目をした少年の写真が貼ってある。
名前は『エレン・イェーガー』。

「このイェーガー君が、例の『9つの巨人』と呼ばれる個性の1つを持つと?」

かの国で、最重要事項として扱われる『個性』。
それは『個性』の生まれる遥か過去の伝説であり、神話であったはずだった。
神話であったはずの力は『個性』として発現し現実となり、かの国は一度壊滅しかけたという。
根津の知る話をすべて肯定したエルヴィンは、リヴァイをちらりと見遣った。

「リヴァイはエレンの護衛ですが、万が一エレンが暴走した場合の抑止力でもあります」

『9つの巨人』と呼ばれる個性群について、リヴァイのような存在が最低1名以上付き従うルールだという。
「なるほど。ではアッカーマン兵士長は、イェーガー君が登校する日の臨時教師とした方が良さそうですね」
訓練の幅が広がりそうだ、と呟いた根津の頭の中では、すでに様々なシミュレーションが為されている。
「他の2人も、イェーガー君と同様に授業を受けるという理解でよろしいですか?」
「ええ」
エレンの書類の下には、少女『ミカサ・アッカーマン』と少年『アルミン・アルレルト』の書類が1枚ずつ連なっている。
「分かりました。事務的にも、おそらく問題はないでしょう。
むしろ『調査兵団』の経験を我が校の生徒たちに伝授して貰えるなど、最高の報酬です」
「買いかぶり過ぎですよ」

にこやかと話は纏まり、互いに握手を交わす。
「お二人とも日本語が堪能ですが、イェーガー君たちも同様で?」
ああ、と答えたリヴァイは、思い出すように眼差しを細めた。
「10年程前にな。政変の混乱を避けるために、日本に避難していた時期があった」
当時、『9つの巨人』の個性を持つ者たちは、全員が違う国へと飛んでいた。
日本へやって来たエレンたちは、ある人物の家に厄介になる。
「どうせすぐ会える」
調査兵団が使用する専用通信端末に、短いメッセージが届いていた。





教えてもらえたのは、断片的な事実だけ。
それでも本当に子どもであったその頃には、十分すぎる情報だった。
(たった3ヶ月間の友達であっても)

人の波から逃れるために移動した先の公園は、運良く人が捌けていた。
背中を押すように轟と彼の友人らしい少年を連れてきて、騒がれる心配もなさそうでついホッと息をつく。
「そ、それで、轟くん。この人は…?」
気になって仕方がないことを、ようやく緑谷が麗日、飯田をも代弁して尋ねた。
答えたのは轟ではなく、彼の隣りの当人だ。

「俺はエレン・イェーガー。ショートの友達だ」

それぞれが自己紹介をしてから、ほぁあ、と麗日の口から言葉にならない声が出た。
「ほ、ほんまに外人さんや…。どこの人なん?」
声までイケボで轟くんに似てるね! と彼女のテンションは高い。
「ドイツ」
「遠っ?! えっ、旅行?」
「いや。いろいろあって、しばらくは日本に住む予定だ」
ドイツという国名を聞いて、緑谷の記憶の何かが引っ掛かった。
(あれ? ドイツっていうと…)
麗日とエレンの会話がふと途切れ、轟がエレンの服装に首を傾げる。
「今日は兵団服じゃないんだな」
「まーな。立体機動の国の許可降りるまでは、着てても意味ねーし」
兵団。
立体機動。
緑谷の記憶で、引っ掛かりがチカリと光った。

「そうか、調査兵団だ!」

あ、と飯田も思い当たったらしい。
「そうだったな! ドイツといえば、この日本にも支部を持つ調査兵団の本拠だ!」
麗日があれ? と疑問符を上げた。
「調査兵団って、事故現場とか自然災害のレスキューで出てくる…?」
「そう! ワイヤーで高所移動する、緑のマントの人たちだよ!」
彼らは『ヒーロー』ではないが、警察や消防と『ヒーロー』の間のような存在だ。
噂によると『ヒーロー』活動許可も得ているらしく、必要とあらば敵(ヴィラン)相手でも引けを取らない。
「えっ? イェーガーくん、もしかして調査兵団の人?!」
「そうだけど」
「それは凄い! では、イェーガーくんはもう現場に出ているのかい?!」
「この国ではまだないけど、俺の国でなら」
「それは凄いな! 俺たちと歳はほぼ同じだろう? それですでに現場に出ているなんて!」
「よ、良ければ現場での話を詳しく…!」

ヒーローの卵は、ヒーローの活動を知ることについて貪欲だ。
彼らの押しにエレンは若干負けていた。
(ショートに会いに来たのに、ショートと話せてない!)
その轟は目を瞬いて彼の友人たちを見ていて、『剣幕すげぇな』とでも思っていそうだ。

キュルルッ、と異質な音が上から響く。

「え?」
突然に吹いた風、砂利を滑る音と、靡いた深緑色の布。
深緑色の中央には、白と紺の重ね翼をあしらったエンブレム。

それはまさしく、調査兵団のシンボル。

緑谷と飯田は驚きすぎて声も出ない。
麗日もたった今聞いた話が目の前に現れ、目を丸くしている。
上空から唐突に降りてきたのは、調査兵団の出で立ちをした男だった。

「ほぅ。10年の間に随分と男前になったな、ショート」

ぽかんと男を見返した轟は、相手が10年前の記憶と一致することに少なからず驚いた。
「はあ…。リヴァイさん、変わってないですね」
この人の個性は老化を止めるものだっただろうか、と半ば本気で考える。
お久しぶりですと返せば、ああ、と当時と変わらぬ相槌が返った。
エレンがムッと唇を尖らせる。
「兵長、酷いですよ。俺にはそんなこと1度も言ってくれたことないのに!」
「あ? 毎日見てる相手に何を今更」
轟へ褒め言葉を渡したことに拗ねているらしいエレンに、リヴァイは顔を寄せ囁いた。
「それに、夜には散々言ってるだろうが」
「っ!」
意味が違う! と叫びそうになった口を、エレンは無理やりに閉じた。
「エレン?」
轟が不思議そうに名前を呼んでくる。
エレンは大きく息を吐くと、改めて轟と目を合わせた。
「なあショート。このあと時間ある?」
「? ああ。家に連絡しておけば大丈夫だ」
「OK。兵長、予定通りショートも本部に拉致りましょう」

軽く交わされる会話に混じる単語が、どうにも不適切な気しかしない。
(…というツッコミすら憚られる……)
本部というのは、調査兵団の東京本部のことだろう。
上から降りてきた男は正規の調査兵のようだが、人相が悪くちょっと話し掛けられない。
(マントの下の装備がめっちゃ気になるけど!)
緑谷は湧き出る疑問を喉奥にて堰き止めるのが精一杯だ。
「わりぃ、緑谷、麗日、飯田。一緒に帰るのは無理そうだ」
轟がすまなそうにこちらを見たので、緑谷たちはそれぞれに首を振った。
「へっ? 良いよ良いよ! 久しぶりに会った友達なんでしょ?」
「うん、ウチらのことは気にせんでいいよ!」
「積もる話も多いだろう。俺たちはすぐにまた学校で会えるからな!」
「ああ。ありがとう」
3人に礼を言い、轟は車を待たせているというエレンと調査兵の男の後を追っていった。

彼の姿を見送った緑谷は、はたと思い出してスマートフォンを弄る。
「デクくん、どうしたん?」
「いや、あの調査兵の男の人…人相悪くて話し掛けれなかったけど、何かで見たことあるなって……。あ?!」
調査兵団を筆頭としたキーワードで検索し、即座に出てきた情報に緑谷は目を剥いた。
明らかに様子がおかしいので、麗日と飯田も彼のスマートフォンの画面を覗き込む。
「あ、さっきの人やね。この写真の人」
「そうだな。リヴァイ・アッカーマン…確かに、先程轟くんも『リヴァイさん』と言っていたな」
写真と名前の次には当然、立場や経歴の説明文がある。
「嘘やん?!」
「なんだと…?!」
緑谷が目を剥いた理由が、そこには書いてあった。

ーーーーーーーーーー
リヴァイ・アッカーマン
役職:兵士長
副団長の存在しない調査兵団における、実質的No.2。ヒーロー免許有り。
その戦力は1人で1個旅団並みとも噂される。個性は肉体強化。
ーーーーーーーーーー

「調査兵団のNo.2?!!!」
「1人で1個旅団とは、1人で千人分ということか…?」
「飯田くん、それヤバない?!」
図らずも、3人は轟たちの去った方角を呆然と2度見していた。





調査兵団東京本部、エレンとリヴァイに与えられている部屋に着くなり、轟はエレンに抱きつかれた。
「ちょっ、エレン…?」
背の高さはおおよそ同じだ。
轟の顔の横に、エレンの顔がある。
「もっと早く会いたかった…。何年も経って、変わらないものなんてないのに!」
エレンの指先が、そっと轟の左手に触れる。
「…こっち、ずっと使わなかったんだってな」
日本に居なかった彼が知るはずもないことを知っている、それだけで轟が察するには十分だ。
(…体育祭の映像を見たのか)
そう、あの頃は。
エレンが日本に居た頃は、あんなにも屈折していなかった。
(いや、違うな……)
エレンたちのおかげで、屈折せずに立っていられたのだ。
だから炎の個性だって、彼らの前で忌避せず扱うことが出来た。
(そうか、俺は)
轟の両手が、エレンの背を抱き締め返す。
「…お前らが居なくなってから、また氷に戻った。それだけだ」
母を傷つけた父の個性が、左の炎。
そんな個性でヒーローなんて、誰かを守るなんて、出来るわけがないと思っていた。

『君の個性じゃないか!』と叫んだ緑谷のおかげで、轟はようやく思い出せたのだ。
ーーエレンも、同じことを言ってくれたのに。


晴れの日のブルーブラック

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2018.8.20
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